第12話 大人なお隣のお姉さんと
俺の名前は東海林隆
まだまだ若手の24歳社会人である。
1人暮らしにも社会人生活にも慣れ始めてきて、日常、仕事面以外に気を配れるようになった今、俺には1人気になる女性がいる。
「お、おはようございます」
「はい、おはようございます」
俺の住んでいるアパートの隣に一人暮らししている仲山香澄さんである。
サラサラな髪をポニーテールにまとめたおっとり系な美人さんで、礼儀正しくて笑顔が素敵な理想のお姉さんである、俺の1歳年上の25歳で1人暮らしでお仕事をしているらしい。
ちょっと仲良くなれたきっかけは、ここに引っ越してきてしばらく経ってからお買い物帰りにお手伝いをしたときだったかな。
「うう、……重たい」
俺が仕事を終えて帰宅中、香澄さんがたくさんの買い物袋を持って岐路についているのに出会った。
「香澄さんこんにちは、すごい荷物ですね」
「ああ、隆さんこんにちは……。節約をいろいろするために、安くて対象に買える商品を買っていたらこうなってしまいまして……」
「手伝いましょうか」
「いえいえ、これくらいなら大丈夫ですよ。私結構力持ちなんですよ。ほらここまで持ち上げても大丈夫で……」
ビリビリ!
香澄さんが荷物を持ち上げるとビニール袋が思い切り破けて中身が全部こぼれた。
「…………」
「…………」
「拾うのは手伝いますよ」
「はい……ありがとうございます」
ちょっとした沈黙の後、俺は香澄さんの荷物を拾った。
俺は仕事で外にいることも多いので、コンビニでレジ袋をもらう必要をなくすように、カバンにいくつか袋を入れていてそれに荷物を入れてあげた。袋が少し小さいので、念のため二重にした。
「すいません、結局ほとんど持っていただいて……」
「いえいえ、困ったときはお互い様です」
普段は軽く挨拶するだけだったが、こうやって並んで歩くのは初めてだ。やはり美人だなとすごく思う。一人暮らしをしているようだけど、彼氏がいるのかつい気になってしまう。
話し上手の聞き上手でたわいもない会話もとても楽しい。家に着くのが惜しいくらいだ。
「とても助かりました。ありがとうございました」
しかし家に付いてしまう。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
「いえいえこれくらいでしたらむしろ遠慮しないで頼ってください」
「うふふ、隆さんってとても優しいんですね」
とても満面の笑みを香澄さんからもらった。つい見とれる0円ではないスマイルである。
「ではまた。おやすみなさい」
「はい……おやすみなさい」
ちょっと一緒に買い物の帰りに歩いただけで浮かれてしまった。
もし香澄さんみたいな女性と一緒に過ごせるなら楽しいだろうな……。
とまぁそれをきっかけに普通には話せる程度にはなった。
今日も仕事終わりに出会ってお休みなさいを言ってもらえた。それだけでニヤニヤしてしまう。
1日のどこかで香澄さんと出会えると、しばらく香澄さんのことで頭がいっぱいになってしまうのだ。
「何ニヤニヤしてるの気持ち悪いんだけど」
「おっとと来てたのか」
一人暮らしとは言っていたが、実は時々妹の可憐が俺の部屋に泊まりに来ることがある。
可憐は大学生。実家から通える距離ではあるのだが、大学からの距離は俺の家からのほうが近いので、次の日の朝が早かったり、帰りが遅くなることがある場合は、俺の家に泊まりに来ることもある。
俺も快諾しているので、合い鍵を渡しているため普通にいても自然ではあるのだが、ついニヤけたまま帰ってくると気づけない場合もある。
「今日はどうした?」
「どうってことはないけど~。暇だから来た」
「暇だから来たって……大学生なら兄なんかほっといて友達と遊べよ。ブラコン妹め」
「私の大学が決まった時に、ここの合い鍵を自ら私に渡してきたタカさんも十分シスコンでしょ」
「そうは言ってもな。家から大学までは電車が少ないけど、ここなら電車でも通いやすいし、定期内だし……心配だし」
「シスコンだ~♪ まぁそんなことはどうでもよくて、タカさんのニヤニヤ問題について尋ねたいね」
「ニヤニヤしてないし」
「いや! してた! 中学3年生でようやくはじめてバレンタインのチョコをクラスメイトからもらえた時くらいニヤニヤしてた!」
