第16話 積極的な新入生
俺の名前は一柳義郎
現在就活をし始めている大学3年生である。
しかし面接的なものがあまり得意ではなく難航している。イイ感じなことをいうのは苦手なのだ。
今日もお祈りメールを見ながら、電車のホームで落ち込んでいた。
「まぁまだまだこれからだ。縁があるところを探そう」
そのあたりはまだ始めたばかりだし、慣れていくしかないので、あまり気にしないことにした。
「うう、どうしよう……」
俺が顔を上げると、すぐ横に女の子が座っていた。肩までかかるショートヘアーがかわいらしい女の子だ。制服を着ているから高校生かな。
なんか泣いてるし、俺の大学の校章がついた書類を持っている。つまり受験生なのか。
「あ、あのー、どうかしましたか」
おせっかいかとは思ったが、なんとなく状況は察したので、声をかけてみた。無視しても気持ちが悪いし、何か善行をしておいたほうが今後の流れもよくなるだろう。
「……別に大丈夫よ!」
「あ、そうですか失礼しました」
おせっかいだった。まぁとりあえず声はかけたからいいだろう。
「行っちゃうの! なんてひどい男ね!」
「えー」
「こんな迷路みたいな駅はじめてきたのよ! どこ行ったらいいかわからないのよ! 助けなさいよ! わーん」
すげぇ俺の居心地が悪くなった。絶妙に面倒くさい。
「だって、大丈夫って言ったから……」
「迷ってるなんていうの恥ずかしいじゃない」
「その後本音を全部言ってあげくに泣くのは恥ずかしくないのか」
「うるさい!」
「まぁ要するにプライドが高いんだね、まぁここは地元の人でも迷子になるくらい大きいからさ遠慮しないで聞けばいいと思うよ」
「そうなんだ、じゃあすごく迷子だからあんた案内して!」
「わかった。どこに行きたいの」
面倒な子かと思ったけど、全然気持ちのいい子だな。ちょっと素直じゃないだけか。
「この大学、今から受験なの、案内して」
「ああ、いいよ。ここは俺の通ってる大学だからね」
「ほんと、ならちょうどよかった! 行きましょ」
「おいおい、そっちは反対方向だよ。いいから俺についてきて」
わからないならわからないなりにおとなしくしてればいいのに動いてしまうところが猪突猛進タイプというかなんというか。
とにかく主導権を取りたいタイプなのか、俺についてきてといってもとにかく前に行こうとするから無駄に時間がかかった。
「ちょっと! もうこんな時間じゃない。かなり余裕をもって家を出たのに!」
「君が勝手に前にいこうとするからじゃないかなぁ。道案内を頼んでるんだったら、せめて道案内をしてる人のいうことは聞いてもらいたいよ」
「でも……」
「でもじゃない、はい手をつなぐ」
「へ?」
「へじゃない。君が走り回らないようにするためだから」
「で、でも男の人と手をつないだことなんてないし……」
「俺も女の子とつないだ事なんてないよ! でもこれで君が遅れたら後味悪いじゃん。ほら行くよ」
こうして俺は女の子と手をつないで大学に行き、無事時間までに送り届けることに成功した。
そんなこんなで4月、なかなか就活に苦労する中、気分転換もかねて新入生歓迎会に来てみた。
別に会話をするわけでもないが、学校が企画しているので、タダで食事ができるのは気楽である。
いわゆるお酒もある居酒屋のメニューだ。お酒は好きではないが、ポテトやなんこつのから揚げなどが鉱物である。お酒も進んでくると、みんなごはんには手を出さなくなってくるので、必然的に食べ放題になる。
「ここ、空いてるわよね」
俺が一人でその時間を楽しんでいると、女子が隣に座ってきた。別に席は空いているが、盛り上がっているのはここではないので、俺の近くの席はガラガラだ。わざわざ隣に座る意味が分からない。
新入生っぽいな。それにかわいい子だ。猶更よくわからない」
「それで?」
「?」
「首をかしげてるんじゃないわよ。私に言うことあるでしょ」
「はい? あのー、どなたかとお間違えではないですかね」
