第36話 解き方
折りたたみ式のテーブルの上にそれぞれ、ノートやらプリントやらを広げ、二人の少女が向かい合っている。
中学生は春休みに突入した頃。そして今まさに春休みの宿題に勤しんでいるところである。
その二人の横、ベッドに腰掛けるようにして読書をしている少女も一人。必死に(という程でもないが)勉強している友人二人を差し置いて優雅に本を読む姿、まあいつも通りだ。
ただ少し疑問点があるのも事実。
「なんで春休み始まったばっかなのに紀依は宿題終わってんの?」
問いかけたのは日焼けした肌が印象的な快活少女、奈々である。解けない問題と向かい合うのをやめて、全身で余裕を表す紀依へと投げかけた。
いつもギリギリまで宿題を放置している二人には珍しく、春休みが始まって三日目で手をつけている状況。大抵の人がまだ宿題を終わらせていない頃合である。
にも拘わらず、宿題をすべて終え、勉強会でいつものように読書をする姿に疑問しかない。まあ、付き合いが長い分、優は察していたが。
「授業中にしてるからよ」
何を当然のことを、とでも言いたげな表情である。
宿題を早々に終わらせている人間が決して真面目ではないことの証明である。
基本的に長期休みの宿題は少し早めに配られるものである。早めに指導要領に達した授業では自習と称して、宿題をする時間を作ってくれたりもする。
が、紀依のそれは別にその自習の時間にやったというわけではない。授業の間、教師の話も聞かずに宿題をしているのだ。
一番前の席、ど真ん中であっても紀依は堂々と宿題をこなす。
「ノートさえちゃんと書いてれば授業を受けている証明にはなるわ。たとえ違う教科のものでも勉強してるんだもの。そう責められはしないわよ」
というのが紀依の証言である。
真面目に授業を受けているのと、宿題をやっているの、傍から見ればそこまで区別がつかないからというのもあるだろう。
「居眠りしたり、絵を描いたりしてるどこぞの誰かさんよりもマシよ」
なんて言葉が続いてたので優には何も言い返せなかった。そんな人がいるんだね(遠い目)。
「春休みくらい宿題なくてもいいじゃんかー、わーん」
紀依の冷たい視線が注がれ、泣き言を零す奈々は無言でシャーペンを握り直す。
毎度毎度、宿題が終わっているのにも拘わらず付き合わせているので、あまり強く出られないのである。
「数学難しすぎ。無理すぎ」
すぐに突っ伏して奈々は再び泣き言を零す。
「答えみればいいじゃない」
「えっ、いいの?」
天からの恵みを受けたと言わんばかり、起き上がった奈々が顔を輝かせている。
優もまさか紀依がそんなこと言うなんて思っていなかったから驚いてその顔を見た。
「答え見るのは悪いことじゃないわよ。分からないっていつまでも嘆いているのより遥かにマシ」
本を閉じ、紀依は奈々の横に座った。そのまま横に置かれていた答えを拾い上げて、該当のページを開く。
「特に数学は一緒に解説も書いてあるでしょう? これ見ながら解いた方が身になるわ」
指で示された部分には、赤い文字で答えとそれに至るまでの計算式が書いてある。
数学は計算式も採点の対象になるので、暗記科目とか違って答えだけが書かれていることはほとんどない。
「この数字がどこから来たのか考えながら解くの。同じタイプの問題を何個かこなしていけば、自然と解き方を覚えるでしょ」
味気のない公式を覚えるよりも余程身になる、と紀依は淡々と紡いだ。
「結局、数学も暗記科目よ」
紀依がいつも早々に宿題を終わらせられているのはきっと答えを見ながらやっているのも大きいのだろう。
分からないことを悩むより、すぱっと切り捨てて次に進む方が断然早い。
「覚えるまでやれば、そこそこ勉強ができるくらいにはなるわよ」
「その覚えるまで、ができないんだよねえ」
なんてことないように言う紀依ではあるが、それができる人とできない人の差はかなりのものだ。
ある意味、駄目人間的発言を零す優に、相も変わらず冷たい視線が送られる。
「貴方たちの場合、できないんじゃなくてやらない……したくないだけにしか見えないけれど?」
クリティカルヒット。
的確に急所をつく一撃。こうなることを分かっているのに、どうして紀依の言葉に言い返してしまったのか。
理路整然と、隙がなく言葉を並べる紀依に口で勝てるわけないのだ。
「勉強なさい」
「「はい……」」
なんか、勉強会をするたびにいつもこの流れになっている気がする。気にしたら負けだと己に言い聞かせ、優は無言でノートと向かい合った。