「そんなことを覚えてる必要はないだろうが」
「そしてそれがクラスメイト全員に配られた義理チョコと知ってめちゃくちゃ落ち込んでた!」
「そんなことを覚えている必要もないし、いう必要もないだろう」
「で、何かいいことでもあったの? 教えなさい!」
「ダメ、教えない」
「むー」
実際教えるようなことも起こってない。俺が勝手に浮かれてるだけだし。
「じゃあ行ってくるねタカさん」
「今日は早いのか」
「うん一限目から」
「気をつけてな」
「わかってるってー。愛してるよタカさん」
「へいへーい」
俺は朝出かける可憐を見送る。
「さて、俺は朝食の準備してさっさとでかけるか」
部屋に戻ろうとすると、香澄さんがいるのが目に入った。
「あ、香澄さん、おはようございます」
「あ、あ、おはようございます」
ん? なんかいつものさわやかな感じじゃないな。顔もなんかきょとんとしてるし。
「それ何を手に持ってるんですか」
香澄さんの手には鍋があった。
「あ、あ、これはですね……今日の晩御飯を朝の風に当ててるんです。決して作りすぎたので、おすそ分けを持っていこうとしたわけではございません」
「はぁ、そうなんですか」
あまり俺は料理が得意ではないが、そういう料理法でもあるのだろうか。
「ちなみに、さっきの方はどなたですか」
「さっきの、ああ、可憐のことですかね」
そういえば可憐のことを紹介したことはなかったか。
「あ、はい可憐は家族です」
「……家族ですか」
「はい、家族です」
(「愛してるって言ってたし……、奥さん……そういうことですか」)
「何か言いましたか?」
何かをうつむきながらつぶやいているたが聞こえなかった。
「い、いえ」
「そうだ、朝からせっかく会えましたし……」
「さよなら」
「え?」
なんかくらい顔をして部屋に戻って行ってしまった。今日は挨拶から変だったし、調子でも悪いのかな。
ところがこの日を境に香澄さんに距離を置かれるようになってしまった。
全く理由が分からない。
「あっこんにちは」
「どうも…」
挨拶してもこのようにそっけなくされてしまう。
「な、何の用ですか」
「い、いえその荷物が重そうだなと思いまして」
仲良くなったきっかけの時と同じように重そうに荷物を持っていた。
「だ、大丈夫です。羽のように軽くてむしろ浮き上がりそうです」
「で、でも手が震えてますし、声も震えてますし……」
態度はそっけないが、それでもここで諦めてはいけない。
「平気です、こんなのは別に」
ビリビリ!
香澄さんが荷物を持ち上げるとビニール袋が思い切り破けて中身が全部こぼれた。
なんかデジャブ感があるな。
「きゃああ?」
しかも以前より転がりやすいものが入っていたのか、買い物が転がって行って車道に出て行って車に買い物したものがつぶされてしまった。コントか。
「…………」
「…………」
「買い物手伝いましょうか?」
「申し訳ないです……」
そして一緒に買い物をして、俺のエコバックに商品を入れて岐路につくことになった。
背に腹は代えられないというやつだな。
「どうも……」
「いえ、これくらいは……」
しかし前とは違い、会話が続かず実に気まずい。
だがここでくじけてはいけない。
最近避けられ気味である中、形の上では一緒に歩けているのだ。ここで再度親睦を深める大チャンスなのである。
「あ、あの香澄さんは普段どこに出かけたりするんですか」
「コンビニです」
「へ?」
「コンビニですよ」
「あ、ああ、俺もよく行きますね。コンビニ」
「それは誰でもそうでしょうね」
「…………」
「…………」
なんだこの広がらない会話。悲しすぎる。
「ふ、普段遊びに出かけたりはしないんですか」
「別に……」
「……ほ、ほらいろいろあるじゃないですか。ゲーセンとか遊園地とか映画館とか」
「そういうところに一緒に行くような人もいませんし」
ん? ということは香澄さんはフリーか? だったら……。
「お、俺でよければ、全然一緒に行きますけど」
「はい?」
あれものすごく厳しい目つきで睨まれた。なぜだ。
「遠慮しておきます!」
「そそうですか」
「大体パートナーがいるじゃないですか!」
「え」
パートナーがいる…………、そうか香澄さん彼氏さんがいたのか。
そりゃ美人さんだもんな。一緒に行く相手がいないっているのは、彼氏さんがそういうところ嫌いってことか。
