第20話 嘘と可愛い嘘と優しい嘘
俺の名前は金子心
俺にはちょっとほかの人とは違う能力がある。
『元気出しなよ。あんた可愛いんだからすぐに彼氏できるって!』
『うん、ありがとう』
彼女は嘘をついている。適当に慰めているだけだ。
『今度のマラソン一緒に走ろうぜ』
『ああ、適当でいいな』
彼は嘘をついている。1人出し抜くつもりだ。
俺には他人の嘘がわかる特性がある。ただ心を読めるわけではない。なんとなくそうであることがわかる能力である。嘘をついているからと言って、実際には何を思っているかわかるわけではないのだが、その発言が嘘と分かってしまうと、どう思っているかはおおよそわかってしまうのである。
今はそうであることは周りには明かしていないが、この能力があることの自覚と制御ができていなかった小さいころは非常に周りの大人に気味悪がられて大変な思いをした。
両親からも離れて1人で俺は暮らしている。たとえ家族であっても、話していることが嘘であると思われては非常に気を使ってしまうのだ。
高校はなので県外を選んだ。だから俺がこの能力を持っていることを知っている人はとりあえず身近にはいない。
ただ、俺が人の嘘に敏感になってしまっていて、うまく人付き合いができないため、俺は1人でいることが多い。
人の嘘が耳に入ってきて、人を信用できなくなっているからだ。
「ちょっと心?」
「あ、なんだい聖さん? 今日直の日誌書いてるんだけど」
「まーたいいように使われてるんだから! 日直は2人の仕事でしょ。黒板消しもプリント運びも全部心がやってるんだから、押し付けられてないで日誌くらいは相方に書かせなさいよ!」
「別に押し付けられてるわけじゃなくて……」
「いーや絶対押し付けられてる、心が言いづらいなら私が代わりに説教してあげようか!」
「そこまでしなくても」
「百歩ゆずって心がいいとしても、私が納得いかないのあーむかつくもー!」
彼女の名前は菊地原聖。クラスメイトの女子である。
見た目は明るい髪色のギャルだが、化粧とかはしていなくてとてもまじめな子である。
その特徴としてはとにかく真っすぐで気持ちがいい子である。
最初は特に意識をしていなかったが、真っすぐな彼女と過ごすのは、これまでにないくらい居心地がよかった。
さきほどの正義感ある発言だが、彼女はきれいごとでもなんでもなく、本心でそう思っているのだ。
ここに入学して半年以上たつが、彼女からは1度も嘘を感じたことがないのである。
この真っすぐすぎる生真面目さと、それと反するギャルなルックス、気の強さで彼女は若干孤立気味ではあるが、俺は彼女を気に入っていて、彼女も俺をなぜか気に入ってくれているので、いい友人関係を気づけている。彼女が唯一の信用できる人間の例外といってもいい。
「聖さん?」
「何かようかしら真澄さんに美空さん」
俺が聖さんと話していると、真澄さん、美空さんの2人が聖さんに話しかけてきた。
真澄さんと美空さんはこのクラスのカースト上位の女子で、目立つ2人だ。ただ、あまり性格はよくない。
「先日聖さんがアルバイトをしているのをお見かけしたんですけど、うちの学校がアルバイトを禁止しているのをご存じですか」
「はぁ!? きちんと許可取ってるし! 事情があればアルバイトをしてもいいの知らないの!?」
「あらあらそうでしたの? そういえば聖さんの家は母子家庭でしたものね、ご苦労様」
聖さんが母子家庭なのは知ってたけど、アルバイトもしてるのか。本当に偉いな。
「まぁ許可をもらってるならいいんですの。それでは失礼あそばせ」
真澄さんはお金持ちで女王様気質、自分に従わない、自分が気に入らない相手にはとにかく突っかかる粘着質な女子だ。そして嘘もぶっちぎりで多い。俺が特に苦手にしている。
美空さんは彼女の取り巻きの1人である。性格は大体真澄さんと同じである。
「ふーんだ。私の何が気に入らなくてこんなに突っかかってくるんだか! 粘着質でいやな女。べーっだ!」