「私よ私! あー、そういえば名乗ってなかったわ。小杉辰巳よ! 受験の日に私を駅で案内したでしょ!」
「………………………………あー、そういえばそんなことあったね。小杉さん」
「そんなことって何よ! そこそこ大きいイベントでしょ! 後そんな呼び方はやめて、後輩なんだから名前で呼んで」
改めて言われたらかなり思い出ある出来事だったが、いかんせん最近の俺は自分で手いっぱいだからな。
「あ、辰巳ちゃん、こんなところで1人でどうしたの?」
2人で話していると、後ろから1人男子が話しかけてきた。
確か相沢実だったかな。イケメンで頭もよくて、すでに内定を勝ち取っている。
この新入生歓迎会でもかなり目立っていた。ちなみに俺はあまり得意ではない。
「あのー、気安く名前で呼ばないでください。あと触らないでください」
しかし辰巳は冷たい対応である。どちらかというと感情が豊かな子かと思っていたが、相沢にたいしては死んだ魚のような目をしていた。俺には名前で呼べって言ってきたのに色々矛盾がある。
「ねぇ、あっちで飲まない?」
「はぁ? 私はまだ未成年なんですけど。それに私はこの人に用事があるからここにいるの!」
「なんで? 義郎と一緒にいても楽しくないでしょ?」
俺が相沢を苦手なのは、そこまで仲が良くもないのに平気で下の名前で呼んでくる馴れ馴れしさと、一切悪意なしで人を傷つける言葉を吐くことだ。
「へー、あんたの名前は義郎っていうんだ」
「ねぇねぇ、辰巳ちゃん、すっごくかわいいよね。連絡先を交換しようよ」
しかしそのあたりを女子には見せないさわやかな笑顔、新入生の何人かは現に夢中である。
「しないわよ! 私は義郎と連絡先を交換するの!」
しかし辰巳には聞かないようである。そして、さっそくの名前呼び捨て呼びである。まぁ上の名前教えてないし、先輩やさんをつけろとも思わないが。そのあたりは辰巳のさっぱりした感じであまり不快感がないのもある。
「さぁ太一、スマホを出しなさい! 連絡先を交換しましょう!」
まぁストレートだこと。
「なんで俺の連絡先がいるの?」
「なんで義郎の連絡先なんて……」
「あんたに用事はないわ、どっかいって」
「あのー、まず俺も義郎も先輩なわけで、そのため口をまずはどうにか……」
「何? 義郎は気にするの!?」
「いや、別にしないけど……」
「じゃあいいわ! 義郎以外がどう思ってこようが気にしないし! 連絡先を交換したら、私は義郎と付き合うの! だからどっかにいって」
「はい? いつからそんな話に……」
「あんな運命的な出来事があって、お互いの名前も知らなくて、意識して探してないのにこんな風に再開できたらなもう私は義郎の彼女でしょ?」
そうだこの子は猪突猛進タイプだった。主導権を取りたいタイプだった。
相沢にもにらまれてて俺めちゃくちゃ居心地悪い。
「じゃあ俺は帰るので、あとは2人で……」
面倒くさいので逃げることにした。辰巳は可愛いがいきなり付き合うとなると即答はできない。
あの出来事は確かにそこそこ強い内容ではあったが、それだけでは俺の人となりもわからないだろう。実際相沢と付き合う方がいい結果になるかもしれない。
「じゃあ私も帰る!」
「じゃあ俺もだ」
なんでやねん。
「あんたは付いてこないでよ!」
いや辰巳も付いてくるなよ。
俺は2人が言い争っている隙をついて逃げた。
俺はこの日のことは忘れようと思った。
俺は大学の単位も大体とれていて就活中で大学に来る頻度も低い4年生、辰巳は1年生、そこまで会う機会はないと思っていた。
しかし、猪突猛進な辰巳はそのようなことでは止められなかったのである。
「私は義郎の彼女だから隣に座るね」
どうやって俺の挙動を見ているか知らないが、数少ない俺が大学に来ていて、昼食を学食で取るときに毎回来る。
「まだ彼氏彼女認定はしてないはずだけど……」
「不認定もされてないもん。沈黙は許可とするわ。それとも私が嫌なの?」
「いや、別に嫌というわけではないけど」
「じゃあいいわね! あ、そういえば私講義終わりなんだ。義郎今日この後は?」
