第3話 空腹少女
「へいお待ち!」
俺の名前は鈴本道成。
ゲームが大好きな普通の高校生である。
ただ1つ違うとすれば、ちょっと苦学生みたいなことをしているところだ。
俺の両親はすでに他界しているため、祖母の家にお世話になっている。普通に学校に通うのにはお金が足りないため、アルバイトをしているのである。
バイトはピザ屋の配達である。
休日に思いきり入ったり、平日も時間があれば入れるし、時給がいい。
大体配るエリアも決まっていて、時間通りにさえ配れば、文句は言われない……いうわけでもないのだが、時間通りに配ってもクレーマーはいる。まぁそれくらいはいいが。
1つ俺が悩んでいるのは、かなりの常連さんの立花家である。
土日はほぼ間違いなくシフトに入っている俺で、なんとなくピザの配達が多い家はあるが、ここは特に多い。
「すいませーん、ご注文お届けに参りました~」
かちゃ。
「……はいありがとうございます」
ここに注文に来ると間違いなくこの少女が受け取りに来る。
それ自体は別にいいのだが、家の中にいるのに制服を着ていて、あまりそれがきれいではない、そして神がボサボサでかなりやせ型である。
それだけを単独で見れば、ちょっと家が貧乏なのかな? と思う程度なのだが、ほぼ確実に週2回以上ピザをデリバリーする家庭があまり貧乏には思えないし、ピザをこれだけの頻度で食べるならこんなやせ形にはならないはずである。
直接的な暴力こそは受けていないように思われるが、複雑な家庭ではないかとどうも気になってしまうのであった。
ただ直接的な証拠もないのに、人様の家庭に踏み入って、バイト先に迷惑をかけるわけにもいかなかったので、そうは思いつつも触れることはできなかった。
そんなことが続いたある日、仕事終わりに晩御飯を買って自転車で帰宅していると、ふとあの立花家の近くに来てしまったのである。
「まぁ来てどうするんだって話だけどな」
ピザのデリバリーのようにピンポンを鳴らす大義名分があるわけでもない。
かといって、正直なことを言えるわけでもない。
本当にただ来ただけになるはずであった。
「は?」
ところが、俺の視界に入ったのは勝手口のようなところに制服で裸足で座っていた彼女であった。
あーもういろいろ知らん。
「おい、これやるよ」
俺は少女に弁当を差し出す。
「え、ピザ屋のお兄さん?」
少女も俺のことを覚えていたようではあるが、急に差し出したお弁当には困惑をしているようだ。
「ついでにこれも着とけ。見てるこっちが寒い!」
「むぐっ」
そして着ていたパーカーを投げる。顔に当ててしまいましたごめん。
「あ、ありがとうございます。でもここで食べてるのを見られたら怒られるかもですから」
少女はパーカーを着て俺にそう言ってくる。
俺のパーカーを着てると腰当たりまでパーカーになってしまうので、なんかいかがわしい気もしなくもない。
「じゃあそこの公園に行くか。ついてこい」
少女を俺は連れ出した。つかまりませんように。
パクパク、モグモグ。
少女は俺の弁当を一心不乱に食べる。よほどおなかが空いていたのがわかる。
「どうだ、美味いか? まぁコンビニ弁当だけど」
「はひ、おいひいれす」
可愛いな。
「あまり詳しいことを聞くのはどうかとも思うが、なんか苦労してるのか?」
ごはんを上げたんだからこれくらいはいいかなと思いまして。
「まぁ簡単に言いますと、両親がいなくなりまして、それで親戚の家にお世話になっているのですが、肩身が狭い思いをしておりまして」
「そっか、まぁ深くは聞かないでおくぞ。大変なんだな」
「お兄さんも大変なんじゃありませんか?」
「どうしてそう思うんだ」
「お兄さん見たところ高校生くらいですよね。アルバイトを積極的にやられるようには思えませんが」
「するどいな。うちも似たようなもんだ。お前よりは自由かもだけどな」
「でもお兄さんはいい人ですね」
「どうして?」
「お兄さんもお忙しいのに、わざわざ赤の他人の私のことを気にして、こんなことをしてくれるなんて……、不思議でしかありませんよ」
「違うって、たまたま通りかかっただけだよ」
「ふふっ照れてるんですね」
「照れてないって」
ちょっとお腹が膨れて余裕ができたのか、くすんでいた瞳に光がともり、下がっていた眉も上がる。
いたずらっ子の笑みが似合う少女のようだ。
「つーか笑ったら可愛いんだな。暗い顔ばかりしてるよりそっちの方がいいって」