俺が心で思っていることを全部丁寧に言う聖さん。本当に真っすぐだなと思う。
両手で口の端をつかんで舌を出すという発言に合わせて行動まであまりに率直すぎるのが本当にいい。
気が強すぎて損はしてるけど、もっと聖さんにも友人ができればいいなと思う。
「で! さっきの続きだけど! 人の言いなりになることなんかないんだからね! やさしさと甘さは違うんだから! 言いづらいんだったら私に言ってよ! 力になるから」
「う、うん覚えておくよ」
それが聖さんと俺の日常である。聖さんと過ごしている時間は本当に癒しの時間だった。
「うう、しまった」
次の日の体育の時間、思い切り足がつった俺は保健室に来ていた。
「失礼します……、あれ聖さん?」
保健室に入ると聖さんがいた。
「あら心、どうしたの?」
「ちょっと体育の時間に足をやっちゃってね。聖さんは?」
「ちょっと今日は貧血気味で私も休憩してたの。だいぶ良くなったから今保健室から出てこうと思ってたけど、心座って、手当してあげる。今先生いないからさ、とはいっても消毒して湿布張るくらいだけど」
聖さんは俺を手当てしてくれた。かなり手際が良かった。
「聖さんは貧血持ちだから大変だね」
「まぁそのあたりは理解してもらってるからさ」
「それにしても手際がいいね」
「手のかかる弟がいるからね」
「ちょっと意外だった……って失礼ごめんごめん」
「あ~気にしてない気にしてない。がさつそうに見える自覚あるあるだからさ。今飲食店でお世話になってるけど、最初の面接で料理が得意って信じてもらえなくてさ、本当になんでなんだろうね。本当のことを言ってるだけなのに」
正直者がバカをみる。俺が一番嫌いな言葉である。
聖さんは見た目のギャルっぽさと、口の悪さで損をしているだけで本当に正直な人だ。彼女みたいな人が報われる世の中であってほしいものである。
「あんたこの後は授業に戻るの?」
「まぁ戻っても見学になっちゃうからな」
「じゃあ私の話し相手をしなさい。その代わり面白い話をすること!」
「実にハードルが高いな。でもいいよ」
「よっしゃ期待してるぞ」
ちょっと悪い笑顔を俺に向けてくる聖さん。聖さんと2人きりなのはちょっとうれしかった。
「ふー、昼休みか……、ん?」
体育が4時間目だったのでそのまま昼休みの時間になるのだが、俺がお手洗いから戻ってくると教室の空気がピリピリしていた。
その中心には聖さんと真澄さんがいた。
どうやら事情を聴いてみると、真澄さんの財布がなくなり、その犯人を真澄さんが聖さんと決めつけているため、聖さんが責められているいう状況のようだ。
しかも、その証拠として聖さんがカバンの中を見せたら中から財布が出てきたらしい。
状況証拠としてはそろっているが……。
「私はやってないし」
「でも実際に財布があなたのカバンから出てきたわけですしね」
「違うし!」
「聖さんの家は母子家庭で貧乏と聞いてますし、大方それで真澄の財布を盗んだんじゃないの」
「うちが貧乏なのは本当だけど、でも人のを取ったりは絶対しないし!」
聖さんは全く嘘をついていない。むしろ嘘をついているのは……。
「とにかく状況証拠はそろっていますわ。言い逃れはできません」
「本当に知らないったら知らない!」
「とにかく職員室に行きましょうか。それとも抵抗するなら警察にします」
聖さんは抵抗するが、真澄さんと美空さんに責められて教室から出ていこうとする。
クラスの空気も明らかな証拠があるせいか聖さんを疑っている雰囲気だ。
「ちょっといいかな」
そういうわけにもいかないので、俺は手をだし、聖さんと2人を引き離す。
「なんですか。部外者はどこかに行ってください」
「俺さ、体育の時間にけがをして保健室にいたんだ。その時間俺は一緒に聖さんもいたから彼女に犯行は難しいと思う」
「ふんっ、でも最初から最後までいたわけではないでしょう。あなたと保健室で会う前に盗むことはできますわ」
