第26話 はじめてをもらう話
俺の名前は平田栄五郎
27歳の普通の会社員である。
「お疲れ様です~」
「ああお疲れ」
今チームの協力で難しい案件が終わったところだ。
「宮川もお疲れ。いつも仕事が早くて助かるよ。先輩として何かお礼したいくらいだ」
「ありがとうございます」
彼女の名前は宮川紗綾
今年で2年目の23歳の若手だ。
2年目ながら今日のような緊急事態でも表情1つ変えず適切な行動がとれるクールビューティーであり、うちの課だけではなく、別の課からも人気の女性だ。
「ではお願いをしてもよろしいでしょうか」
「へ?」
俺はいつもの仕事上の付き合いのみで、先ほどのお礼の件も社交辞令的なつもりだったが、まさかのあちらからの要望があった。2年一緒にいるがこのようなことははじめてだ。
「だめですか」
「い、いやもちろんいいよ」
「では本日仕事が終わった後に、少しお時間をいただけますでしょうか」
「わかった」
そして仕事後……、
「ではいただきます……」
そして俺は宮川と一緒に居酒屋にいた。
「うっ……苦いですね」
「だから最初はサワーかカクテル系にしとけと」
彼女はなぜかアルコールデビューに日本酒を選んでいた。
「いえ、最初は正統派なものをたしなむべきかと思いまして」
「日本酒が正統派かどうかはよくわからないが、まぁなんとなくわかる」
彼女のお誘いの理由はお酒を飲んでみたいとのことだった。
「普通大学でデビューするものじゃないのか」
「機会がありませんでしたし、勉学にお酒は不要かと思いまして」
「生真面目だな」
今時の子が23歳までお酒をまったく口にしないというのも珍しい。
しかし宮川と2人で飲むことになるとは、何があるかわからないものだ。
「先輩はこのお酒をおいしいと思いますか」
「まぁ飲みやすいかな」
「やはり慣れですかね」
「俺も最初のころはそこまでおいしいとも思わなかったし、飲みにくいなら別のにしたら?」
「いえ、自分で頼んだものですから、これはきちんと処理します」
そして頑張って飲む宮川。真面目なのは彼女の長所であり、欠点でもある。
「おーい、宮川大丈夫か」
そして宮川はきちんと飲み切ったが、机に突っ伏してしまった。
「水もらってきたぞ、水を飲め~」
「ありがじょうごじゃります~、やっとおしゃけになれてきまひた~」
回らない呂律でも、きちんと水は飲んでいる。
「本当にお酒はじめてなんだな」
「お酒だけじゃないでしゅ……、いろいろやったことないことたくしゃんあります……」
「へー、例えば」
「カラオケや遊園地に行ったことありませんし……、ファーストフードっていうものも食べたことありましぇん」
「え、まじかよ」
お酒ならまだわかるが、ほかのは珍しいの次元がまた違う。
「私1人娘で、お父さんもお母さんも門限に厳しくて……、学生時代もぼっちだったので、友達とするようなこともなくて……ぐすん」
「おい、宮川」
「だから社会人になったら生まれ変わるつもりだったのに、仕事が大変で休みの日はお昼まで寝ちゃって結局何もできないんでしゅよ~」
「ああ、それは俺もだ。せっかく予定立てても、なかなか生かせないまま休みが終わっちゃうこと多いわ」
「だから今日は先輩に連れてきていただいてうれしかったでひゅ、本当にお酒を飲んでみたかったので、ほわほわしてたのしいでしゅ~」
「まぁ楽しいのは分かったが、いつもの凛としたお前はどこに行ったんだ」
「初めてが先輩で良かったでしゅ…むにゃむにゃ」
「変なことを言ったまま寝るなおい」
そのあと、寝かけた宮川を起こして、肩を貸しつつ宮川の家に送ることになった。