(「まったく、奥さんがいるのに誘うなんてどういうつもりですか」)
何か香澄さんがつぶやいていたが、さっきの言葉のショックが大きくてよく聞こえない。
まったく俺痛いやつじゃん。
(「そんな不誠実な人だとは思いませんでした。私は不倫関係なんて絶対に」)
まだ何か話してるが、不誠実とか不倫とか聞こえてくる。確かに彼氏さんがいるのに俺と出かけたらいい気はしないだろうしな。
「あっタカさん」
そんな話をしていると、可憐が声をかけてきた。
「お、可憐大学帰りか?」
「うん、またタカさんの家に泊まろうと思って!」
「相変わらずだな、今日は友達と一緒に帰ってるんだな」
可憐の大学の友人も一緒のようだ。俺も親交がある。さすがに泊まったりはしないが、可憐と一緒に遊びに来たりすることはある。
「お兄さん、こんにちは~、ってなんで妹の可憐がタカさん呼びで私がお兄さん呼びなんだろうね?」
可憐の友達のうちの1人は、俺のことをお兄さんと呼ぶ。俺の家の家系なのかどうかは知らないが、なぜか兄や姉をお兄さんお姉さんではなく名前で呼んでおり、親やいとこもそうである。
なので兄さん呼びされるのが少しむず痒い気もする。
「妹? お兄さん?」
すると香澄さんがなぜか首をかしげて俺を見る。
あれ、別に可憐のことは前紹介してるから初対面じゃないよな。
「あれ? 誰この美人さん? タカさんの彼女さん?」
なんてことをいうんですかこの妹は。
「い、いえ私は……別に」
「まぁそうだよね。モテないタカさんにこんな美人さんの彼女ができるわけないもんね」
「余計なお世話だ」
「でも一緒に買い物をしてるくらいだから、仲は悪くないんだよね。だったらご挨拶です。初めまして、東海林可憐です。兄がいつもお世話になってます」
「は、はぁ」
「それじゃお邪魔しちゃ悪いから今日は泊まるのやめとくね。今日は友達のおうちにお泊りするよ、じゃねー」
いろいろイランことをいって可憐が去っていった。
後に残った俺たちはどうすればいいんだか。
「すいません、妹が失礼なことを」
「…………」
「香澄さん?」
なぜか香澄さんがぼーっとしている。
「い、いえいえ全然まったく」
「そうですか」
「あ、あの」
「はい?」
「隆さんは彼女いないんですか」
「ま、まぁ。いませんけど……」
まったく、可憐のせいでモテない男認定されてしまったか。まぁ香澄さんの前でモテる男認定されるよりはいいけど。余計に好感度が下がるじゃないか。
「今日はありがとうございました」
そして家まで戻ってきて、俺のエコバックから香澄さんの買い物を出して渡す。
さっきよりなんか態度が優しい気がする。一応粘り強く話したのが功を奏したかな。それに一応買い物のお手伝いをしたわけだし。
「いえいえ、それでは」
「あ、あの……よければ少し上がっていきますか?」
「へ?」
お礼に手料理でもふるまってくれるのかな。ありがたいことだけど……。
「いやぁ、遠慮しておきます」
「え?」
「ではおやすみなさい」
俺は背を向けて自分の部屋に戻る。とてもうれしいお誘いだが、香澄さんに彼氏さんがいると分かった今では下手に希望を持つほうがつらくなる。
ピンポーン。
「はーい」
翌朝、玄関のベルがなる。ずいぶん早い時間だが誰かな。
「あ、あのおはようございます」
香澄さん? 朝早くどうしたんだろう。
「あ、あのちょっとご飯を作りすぎちゃったんですよ。それでよかったらもらっていただけませんか?」
「あ、はい」
そして俺にタッパーを渡してくれる。
「いいんですか?」
「はい、もちろんです! そ、それで、よろしければ一緒に……」
「ありがとうございます。ありがたくいただきますね」
そしてドアを閉める。朝ごごはんに困らないので非常に助かる。
しかし、彼女への恋心をあきらめた後にこういうイベントが発生するのはむしろつらい。
お手製料理はものすごくおいしかった。これを毎日食べられる彼氏さんは幸せだろうな。
「さてと、そろそろ買い出しに行かないとだな」
今日は学校も休み、特に用事もなし、香澄さんの手料理のおかげで朝と昼の外出予定がなくなりのんびりと過ごせた。
なので今日の夜から明日にかけたの買い出しだ。
「あ」
俺がドアを開けるとちょうど香澄さんも部屋から出てきた。買い物かごを持っているので、どうやら香澄さんも買い出しのようだ。