「でも私ブスですし、汚いですし……」
「奇麗か汚いかは単純に清潔の問題だろ。それにブスじゃないと思うが、あの家の人に言われたのか?」
「はい」
「全く最低な奴らだな」
暴力は受けていないとはいえ、ほぼこの扱いは虐待だろう。
「そんな家は出てけばいいんじゃないか? 俺みたいに」
「家出してるんですか?」
「家出ではないが、ちょっと家が複雑でな。俺は祖母の家にお世話になってたんだが、去年祖母も亡くなってな、それでアルバイトしてるってわけ」
「そうなんですか」
「一応祖母は俺のことを心配してくれて、遺産とは別に俺のために残してくれたお金はあるんだが、それは本当に必要になったときまでは手を付けないようにしとこうと思ってな」
「本当にすごいと思います。行動力にアルバイトを頑張られてるなんて……、私にはとても」
「やってみるか?」
「ふぇ?」
あまりに驚きすぎて『え』が『ふぇ』になっている。可愛い。
「ばあさんの家は結構広いんだ。俺が一人で過ごすにはデカすぎるくらいにな。だから、来たかったら来てもいいぞ」
俺は提案してみた。
「でも、そこまでお世話になるわけには」
「いいんじゃないか。両親が死別じゃなくて、失踪なら親戚に親権が移ってるわけでもないだろうし、あの感じじゃお前はいてもいなくても一緒なんだろ。だったらここよりはいい居心地になると思うし。それにばあさんに困ってる人を助けないのは、自分の孫じゃないって言われてるし、ここまで気にしといて、帰ったら俺の寝心地が悪い」
「そ、それじゃあお世話になります」
俺はピザ屋のバイトで知り合った少女を拾った。
「私は美香、立花心といいます。17歳です」
高校生だったのか、細くて小さいから中学生かと思った。
「つーか同い年じゃん。学校は?」
「行かせてもらえませんでした。この制服は中学時代のものです」
そうだよな。高校生の制服っぽくないもん。
「行きたくはないのか?」
「そこまで余裕はありませんでしたね。それに、勉強はできませんでしたから、行っても仕方ないところはありましたし」
そう言ってうつむいてしまう心。
「心、学校は確かに勉強をする場所ではあるけどさ、それ以外にも大事なところはあると思うぞ。人と人のコミュニケーションを取ったり、なんかこういろいろなことの基礎を学ぶ場所だと思うんだ。だから行っておいていけないことはない場所だぞ。まぁいじめとかがあるな別だが」
「道成さんってしっかりしてますよね。同い年とは思えませんね」
「これはゲームの受け売りだ」
「ゲームですか」
くすっと笑う心。いたずらっ子な笑みが本当に似合う子だ。
「ゲームするか? 俺の部屋にはゲームがたくさんあるんだ」
「いいんですか? 私小さいころはゲーム強かったんですから」
というわけで、家で心と一緒にゲームをした。
「マジか……負けばっかりだ……」
「いくらなんでもよわよわすぎますよ……」
マリ〇ー、スマ〇ラ、マリ〇パー〇ィー、全部負けた。
「ゲームが趣味になったのは最近だからな、小さいころにやってる方が有利なんじゃないか?」
「それはなくもないですけど、cpuの弱いにも負けるって逆に難しくありません?」
ず~ん。
「あ、ああ落ち込まないでください! あ、そうだ、ご飯作りますよ! 結構お弁当いただいちゃいましたし」
心が俺の肩をたたいて、励ましてくれる。
そして~
「はい、手作りの定番といえば肉じゃがというわけで! いい具合に材料がありましたので!」
俺の前に肉じゃががおかれる。俺はあまり自炊はしないし、しても自分でやるとあまり家庭の味感は出ないので、こういう感じのは久々だ。
「うん美味い、料理上手なんだな」
「ええ、料理はお母さんから教わったので、自信あるんです」
「そっかいいお母さんだったんだな」
「はい、急にいなくなってしまったんですけど、きっとまた会えると信じてます」
「写真とかはないのか?」
「ええ、お父さんもお母さんも写真嫌いな人で……」
「そっか、じゃあこっちから探すのはほぼ不可能だな」
「あ、でもお父さんはイケメンで、お母さんは超美人でしたよ。私はお母さん似ですから」
なんかナチュラルに自慢してるな。
「まぁ確かにやせすぎではなるけど、心は奇麗だもんな」
しかしそれを言っても言い過ぎではないくらい美人な子ではある。
「きゅっ、急に何を言ってるんですか?」
「え、そういうことを言う流れじゃなかったのか?」
