竜の遺跡
ジーク達が暮らす地、イキシア大陸の西端には大きな遺跡が残されていた。
推定千年以上前から存在すると伝えられる建築物であり、現在知られている遺跡の中では最も古いとされる。
かつて、竜族と呼ばれる存在が暮らしていたことを証明する場であり、研究者達は特に用事がなくともここに訪れていた。そして今回もまた遺跡を訪れる者達がいる。
イキシア大陸に存在していたという竜族の国。現在は存在しないその神秘的な秘密に迫ろうとする者は後を絶たないが、一行はただの歴史調査員ではない。数日前、遺跡から巨大な魔物が這い出てきたという噂についての調査であった。
どこまでも続くような地下への階段を、携帯ランプを持った集団が降り進んでいた。数にして三十名ほどであり、ほとんどは王都ラグの兵士達だが、先頭を歩く二名は毛色が違っていた。
「あらあらー。本当に地下十階への階段が見つかったなんて。歴史に残る発見だわ」
その女性は、おっとりとした声の中に幾分の興奮を含んでいた。年齢にして二十代中盤、長い桃色の髪を後ろで結び、白いコートとセーター、黒ズボンという軽装で遺跡を探索するのは、いくらか不用心に映る。
彼女は階段を一段降りる度に壁や階段を物珍しげに見つめ、新しい何かを見つけることに必死だった。おもちゃを手にした子供のように夢中である。
「先生、とにかく足場に気をつけてください。最悪崩れる可能性だってあるんですよ」
気遣っているのは助手の青年だ。背は高いが線が細く、階段を降りるだけで体力を消耗している。ズレ落ちかけるメガネを何度も直しながら、隣を歩く女性に注意を促していた。
「うふふ。大丈夫よぉ。こう見えても私、地元ではラッキーガールで通っているのよ。学生時代から危ない事故に巻き込まれちゃう事はいっぱいあったけれど、大怪我なんてしたことなかったわ」
「先生の悪運の強さは存じています。しかし、事態が事態です。魔物が現れないとは断言できませんよ」
「もし現れるとしたら、きっと魔物図鑑に載っていない子かもしれないわね。楽しみだわー」
「はあ……」
助手は今日何度目かのため息を漏らした。しかし、彼女にとっては周囲の反応など気にならない。最古の遺跡で起きた事件で頭がいっぱいだった。彼女の名前はアンジェ・ルガル。魔物に魔法、スキルにダンジョン、ありとあらゆる冒険学の第一人者だ。
◇
「まあ! まあまあまあ。なんてことでしょう。本当に未発見の部屋があるなんて! しかも、壁画でいっぱいだわ」
階段を降りきった先に待っていたのは、壁画にぐるりと囲まれた円形の部屋。アンジェ達を含め兵士達全員が入っても窮屈にはならない程度の面積があった。兵士達は戸惑いつつも警戒を怠らず、緊張した空気の中でアンジェだけが浮いていた。
「先生! それより、こちらの棺を先に確認しましょう」
助手の男は、緊張の面持ちで一歩、また一歩とそれに近づいていく。何があるのか分からない。彼は息を殺すように慎重に歩みを進めた。
円型の部屋の中心に、黒い人型の棺が設置されていた。だが、蓋は開けられた上に穴だらけにされており、周囲には鎖が散乱している。
「これは、竜の国で使用されていたとされる封印ね。ほら、そこに赤い魔石の破片が散っているでしょう。恐らく閉じ込められていた何かを封印し、棺に入れた上で鎖で縛りつけていたようね。でも、封印が解けてしまい」
「……天井をぶち破って逃げ出した、というわけですね」
男はぽっかりと大穴が空いた天井を見上げて息を飲む。何をしたらこんな芸当ができるというのか。目撃者の証言によれば、巨大なワニのようだったという。
「ええ。でも感謝しなくちゃいけないわね。派手に暴れてくれたおかげで、こうして幻の地下十階を発見したんですもの」
「せ、先生。不謹慎ですよ」
助手の注意にも悪びれる様子もなく、アンジェは小さく耳打ちした。
「うふふふ。ちゃんと隅々まで調査しましょうね。それと、ここはしばらく部外者は立ち入り禁止にしましょう。私達だけが入れるように」
同じ研究者達を入らせまいという上司の魂胆に、部下は苦い顔をするしかない。彼は薄暗い部屋の中をさらりと見渡し、その不気味さに内心気落ちしていた。
いくつもの壁画がびっしりと描かれているこの部屋は、彼にしてみれば主張が強すぎる気がしたのだ。ありとあらゆる竜達の絵。その竜達よりも多く描かれている人間達の絵。それら人間の中心に一人の女性がいて、両手を空高く上げていた。
何よりも不気味なのは、その女のすぐ上に黒く巨大な太陽の絵が描かれていることだった。全てを滅すると言われる幻の魔法【ブラックドラゴンサン】を描いているのだという。黒くうねるような太陽の絵は、見ているだけで吐き気がしそうだった。
「とりあえずは棺と魔石のかけら、鎖とか全部回収しましょ。研究室に持っていって調べます。えっとそれとー……」
何かを言いかけて、彼女は視界に入ったものに気を取られて固まってしまう。まるで人形のように微動だにしない。その後、まるで気でも狂ったかのように全身を震わせた。
「まあ! まあまあまあ!」
「うわ!? 今度はなんですか先生」
「大発見……大発見よ……! あの壁画」
「大、発見?」
アンジェの指差した方向には、幾つものダンジョンが描かれた壁画があった。薄明かりの中で、ぼんやりと簡単なダンジョンの絵が刻まれている。
無数に描かれたダンジョンは、どれもが形が大きく異なっているが、このくらいの物は助手は見慣れていた。世界に存在すると言われる七つの属性、それに結びつくダンジョンが一つずつ描かれているというもの。
「あれはSS級ギフトダンジョンの壁画じゃないですか。別に珍しいということは……」
ありふれた壁画の一つ。そう勘繰っていた助手の男は、ある事実に気がついて目を丸くした。
「そう……選ばれし者だけが与えられるSS級ギフトダンジョンは、全部で七種類のはず。この壁画には、あり得ないはずの八つ目があるわ」
「そ、それって。もしかして」
「ええ。存在しないはずの、時空魔法のダンジョンだわ」
アンジェは湧き上がる興奮を抑えきれず、豊満な胸の前で両手をぐっと握り締めている。時と空間を操る魔法については遥か昔から存在は噂されていたが、根拠がなく空想の産物とされていた。しかし、彼女だけは時魔法は実在すると主張し続けていたのである。
しかもそのダンジョンの壁画だけが、奇妙な光を放っていた。それはまるで、この部屋の持ち主に何かを教えようとするかのように、煌々と存在を主張し続けている。
自らが最も切望していた研究対象……それがとうとう姿を現し始めていることに、彼女は喜びを隠しきれなかった。