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フィアはディランの許嫁

「さあフィア。そろそろ出発としましょう。あなたには見せたい景色、伝えたい話が星のようにあります」

「あ、あの。あと少しだけ、お時間をいただけないでしょうか。友人とお話があります」


 頭の中が疑問で埋め尽くされている俺をよそに、二人のやり取りは進む。従順になれる頭を持っていればきっと、彼女を余計に傷つけずに済んだかもしれない。


「ちょっと待って! いいなづけってさ、結婚が決まってる人ってことだよね? なんでフィアにいるの?」

「うん……。実はね、聖女になるかもって話が決まった時に、すぐに王都からディランさまがいらしたの。ディランさまは王都ラグ出身の、剣聖になる資質を備えた方なんだよ」


 すぐには信じられない話だった。フィアが聖女としての才能に溢れているというなら、ディランは剣聖としての素質を見出された男ということ。でも、こんなに細くて頼りなげな男が、本当に?


「いろいろ話し合って、聖女として充分な力が身についたら、ディランさまのパーティで仕事をしていくことが決まったの。それから、いずれは婚約者になる前提っていう話にもなって」

「待った! 全然分かんね! それって全部、フィアが了承したの?」


 その時、彼女は少し躊躇った後、こくりと首を縦に振った。長い付き合いだったから知っていた。彼女は誰かのために、嫌なことでも受け入れてしまうことがある。


 きっと両親から猛烈な押しがあったに違いない。拒むなんてあり得ないというくらいに。それに国っていう巨大な権力から圧力をかけられてしまったら、できませんなんて言えない。


 俺はだんだん腹が立ってきた。フィアは、人生の大事な選択を勝手に決められている。仕事だけじゃなくて、婚約者まで……。


「おかしいよ、そんなの。人のこれからを勝手に全部決めちゃうなんて、理不尽だ!」

「ジ……ジーク……」


 フィアが驚きに目を見開いた。同時に周囲からの空気が一変する。しかし、彼女の父親は苦笑しながらも、


「君は勘違いしているようだね。これはちゃんとフィアが、自分で決めたことなんだよ。さあさあ、お別れの挨拶は済んだね? よし! では出発としよう」


 と元気よく事を進めようと周囲を誘導した。たかが子供の戯言……そう流してしまえばいいじゃないかという働きかけを、誰もが受け入れ、また出発の準備が再開されていく。


 俺は悔しさでいっぱいになりつつも、前にいるディランに目をやると、あいつは意外なことにこちらを値踏みするように観察していた。


 そのじっとりと絡みつくような目線に、嫌悪感を抱かずにはいられない。見かけは確かに美少年。だが心の奥にずるい本性を隠しているのではないか。


 だって、フィアが聖女になれると知った途端に駆け込んできたような男だろう。そうじゃなきゃこんなに早く話が進むはずがない。信用ならない。


「僕とフィアが許嫁であるということに、納得がいかないようだね」

「ああ、納得いかねえよ。だって全部、無理矢理だろ」

「違うね。同意を得ている」

「同意するしかなかったんだ。王都が、あんた達が」

「ジ、ジーク! もういいよ。もう大丈夫だから」


 怯えた声でフィアは言う。ぎゅっと握ってきた手は、小刻みに震えていた。ディランはわざとらしく嘆息し、面倒そうな顔で空を見やる。


「困るんだよね君。もう決まったことに、関係のない者があれこれと批判をするなんて。周りを見なよ。もう誰も君の話なんて聞いちゃいない。じきに馬車は出る」


 誰から見ても、俺がしていることは無力な悪あがきだろう。でも、悪あがきと言われようがなんと言われようが、嫌なことは嫌だった。子供の頃だからこそ、余計におかしいと思うことに苛立ちが募ってしまう。


「でも納得できねえ! 特にあんたとフィアが一緒に戦場に出るとか、婚約者とか、全然納得なんかできねえよ」

「そうか……ではいっそ勝負でもしてみるか」

「は?」


 意外な提案に、俺は間の抜けた返事しかできない。


「君のその手を見る限り、相当剣の練習をしているようだ。どうだろう。木剣で手合わせをして、一度でも君が勝てたら僕は引き下がる。つまり、フィアは僕とパーティを組むこともないし、婚約の件からも手を引く。なんなら、聖女になるという決め事も、彼女が実は嫌だというなら便宜を図ってもいい」

「ほ、本当かよ?」


 差し出された餌はあまりにも甘美に映った。子供内では俺の剣はそれなりに通じると思っていたし、条件としては悪いものではないはずだと乗り気になった。


「ああ、僕は剣で生きてゆく男だ。君に劣るようなら失格だろう。その代わり僕が勝ったら、二度と邪魔をしないでもらおう。依存なければあちらの庭で、」

「ま、待ってください!」


 フィアが俺の前に出て、ディランに声を上げた。


「そんなことする必要はありません。手合わせなんて、痛い事をするのはやめてください」

「フィア。これは彼も望んでいることだと思いますよ。どうするかは彼にお任せしますがね」


 嫌味な奴だと思った。俺は苛立ちを隠さず前に出る。


「やってやる。勝ったらフィアから離れろ」

「決まりだね。行こうか」


 背中を向けて先導するディランの声にはたしかな余裕があった。

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