自慢じゃなくて、天然だったのか。
「もう知りません、むー」
「まぁいいや、お風呂にも入りな、上がったら俺も入るから」
「一緒に入ります?」
「うるせぇよ」
「てへ♪」
可愛く舌を出してお風呂に向かう。あのあたり自分が可愛いことはわかってるけど、しぐさは天然だな。
あ……いけね。眠たくなってきた……。
~心サイド~
「あれ? 道成さん寝ちゃってる」
私がお風呂から上がってくると、道成さんはその場で横になって寝てしまっていた。
「えーと、毛布毛布、あった」
私は毛布を見つけて道成さんにかけてあげる。
「バイトも学業も頑張ってるみたいだし、疲れてるんだろうな……、私は現状をただ受け入れてただけ……、自由でも道成さんは大変だったんだろうな……」
私も寝ようかと思って布団を探すが、見当たらない。
「か、勝手に押し入れとか開けれないし、でも何かかぶらないと寒いし……、私も隣で寝ていいよね?」
道成さんにかけた毛布は大きい。私が入っても十分くらいである。
「道成さんの香り……ちょっとピザ屋さんの香りと学校の土の香り……、パーカーからも道成さんの香り……道成さん優しくて、顔もかっこよくて、モテるんだろうな…」
大人っぽくてかっこいい道成さん、でも寝姿はあどけない子供のもの、そんな道成さんが愛おしいく感じた。私は道成さんにぎゅっとして寝かせてもらった。
~心サイド 終わり~
「ふぁ~朝か」
俺は朝になり目が覚める。ん? なんかいい匂い。
「おはようございます! 朝ごはんできてますよ!」
「おお、ありがとう、気が利くな」
「居候として当然です! 前の家でもやってましたし。これからは家事は私がやりますよ」
「俺もできるし、毎日はやらなくてもいいぞ」
「いいえ、やらせてください!」
「そうか、じゃあ俺もバイトが増やせるし、頼むかな」
「……バイトはあまり増やさないでくれるとうれしいです……、1人はさみしいですから」
なんだこのかわいい子。
「そうだな、ピザ屋は続けるけど、増やすバイトはリモートや在宅で行ける奴にする。どっちにしてもお金に余裕があるに越したことはない」
「ありがとうございます!」
そして本格的に俺と心の同棲生活が始まった。
アルバイトは家庭教師をしてみた。
ピザ屋のバイトと同じく、時給がよかったのと、融通が利きやすいことが選んだ理由だ。
「なぁ、心何か欲しいものはあるか?」
この生活を始めて約半年、お金に余裕ができてきたので、そういうことを聞くこともできるようになってきた。
ちなみに心のことをあの立花家の一家が探している様子はなかった。完全に厄介払いだったようだ。
しばらくは誘拐にならないかだけ心配してたが杞憂だったか。
「はい? 何を言ってるんですか? いつも私ばかりに聞いてきて、道成さんが欲しいものを買ってくださいよ」
「心が家事を全部やってくれてるおかげで、バイトめちゃくちゃはかどってどこも時給上がってんだ。お礼がしたいんだよ」
忙しくはなっているが、やることが学業とバイトに絞られているおかげで、逆に脳の割くリソースが少ないのか、とても楽である。
「む~、もう優しいんですから~」
むぎゅっ!
思いきり心に抱き着かれる。
「お、おいやめろって」
「えー何でですか~、最近つれませんよ~」
心はこの半年、かなり栄養をしっかり取るようになった。
そのおかげで出会ったころのガリガリな体とボサボサなくすんだ髪はまったくなくなり、サラサラヘアーとスタイル抜群の超絶美少女に進化?してしまった。
なのに出会ったころ以上にスキンシップが過剰になってきたため、まぁいろいろと当たるわけである。
17歳としても小柄だったのに、半年で逆の意味で17歳とは思えないほどスタイルになってしまった。
成長期は恐ろしいものである。
ちなみにこの話を相談すると、クラスメイトの人からもバイト先の人からも、
『爆発しろ』
と言われる。
ちなみに、立花家は今でもデリバリーに行くのだが、全く心を探している様子がない。
しかも、心に家事を頼り切りだったのか、ごみ屋敷と化していた。
いずれはこの町を離れて、本当に見つからないようにしなくちゃな。
「あ、そういえば、1つ欲しいものがありますね」
「なんだ?」
「指輪ですね」
「……アクセサリー的な奴か?」
「……結婚指輪です」
「ははは、心がいいなら俺が指にはめていいか?」
「……はい!」
そして、このあとめっちゃ幸せになった、