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Fnomy  作者: 猫宮めめ
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第3話 夏祭り side boy

「遅い」


 待ち合わせの場所へ遅れてついた藤に、幼馴染にして親友の少年はそう言い放った。


 彼の名前は田島凌(たしまりょう)。小学生の頃、所属していたサッカーチームのメンバーである。藤とはその頃からの仲だ


 身長は藤より少し高く、細身。顔立ちは整っている上に、クールな性格も相俟って彼は大層モテる。

 が、今のところ、誰の告白も断っており、藤にとってはちょっとした謎だ。


「ごめん、ちょっと支度に手間取っちゃって」


「そもそもこんな暑い上に、人の多い場所に好んで来る人の気がしれない」


 淡々と責め立てるように言葉が重ねられる。

 文句を言いつつもちゃんと待ち合わせの場所に来るあたり、そこまで嫌がっていないのかもしれない。

 よくいうあれだ。嫌も嫌も好きのうち、みたいな…。


「凌お兄ちゃん、ごめんね。待たせちゃって」


「気にしてないから真宏が謝る必要はないよ」


 藤の影からひょっこりと顔を覗かせた真宏。

 表情豊かな真宏は今にも泣きそうなほどに目を震わせ、謝罪を口にする。


 対する凌は、先程までの藤への態度とは打って変わって、口元を綻ばせた状態で真宏の頭を撫でる。


「あのね。暑いなら無理しなくてもいいんだよ? 一緒がいいって我儘言ってごめんなさい」


「平気だよ。真宏が一緒なら」


 言外に真宏がいなかったら来ていないと告げている。


 そう言いながらも、どっちにしろ来てくれるはずだと期待しつつ、本当に来てくれないかもしれないという不安も同居している。

 それなりの長さになる付き合いではあるが、藤に対する凌の態度は常にぞんざいなのである。


「藤も奢ってくれるみたいだし」


 ちらりとこちらを見て紡がれる言葉。


 藤の財布が小さな悲鳴をあげている。

 母からもらった食費は別にしてあるから問題はない。問題はないが、問題はある。


「うっ……うぅ、うー、うん。分かっ、た。任せて」


 元々真宏の分は払うつもりであった。それに一人追加されるくらい誤差、のはずだ。そう思うことにしよう。


「じゃあ、行こっか。真宏」


「うん」


 当たり前のように手を繋ぐ二人は、先に歩き出す。

 クールな態度で分かりにくいが、凌は子供が好きらしい。音葉がよく優に言っている言葉に言い換えれば――


「ええと、確かショタコン……?」


 じろりと睨まれた。


 あまりいい意味の言葉ではないのかもしれない。となると、音葉のことを注意した方いいのだろうか。

 二人の後ろをとぼとぼついていきながら、藤はそんなことを考える。


 弟たちとは違い、サブカルチャーに精通していないので彼らの使う言葉がいまいち分からないことが多い藤である。


「藤」


 短く呼びかけられ、二人と距離が開いていることに気付いた。

 慌てて追いかけて、並び立つ。待ってくれてるなんて、やっぱり優しいななんて思いながら、


「お金」


 付け加えられた単語にがっくりと肩を落とす。


「あ、かき氷? やっぱお祭りと言ったらこれだよねぇ」


「藤お兄ちゃん、イチゴがいい!」


「ブルーハワイ」


 無邪気な声と端的な声に、うんうんと頷き、早速注文をする。


 かき氷、二○○円×三。羽ばたいていくお金を潔く見送る。

 お祭りは物価が地味に高いので三人分というだけでも学生にはかなり痛手となる出費だ。

 弟たちと違い、藤にお金のかかる趣味がないことが救いとだろう


「僕、青いスプーンがいい!」


 セルフで取るように置かれているストロースプーン。白地に赤、青、緑、黄色とそれぞれラインが入ったストライプ柄のデザインのものだ。


 その中から青いラインのスプーンを手に取り、イチゴ味のシロップがかかった氷の山に突き刺した。


「はい、宏くん」


「わあい、藤お兄ちゃんありがとう!」


 向けられる無邪気な笑顔を見て、凌や優がこぞって可愛がる理由が心から理解できる藤である。


「凌は何色がいい?」


「なんでもいい」


 そんなものに拘る年齢じゃないと冷たい視線を向けられ、適当に取った緑のスプーンを刺す。自分のは青いものにした。


「真宏、あっちに座れるところがある」


「うん!」


 真宏の面倒を凌が代わりに見てくれていると考えれば悪いことではないかもしれない。

 弟の面倒を見ることの多い長男はポジティブに思考を回し、かき氷(イチゴ味)を手に追いかける。


 小さな子供がいるから座れるところがあるのはありがたいな、と高校生らしからぬことを考えつつ、凌が確保した席に座る。


「おいしい!」


「ゆっくり食べなよ」


 なんだかんだお祭りとなると毎回のように食べているかき氷。氷の冷たさとシロップの甘さを舌先で味わい、ふと思いついたように舌を出す。


「なにやってんの?」


 冷たく、ともすれば軽蔑にも近い視線を受ける藤はそっと舌を引っ込める。


「赤くなってるかなーって」


「イチゴじゃ分かりにくいだろ」


「それもそっか。じゃ、凌の見せて」


「は?」


 今までにないくらい冷たい目で見られた。いや、今までも何度かあったかもしれない。今日初めて、くらいにしておこう。


「僕も見たい! 凌お兄ちゃん見せて」


 末っ子の懇願に注がれる視線に鋭さが追加された。お前のせいで、と言われているのが分かる。

 長い付き合い故の以心伝心というやつかもしれない。


 渋々と凌は舌を出した。クラスの女子たちが歓喜しそうなレアな姿に、藤は首を傾げる。


「あんまり青くないね?」


 うっすら青みがかってはいるものの、凌の舌は元の色のままだった。


「コツがあるんだよ」


「なになに、教えて。凌お兄ちゃん!」


「少しずつ飲むように食べれば、色がつきにくくなる」


 淡々と説明する姿は、弟の和と似ているなと考えつつ、ふむふむと頷く。


 氷は水であり、夏の暑さで溶けやすくなっているので「飲むように」というのもそう難しくないのかもしれない。

 考えながら、ぱくぱくとかき氷を口に運ぶ藤の頭に痛みが走る。


「んーんん……っ」


 スプーンを加えたまま、突然の激痛に悶える。

 例えるならキーンと言うべき痛み。アイスクリーム頭痛と称される痛みが藤の頭を襲う。


「藤お兄ちゃん、大丈夫?」


 心配そうに末っ子が覗き込む裏で、きっと親友は冷たい表情をしていることだろう。

 よく知る表情を想像しつつ、藤は痛みが和らぐまでただ耐えるのであった。


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