「あ、隆さん、隆さんも今からお出かけですか?」
俺にすごく満面の笑みを浮かべて声をかけてくれる。ここ最近は不機嫌な顔しか見ていなかったので、素敵な笑顔にものすごくときめく。
「ま、まぁそんな感じですね」
昨日までならすごくうれしいイベントだが、今はいろいろ気まずい。
「奇遇ですね、私も今からお出かけです」
ニコニコという擬音が聞こえそうなくらいの素敵な笑顔とてもご機嫌な笑顔だな。今日は彼氏さんと一緒に買い出しなのかな。なんにせよ邪魔はしないほうがいいか。
「それじゃまた……」
「えっ? ちょちょちょちょちょっと待ってください」
なんだ、ふだんゆるふわしてる香澄さんがそんな挙動不審な態度をとるとは何事だ。
「わ、私も今から出かけるんですよ!」
「はい」
「同じアパートから、同じ時間に、出かける用事がある人間が2人いるんですよ!」
「はい」
「…………」
「…………」
なぜか笑顔で俺を見てくる、真意がつかめないが……。
「で、では俺はこれで」
「なんでですか!?」
「なんでと言われましても」
「そんなに急ぎの用事なんですか! 1人じゃないとまずい感じですか?」
「そういうわけでもありませんが」
「で、でしたら一緒に行きましょうよ! それに私最近結構暇ですし、隆さんが言ってたように、お出かけ一緒にしてみたいと思ってまして! 隆さん言ってたじゃないですか。自分でよければ付き合いますって、だからぜひお暇なら」
ずいぶん一気に来るな。彼氏さんがあまりお出かけするの好きじゃないのかな。楽しみなお誘いだけど……」
「遠慮しておきます」
やっぱり彼氏さんがいるのに俺が出かけるのはよくない。
遠距離かもしれないし、多忙な方なのかもしれない。それでもきちんとそのあたりのけじめがつかないうちにデートみたいなことをするのは、お互いにとって良くないだろう。
「ま、待ってください。今、お時間に余裕がない感じなんですか、でしたら時間があるときに本当に少しでもいいので」
「別に時間がないわけでもないんですが」
「じゃあなんでですか!」
「なんでと言われまして……」
振り向いて香澄さんの顔を見ると泣いていた。なぜだ。
「時間があって急ぎの用事でもないんだったら、私のことが嫌いってことですか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「じゃ、じゃあどうして私を避けるんですか……、私が最近そっけなくしてたから、嫌いになったんじゃないんですか……」
「いえ、むしろ逆ですよ!」
「逆……?」
「俺はお恥ずかしい話ですが……、香澄さんのこと女性として好きなんですよ」
香澄さんが驚いた顔をしている。もうこうなったら全部言ってしまおうか。
「だからその、一緒に遊びに行ったりしたら……意識してしまうじゃないですか。それで迷惑をかけるわけにも……」
「迷惑というのは?」
「だって香澄さんには彼氏がいるわけですから……」
「え?」
「……え? えって何ですか?」
「いませんけど……」
「…………え?」
「彼氏いませんけど……」
ちょっと待て……俺すごく痛い告白をしてしまったんじゃないか……冷や汗がやばい。
「うふふ……へぇ~」
しばらくの沈黙の後、香澄さんが悪そうな笑顔で俺を見てきた。
「私のこと女性として好きなんですか~。へぇ~」
「あ、いやさっきのは……」
「違うんですか? 嘘だったんですか」
「本当ですけど……」
「ふへへ~」
香澄さんのにやけ顔でからかいながら俺を見てくる。まったくもうかわいいな。
「まったくひどい話ですねぇ。ただの勘違いで私にあんなにそっけない態度をとるなんて」
「香澄さんだって、ちょっと前まで俺にそっけなかったじゃないですか」
「だって既婚だと思ったんですよ。妹さんが奥さんかと思っちゃったんですよ」
「え。それってつまり香澄さんも……」
「じゃあ誤解も解けたことですし。さっそくお出かけしましょう。デートにも付き合ってもらいますからね!」
「俺と同じ勘違いで俺にそっけなくしてたってことはそういうことですよね」
「さっ、いきましょう!」
「ちょっとそのあたりをはっきりさせてほしいんですけど!」
もちろん言うまでもなく、この後俺と香澄さんは付き合うことになりました。
あえて言わないのもまた美学ということで♪