第8話 自由研究
「んー、どうしよう」
夏休み最大のイベントである兄、和の誕生日も無事に終わり、この長い休みも終わりが見えてきた頃。真宏は一つの問題に直面していた。
筒状に丸められた模造用紙を目の前に、まだ幼い顔に悩ましい表情を浮かべている。
夏休みに出された宿題は毎日する時間を設けて、こつこつとこなしてきた。ドリルやプリントはあと少しというところまで来ている。
このままいけば最後の数日くらいは宿題をせずに楽しめるだろう。
その約束された数日のためにもこの一番の難関を突破しなければならない。
この難関との付き合いも六年目。そろそろネタが尽きてきたというのが本音である。
「あれ? 真宏くん、どうしたの?」
「優お姉ちゃん!」
ぱっと顔を花開かせた先には夏休みから玉木家に居候している幼馴染の少女が立っていた。
優しくて面白い彼女のことが真宏は大好きだ。
「なんか悩み事? お姉さんでよかったら聞いてあげるよ〜」
「んっとね、自由研究の内容を考えてるの。いいのが浮かばなくて…」
「あーね。面倒だよね、自由研究。毎年毎年ネタも浮かばないっての」
姉のような存在である優の言葉に大きく頷く。
中学生になると自由研究はしなくていいらしい、ということは兄から聞いた。
ネタが思い浮かばないこと以外は自由研究のことが嫌いではない真宏はそれはそれで寂しく思う。
でも、兄たちが所属している科学部に入れば、いろんな実験ができるらしいので寂しさも帳消しだ。
「これはあれだね、科学部の期待のホープに聞こう!」
誰のことを言ってるか分からなかったがきっとすごい人に違いない。
優と手を繋いで真宏は階段を登っていく。辿り着いたのは三番目の兄、音葉の部屋だ。
どうやら兄が期待のホープとやららしい。二人の兄は真宏にとってすごい人たちなのでそれも頷ける。
「なんか用?」
「ちょっと相談があるから入れて」
少し眉を潜めつつも、音葉は優と真宏を部屋の中に通した。部屋には二番目の兄、和もいた。
二人はとても仲が良くて、休みの日はいつも音葉の部屋に二人で籠っている。
「相談って?」
「あのね、自由研究の内容を考えてるの」
当事者である真宏が答えれば、音葉も和も渋い反応をした。そういえば優も似たような反応をしていた気がする。
「ウィキ○ディ○を適当にまとめたらいいんじゃね?」
「こんないたいけな子を悪の道に引き込むなんてはんたーい」
「別にいいだろ、楽だし、手を抜くことを覚えるのも大事だぜ。真宏、好きな戦国武将は?」
「んーと、黒田官兵衛!」
「小学生が一番に出す名前とは思えねぇな」
なんてぼやきつつ、音葉は『黒田官兵衛』の名前を検索する。上位の方に表示される件のサイトを開き、真宏へ見せた。
「この、生涯ってとこをまとめるだけで充分だと思うぜ」
「こらこらこら、ダメだって言ってるじゃん」
「なら他に代案出せよ」
優と音葉が言い合っているのはいつものことで、真宏はにこにこと二人を交互に見る。
これは互いを信頼しているからできることだ。つまり仲良しということ。
真宏もこんな風に優と言い合いしてみたいとそんな願望が密かにある。でも優は真宏に対してとても優しくて喧嘩するには至らない。
「えぇ、え〜……じゃあ十円玉綺麗にする奴とか」
「毎年クラスに一人はやってる奴な」
「それ、三年生のときにやったよ?」
家中の汚れた十円玉を集めて、長男の藤に手伝ってもらいながらやったのだ。
そのときは優は居候をしていなかったので知らなかったかもしれない。
当時は音葉や和も小学生だったが、二人は各々自分で自由研究をまとめていた。
もしかするとさっき言っていた方法をしていたのかもしれない。
「音葉、このペットボトル使っていい?」
「あ? 別にいいけど」
「下にも何本かあったよね?」
言いながら立ち上がる和。顔を見合わせ、首を傾げた優と真宏もその後ろについて階段を下る。
キッチンで空のペットボトル二本を回収し、三本をテーブルの上に並べてみせた。
「三本のうち二本にそれぞれ、下と真ん中辺りに穴を開けてテープで塞ぐ」
淡々とした説明とともに和は手際よく作業していく。
ここで自由研究のネタを提供してくれているのだと思い当たった。
「ペットボトルに同じ量の水を入れて、キャップを外したまま冷凍庫に立てて入れる。さて、三本のうち最初に氷が解けるのはどれてしょう?」
「うーん、真ん中に穴が空いてるやつ!」
「穴が空いてる奴のが早く解けやすそうだよね」
「答え、楽しみにしてて」
水が凍るまで時間があるので、その間実験の詳しい内容を和に教えてもらった。空気に触れさせると氷の解け方が変化するか、という実験らしい。熱伝導率というものが関わってくるとか。
ともあれ、自由研究という一つの問題を解消され、後は実験結果を待つのみである。
予想が当たっているか、わくわくしながら答えを待つ。