「この後は何もないな」
「じゃあ一緒に遊園地に行きましょう!」
「なぜ」
「彼氏彼女だからデート位するでしょ」
「そんなさも当然に言われましても」
基本的に勢いが強すぎて押し切られてしまう。
「おい義郎どうなってんだ! お前ら付き合ってるのか」
そしてもう1個面倒くさいのが、この流れに毎回相沢も絡んでくることだ。
相沢はモテるんだから、別の子にいくかいっそ辰巳を落としてくれ。
「は、誰よあんた! 邪魔しないでくれる?」
と、思ったが、たぶん後者は無理だ。ここにきて誰と言われては。辰巳は素直が子だから、嫌みではなく、本心で言っているだろうからな。
「え、なんで俺がこんな扱いを……、何度も話したじゃん……」
「覚えてない!」
プイっと頬を膨らませて相沢から辰巳は目をそらす。そして俺は相沢ににらまれる、俺が一方的に損をしている。
俺を好きかどうかよりも、そもそも辰巳が相沢を嫌いすぎるんだよな。一度話す機会でもあればいいんじゃないかな。
「なぁ、もういっそ全員で遊園地いかねぇか」
「は?」
「おお、義郎にしては気が利くな」
「なんでよ! 私は義郎と2人で行きたいの!」
「いいじゃん、全員中途半端な状況だといろいろ面倒だろ。けじめはいると思うぞ」
というわけで、俺たちは3人で遊園地に来た。
俺はできるだけ陰に徹して、辰巳と相沢がワンチャン仲良くならないかなと思ったが……」
「なんであんたがついてくるのよ!」
「義郎に呼ばれたからな」
終始辰巳は不機嫌で、一切相沢の取り付く島がなかった。進展する気配0だ。
「ちょっとお花つみに行ってくるね」
そして2人がいろいろやっている中で遊園地を遊ぶ2倍疲れる状態だった。
そんな中辰巳が離れて相沢と2人になった。
「……おい相沢、もういろいろどうにかしてくれないか」
「……ありゃ無理だな。さすがに俺も厳しくなってきた」
「珍しいな。幾多の女子から告白をされてきた相沢がそんなことをいうとは」
「……こんなことをいうとあまりいい気はしないだろうが、どれだけたくさんの人からかっこいいとか付き合いたいって言われようが、本当に言われたい人に言われなくちゃ意味なんてそんなにないんだよ」
「……まぁそれもそうか。お前そんなに辰巳のことが」
「ああ、かわいいし、あの強気な性格も好きさ」
「俺は逆にモテないからさ。もしかしたら、俺をダシにして相沢と付き合うチャンスでも見てるんじゃないかと思ったが、見てれば分かるし、そもそも辰巳はそんなタイプじゃない。それにあれだけ明確な好意を向けられれば…やっぱり好きになるな」
「ああ、じゃあ俺は帰る。まぁ義郎はまだ内定ももらってないし、義郎の中身をしって辰巳ちゃんが愛想をつかすかもしれないから、その時は狙いに行くがな」
「言っとけ」
「じゃあ辰巳ちゃんには調子悪くなったとでも言っといてくれ」
そう言って相沢は遊園地から帰っていった。
相沢みたいな男にも苦労はあるんだなとちょっとしみじみした。
「ただいま……、ってアレは?」
ついにはアレ呼ばわりである。改めて冷静になってみると、相沢に一切の脈がなかったことはよくわかる。俺の就活がうまくいってないのはこの客観性のなさもあったかもしれないと反省した。
「帰ったよ」
「やった! これで彼氏彼女2人きりだね!」
そして俺の腕に抱き着いてくる。これもわかる。明らかに俺に嘘ではない本当の好意を寄せてくれていること。
だったらきちんと向きあわないといけないな。
「……、ああ彼氏彼女らしく一緒に過ごすか」
「え?」
「ずっと悪かった。俺はモテてなかったからさ。向けられる好意がよくわかってなかった。俺もさ、辰巳のこと好きだから、一緒にいよう」
「……やっと言ってくれたね……うれしい」
こうして、俺と辰巳は付き合うことになった。明確な好意にはきちんとまっすぐ答えてあげないといけなかったな。
そして、俺は辰巳に失望されないよう頑張り、きちんと就活も成功して幸せな日常を辰巳と過ごすことになるのであった。