第39話 4月2日
混ぜ合わせた生地を型に流す。空気を抜くためにトントンと軽く叩きつける。
ついでに均等になった生地をオーブンの中に入れて、一先ず役目は終わり。
この間にクリームや飾りつけ用のフルーツなんかを用意するわけだ。
「ケーキ作りってやっぱ大変だな」
これを毎回のようにやっている藤には頭が下がる。しかも藤の場合、毎回兄弟や優の好みに合わせて微妙にアレンジも加えている。
もういっそパティシエを目指しては?と思うレベルである。
「失敗すんなよ」
「お菓子作りはそこそこ得意だから大丈夫」
「こないだ野菜炒め焦がしてた奴が何言ってんだよ」
「料理とお菓子作りは違うんですぅ」
リビングの方からゲームをしている、と思われる音葉の野次が飛んでくる。飾りつけの方は粗方終わったらしい。
「言い訳乙〜」
視線をゲーム画面に落としたまま、放たれる煽り文句。煽る気はないだろうし、煽られたとも思っていないが字面的に。
「料理とお菓子作りが違うのは実際そうだよね。私は料理できてもお菓子は苦手だし」
同い年幼馴染のじゃれあいに誕生日パーティ用の料理を作っていた七緒が参加する。
いつもなら料理も藤が担当することが多いが、今日は主役なので真宏に引き止めてもらってる。
「私、いっつも焦がしちゃうんだよね」
「料理はスピード命みたいなとこあるからね。火使ってると特に」
そう、それなのだ。具材を入れて、調味料を入れて、ともたもたしているうちに気付けば野菜が焦げてるなんてことがよくある。
具材によって火の通り加減が違うし、そもそも中火の火加減が難しい。
「慣れたらできるようになるって。ほら、優ちゃんも卵焼きは上手いじゃん?」
優の得意料理は卵焼きだ。ただ焼いて巻くだけと思ってもらったら困る。あの綺麗な形にするのにはそれなりの技術が必要なのである。
なんて、だらだらと話をいているうちに七緒は次々に料理を生み出している。
ほとんど藤に任せっきりに見えて流石は主婦だ。手際が良い。
「藤と比べちゃ雑だけどねぇ」
と笑っているが、羨望の眼差しを送らざる得ない。
そうこうしているうちにケーキの生地が焼きあがった。飾りつけするにも少し冷まさないといけないのでこのまま雑談を続行しよう、も思ったときにインターフォンが鳴った。
今日来る人と言えば一人しかいない。無意識に身体が強ばる。
「そろそろ慣れろよ」
呆れた声を視線で黙らせる。好きでこうなっているんじゃないと何度目か分からない訴え。
「音葉、行ってきて」
緩い返事を残して去っていく音葉を見ながら、息を整える。時間もかからず海歌が姿を現した。
おそらく、パーティ用の料理が入っていると思われる弁当箱を携えて。
「あ、優ちゃんがケーキ作ったの? すごいね」
「ぃ、え……アリガトウゴザイマス」
優しい笑顔を向けてくれているのに上手く返せない自分が憎い。
「あ、の……飾りつけ、一緒にします?」
「いいの?」
嬉しい、と告げる笑顔が眩しくてこくこくと機械仕掛けの人形のごとく首を振る。
ケーキの飾り付けはイチゴの他、スーパーのお菓子作りコーナーに並んでいるアラザンなどが用意してある。
まずは生クリームを塗って、イチゴを挟み、さらに生クリームを塗る。藤はイチゴが好きなのでオーソドックスなショートケーキだ。
その上に各々飾り付けをしていくわけだが、最後の難関は。
「プレートまで用意してあるんだ、すごい……。私がやっていいの?」
無言でチョコペンを差し出しながら、こくこくと頷く。すると、海歌もまたチョコペンを優に差し出した。
「一緒にしよ?」
「う、ん」
チョコペンはなんとも難しいもので、字を書こうにも上手くチョコが出ない。出過ぎてしまったり、逆に細すぎてしまったり、もたもたしていると中のチョコがどんどん固まってくる。
二人してチョコペンに弄ばされながら、「お誕生日おめでとう」の文字の書き上げる。
「ぐちゃぐちゃになったけど……」
「これはこれで味ですっ」
歪な文字を見て二人で笑い合う。共同作業のお陰か、海歌に対する緊張も次第と解けていた。
「あれ、仲良しだ……!」
台所で笑い合う二人を見て、本日の主役であるところの藤は目を丸くして嬉しそうに笑った。