「おい、宮川、家についたぞ。1人で立てるか」
「無理でしゅ~」
「まったく酒にこんなに弱いとは思わなかった。仕方ない上がるぞ」
「はいいらっしゃいませー」
そして俺は宮川の家に上がる。
「さてと電気をつけて……、おう……」
電気をつけると部屋はものすごくピンク色だった。かわいらしいぬいぐるみもたくさんあって、クールな宮川のイメージとは違った。
「とにかく寝かせないとな、宮川ちょっと悪いな」
俺は宮川を抱きかかえる。
「わーい、お姫様抱っこだ~、これも初めてです~」
「そうか、わかったからはしゃぐな」
はしゃぐ宮川をなだめつつ、宮川をベッドに寝かせる。
「みーちゃんただいま~」
そして枕の横の猫ちゃんぽいぬいぐるみに頬ずりする。
「先輩、喉乾きました~」
「へいへい、冷蔵庫開けるぞ」
そして冷蔵庫を開けたが、冷蔵庫には水しか入っていなかった。
「ほれ、水だしかし水だけで普段食事はどうしてるんだ」
「ありがとうございまひゅ。この辺りはコンビニがたくさんあるので~」
「体壊すぞ。今は若いからいいかもしれないが、年齢を重ねたら厳しくなってくるぞ」
「へへ~、先輩お父さんみたいなことを言いますね」
「まぁお前からみたらおっさんだけどな」
そしてふと部屋を見ると写真があった。
おさげに眼鏡姿の女の子が写っている。
「これはお前か?」
「そうでしゅ、学生時代の私です」
「本当にイメージ変えたんだな」
それにしてもどこかで見たことあるような……、まぁいいか。
「ぐーぐー」
「おいおい、不用心にもほどがあるぞ、もう帰るから施錠だけはしろよ」
「ふぁーい」
そして俺は宮川が間違いなく施錠をしたのを確認してから帰路に就いた
「おはよう、宮川」
そして週明けの月曜日、宮川はいつも通りのクールなスタイルで出勤してきた。
「今週もがんば……」
しかし話終わる前に宮川に手を掴まれて、個室に引きずり込まれた。
「お、おいどうした。暴力はよくないぞ」
「しませんよ、あ、あの先日はご馳走さまでした。そして失礼しました」
「ああ、お酒はあまり飲みすぎないようにな」
「肝に銘じます」
なんか反省してるな。
「それで、実は私と中くらいから記憶がなくて、気が付いたらスーツ姿でベットの上にいて……」
「ああ、かなり酔ってたから、部屋まで送った」
「わー、やっぱりですか、ということは私の部屋を見たってことですよね、お願いします。あの部屋のことは他言無用でお願いします!」
「まぁ俺も個人のプライベートのことまで口出しはしないから、口外はしないさ」
「お酒怖い……」
お酒はもう入っていないが、普段クールな宮川の慌てた表情はとてもかわいかった。
「まぁ俺としてはああいう一面もあるってわかって安心したよ、宮川あまり話すタイプじゃないだろ。もっといろいろ話してみてもいいんじゃないか」
「考えておきます、それで先輩に改めてお願いがあるんですが」
「お、おう」
反省した真顔で迫ってくるから怖い。
「私の初めての相手になってくれませんか」
「へ」
「私は友人がいないので、先輩にしかお頼みできないんです」
「い、いやいや、そういうのはもっと大事に……」
「どうしても1人では不安なのでご教授を」
「1人?」
「はい、カラオケにはとりあえず興味があります」
「あ、ああはじめてってそういうことか」
「? なんだと思ったんですか」
「き、気にするな、それくらいはOKだ」
「ありがとうございます」
こうして俺は宮川と週末はいろいろなところに行くことになった。
カラオケでは、
キーン!