これは事実とかどうとかではなく、ただの憶測だから嘘かどうかはわからないな。だが……
「女子の中でもし覚えてたらいいんだけど……、真澄さんは少し授業に遅れてきたとか、途中で抜けたとかなかった?」
「……そういえば真澄さんはちょっと来るのが遅かったね。体操の途中くらいに来てた」
「お、お手洗いに行ってただけですわ」
「私も真澄と一緒だったし」
なるほど。一緒にいたのは本当で、お手洗いに行ってたのは嘘か。じゃあその時間に財布を入れたな。
「というか何? 私たちを疑うわけ?」
「大体、あなたが一緒にいたことも証人はいないでしょう。もしかしたらかばってるだけかもしれないし、共謀かもしれないわ」
「今日は保健室の先生もいないから、客観的な証人はいないはずですし」
俺が保健室にいたことを分かってもあまり慌ててないと思ったが、今日は保健室に先生がいないことを知ってたんだな。だがこれは語りすぎた。
「あのさ、なんで今日保健室に保健の先生がいないことを知ってたの?」
「え、それはさっき先生に直接聞いたから……」
これは甘い。そこは保健委員の友人でも誰でもいいから、誰かから聞いたとか言わないと。
「じゃあ先生に直接確認してきてもいい?」
「……それは………」
もちろん先生に聞いたのは嘘。事前に知っていたのである。嘘に嘘を重ねれば矛盾が出る。
「もともと知ってたんだよね。それで聖さんをハメる作戦を思いついたんだ」
「ち、違います! 適当なことを言わないで……」
「はぁ、じゃあ仕方ない。証拠を出すしかないか」
「「えっ」」
そんなものはない。だが、ここではったりをかまして更に失言を……
「ど、どうしよう真澄、ちょっとやばくない……」
「あーそういえば、美空さんがちょっと私より遅く体育に参加してましたから、彼女が犯人かもしれないわね」
「はぁ? 真澄が聖さんをハメてやろうって言ったんじゃん!」
「ねぇ、それって本当なの?」
「「あっ」」
失言をさらに出させるまでもなし。仲間割れからの自白、もう証拠などなくとも取り繕うことは不可能な状況だった。
そして2人はすぐに職員室に連行されて、停学処分を受けた。
聖さんが許したので簡単な処分でああったが、もう今までのように威張り散らした態度はとれないだろう。
「まったく、嘘なんかつくからだよ」
嘘は本当に入念につかない限り、矛盾や無理が生まれる。そこをついていけば絶対にぼろを出すことを俺は知っていたのだ。
「心!」
その日の放課後、俺が帰ろうとすると聖さんが俺を追いかけてきた。
「聖さん、どうしたの?」
「あのさ、昼休みのことなんだけどさ、きちんとお礼言えてなかったから。助けてくれてありがとう」
「聖さんが犯人はわけないと思ったからさ、きちんと助けられてよかったよ」
「そっか、あんたいつもちょっと頼りないけど……、今日の心はちょっとカッコよかったかも……探偵みたいに冷静だったし……」
「それはちょっと大げさかも」
「私がそう思ったからさ……それでさ、今度の日曜日って空いてる?」
「うん? 空いてるけど」
「今日保健室で話してた時、映画の話してて、割と趣味合うかなって思ったから……一緒に行けないかなって……」
「それってデートのお誘い?」
「はいっ? ち、違うし、お礼だし!」
「……なるほど」
「何がなるほどなの?」
「こっちの話だから、うんありがとう。お礼は受け取っておくね」
「そ、そうお礼だから」
まさか聖さんが嘘をつくなんて。彼女のデートを否定した発言は嘘だった。
つまり彼女は俺をデートのつもりで誘ったことになる。
嘘がこんなに嬉しいときが来るなんて……。
「ちょっと! 何ニヤニヤしてるの! 日曜日遅れてこないでよね!」
「もちろん、楽しみにしてるよ」
俺には他人の嘘がわかってしまう。でもこの能力で聖さんを守れるなら、それだけでもいいと思ってしまうのであった。




