クリア後のご褒美
視界が元に戻った時、俺たちは秘密の砦にいた。
木々のざわめきを聞きながら、ただ呆然としている俺とフィア。数秒ほどしてから、彼女は興奮気味に笑った。
「超ドキドキしたー。さっすがジークだね!」
「別に。運が良かっただけだよ」
実際、ただの思いつきと運の良さが功を奏したって感じだった。もしかして、これでダンジョン攻略は終わりになるのかな? いつの間にか石板も消えてる。
『ダンジョンの攻略に成功。挑戦者に時力30と時PT50を付与。支援者に魔力50PTを付与』
この一言には不意をつかれてビックリした! クリアしたからなのか、前回よりポイントが多いみたいだ。ご褒美をもらえたって感じがして気持ちいい。
「すごーい! ねえ、これでいっぱいスキルゲットできそうじゃない?」
「そうだな、ちょっと試してみようか。い、いでよ! 石板」
呼び出す時が恥ずかしくて困ります。ポンっという音と淡い光と共に、時の石板が手元に現れる。さて、今のポイントは五十五あるわけだから、どのスキルも余裕で取れるはず。
俺としては、真っ先に取るものは決めていた。すぐに剣技術アップの玉に指を触れる。
『剣技術微上昇を獲得しますか?』
ちゃんと確認を取ってくれるわけか。間違う時もあるだろうから、こういうのはとても助かる。
「はい」
『剣技術微上昇を獲得しました』
すると一瞬だが、何かが我が身に起こった。急激に暖かくなったと思ったらすぐ元に戻ったみたいだ。全身を一気にお湯に浸からせて、すぐさま飛び出したかのような、慌ただしい現象だった。
「今ジークの全身、ピカピカって光ってたよ。どっかの魔物みたいだった」
「ちょ……嫌な例え方だな。もうちょっとあるでしょ、印象良いやつ」
自分じゃ分からなかったけど、見た目的にもいろいろあったらしい。とりあえず俺は立ち上がって、適当に剣を振ってみた。何度かビュンビュンやってみたんだが、特に変わった様子はない。
「あれ? なんだろ、全然変わってないような」
「見えないところで強くなってるんじゃない? それより、石板の玉が増えてるみたいだよ」
言われるがままに石板に視線を戻すと、確かに今獲得したスキル玉の下に、もう一つの玉が出現していた。
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・時の思い出
必要時PT:32
特別条件:明滅回廊をクリアする
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なんとも詩的なスキル名だと思う。でも、正直言ってなんのこっちゃ分からない。ヒントはなし、更には説明もなし。親切なのか不親切なのか、謎は深まるばかりだった。
それと、明滅回廊をクリアするっていう追加条件があるようだ。必要な時PTを所持していても、条件をクリアしてないと獲得できない、と考えるのが妥当かな。
「ほえー、なんか面白そうなスキルだね。ねえ、取ってみたら?」
「うーん。でも、どうしようかな」
他のスキルも獲得してみたいという気持ちはあった。ただ、今所持しているポイントでは全部取ることはできない。もし今回の攻略で終了なら、慎重に選ぶ必要がある気がした。
「じっくり考えてみるよ。っていうか、もしかしてダンジョン攻略は終わりかな?」
「え、全然だよ。まだまだ召喚できるみたい」
「なんで召喚できるって分かるんだ?」
「えへへ。秘密!」
いたずらっ子みたいな悪い笑顔になる聖女様。乙女の秘密を何よりも知りたくなる男子としては、この微かな一言で夜も眠れなくなりそう。
き、気になる。気になって仕事も手につかなくなる可能性大。いつも手につかないけど。
「あ! ちょっと待って。もしかして、あそこでキョロキョロしてるの父様達かも」
そんななか、フィアが森の外に目を向けていた。むむ? と気になって視線を追うと、アレクシア邸の庭でそわそわとしている彼女のご両親がいる。落ち着きなく執事やメイドと話しているようだが、当然ながらここからでは内容は聞き取れない。
いきなり娘が帰ってきて混乱しているんだろうな、というのは察してしまうところ。フィアは一人娘だし、いろいろと悩むことはありそうだ。
「ごめん。私、今日は帰るね」
「そっか。分かった! 別に気にするなって」
「ううん。いきなり帰ってきて、みんな困らせちゃってるの。でも、どうしても帰らなきゃって、必死だった」
「……必死だった?」
「な、なんでもない! じゃーね! また明日」
「あ、ああ」
フィアは手を振った後、スカートを翻しつつ森の外へと駆けていった。去り際の笑顔が、いつになく乾いたように映ったのは、きっと気のせいではない。
それにしても、せっかくのお休みだっていうのに付き合ってもらって悪いなぁ。っていうか、俺なんかより他の奴とダンジョンに潜ったほうが良いだろうに。
でも帰り道はいつになくスッキリした気分だった。ダンジョンをクリアしたっていう事実が嬉しかったんだ。
誰かに話したい気持ちになるけど、フィアに口止めされていたのでちょっとばかり悶々としつつ、日が暮れるまで武器屋の受付をしてお金を稼ぐことにした。
仕事帰りに見上げた夕焼け空は、いつになく澄んでいるような気がした。