「うわわ」
「音量が高すぎる」
声量調整に慣れていなかったが、歌はうまかった。
遊園地では、
「わーい、もっと乗りましょう!」
「絶叫系ばかり乗るなよ」
絶叫系が好きなようだ。
ゲームセンターでは
「先輩、あれぜったいとるので、両替お願いします!」
「落ち着け」
ぬいぐるみとるために、グレーンゲームに貯金箱して
牛丼チェーン店やファーストフード店にも
注文方法に困惑しながらもはまっていった。
「やはり自分で体験しないとわからないことばかりですね」
「ああ、俺も社会人になってから改めていかないところも多くて、新鮮だった」
カラオケや遊園地なんて学生時代以来だ。
「彼女さんとかといっしょに行ったりはしないんですか」
「いると思うか」
「失礼しました」
「しかし宮川はオンとオフの差が激しいな。仕事は完ぺきなのに、普段は基本引きこもりでずぼらで。せめて料理くらいはできてもいいんじゃないか」
「じゃあそれも教えてくださいよ」
そんなこともあって、俺と宮川は一緒に過ごす時期が多くなった。
そしてとある日。
「さて、明日は映画か。映画も見たことないって言ってたな。チケットの買い方かあら始めないといけないとは」
明日は映画に行く予定だ。俺も暇は週末に楽しく過ごせて実は楽しんでいた。
「なぁ行こうぜ」
「しつこいですね。お断りします」
ん、この声は宮川と、大神?
大神とは俺の同期だ。ただ、不真面目なところと女性に対してチャラいところがあるので俺はあまり好きではない。ただ、しゃべりのうまさと容量の良さで人気はある。
「栄五郎とは出かけてるんだろ。カラオケとかゲーセンとか子供っぽいところに、俺のほうがもっといいところに連れて行ってやれるぞ」
「興味ありません」
「なんでだよ。俺のほうが栄五郎より経験豊富だぞ」
「私は誰とでもお出かけしたいわけではないんです。先輩といろいろ経験したいんです」
ん? どういうことだ。
「なんだ、その言い方……まるでそれは……」
「はい、その通りです。私は先輩が好きなんです」
え。それは……
「まじかよ、なんであんなやつだ……、というか付き合ってるのか}
「残念ながらまだ……でもそういうわけなのですいません」
「そうかよ……、じゃあいいや、ちっつまんね」
そして大神が歩いていく。
「先輩、何してるんですか」
歩く大神に気を取られて、後ろから宮川が来ているのに気が付かなかった。
「あ、ああ、ちょっと通りかかって」
「さっきの聞いてましたよね……」
「……悪い」
「顔から火が出そうなんですけど……」
顔を覆ってしゃがみこんでしまったので、少しなだめる羽目になった。
「落ち着いたか」
「はいありがとうございます」
「でもさ、なんで俺なんだ。俺は4つも年上だし、そんなに頼れるわけでもないのに」
「覚えてませんか。私のことを、面接のときにお会いしてるんですよ。私この会社の面接のときめちゃくちゃ緊張してて、自己紹介で頭が真っ白になっちゃったんですけど、先輩が、『大丈夫こっちも緊張してるから、俺もドキドキだし、横の人なんか胃薬飲んでたから』って言ってくださって、それでリラックスできました」
ああ、そういえば2年前に俺は面接をしたことがあったな。各部署から1人面接官を出さなければいけないのに、当時の上司が体調を崩して、俺が代理で出たんだ。あの後隣の人からはバラスなって怒られたけどな。
「でも宮川はいたか?」
「ふふ、眼鏡でおさげでしたからね」
「……、あああの部屋の写真の……、あの時の君が君か」
「今思い出したんですか! 部屋を見たのに気づいてないとは!」
「悪い……本当にたくさんの人を面接したから……」
それだけの出来事を覚えていない俺もどうかと思うな。
「いえ、それで先輩のことが気になっていて、それで先輩の下で働かせていただいてやっぱり好きになって……、一緒にお出かけしたのも本当はデートのつもりで……、なので先輩、今度は私のはじめての恋人になっていただけませんか」
そんなけなげでまっすぐな彼女の願いを断れるはずもなく、俺には恋人ができることになった。




