第29話 吹雪
白い風が全身を叩きつける。比喩でもなんでもなく本当に白い風だ。
雪を含んだ風が鋭い冷たさを持って、服を、肌を容赦なく襲いかかる。
傘を差してはいるが、荒れ狂う風の中ではほとんど意味をなしていない。その上、向かい風のため、雪道で遅くなった歩みをさらに遅くさせる要因になってしまっている。
とはいえ、傘があるお陰で防げている雪もあると考えれば、迂闊に閉じることもできない。そんなジレンマを抱えていた。
「痛っ……痛っ、痛いって」
スカートとハイソックスの間、剥き出しになった膝に雪の結晶が叩きつけられる。
極寒の地に晒され、赤くなった膝にはそれだけでもそこそこのダメージがくる。じわじわとHPが削られていく、そんな感じだ。
「タイツにしとけばよかった〜」
「この雪じゃ、びしょ濡れになって着替える羽目になるんだから靴下の方が楽よ」
「そおだけど」
泣き言を零す奈々へ、寒さの中でもブレない冷静さを見せる紀依が忠言を零す。
傘では防ぎきれない雪で靴下はすでにびしょ濡れ。学校へついたら、履き替えた方がいいだろう。
こんな気持ち悪い状態で一日を過ごすなんてごめんだ。
寒さから身を守る意味ではタイツが正解。ただ、後で履き替える手間を考えると靴下の方が楽、という選択である。
靴下は教室で着替えても問題はないが、タイツは男子がいる教室で着替えるには少々抵抗がある。
「これ完全に遭難する奴だって!」
この道を真っ直ぐ歩けば、ものの数分で学校に辿り着く、はずだ。
吹き荒れる風が世界を白く染め、もうそろそろ見えてくるはずの学校の姿を覆い隠している。
それどころか、普段は走っているはずの車も見かけず、歩いている生徒も他にいない。
ほんの数百メートルの距離で『遭難』なんて言葉が容易に浮かぶ状況だ。
「このレベルだと徒歩もそれなりに危険よね」
「ほんとにそれ。遭難しなくても凍傷とかで死にそう…」
「徒歩通も通学困難で出席停止が使えるようにしてくれないものかしら」
自転車通学であれば、雪の日はバス通学を余儀なくされる。そのバスが運休となれば、通学困難による出席停止という扱いになるのだ。
ところがどっこい、徒歩通学はどんなに嵐が吹こうとも、学校が休校の判断を取らない限りは登校せざる得ない。休んだら普通に欠席扱いだ。
「不遇よね」
「不遇だね」
いつもならもう少し多弁に不満を語る紀依ではあるが、寒さで口数も少ない。
とはいえ、喋らずにいると本当に凍死してしまいそうな気がするので、ぽつりぽつりと会話を重ねる。
誰も喋らなくなったら、一巻の終わりだ。
「こういうとき、目出し帽の必要性が分かるわよね」
「あれって犯罪するときに使うものじゃないの!?」
「そんなもの市販で堂々と売ってるわけないじゃない。あれは防寒用よ。それを悪用してる人がいるってだけ」
ドラマなんかでは犯罪者が顔を隠すために使っている、でお馴染みの目出し帽。
あまりいいイメージのなかったそれにそんな役割があるとは知らなかった。
「ここまで来るといるかも、目出し帽。顔痛い……」
「あたしは髪崩れるのやだなあ」
「それはまあ……そうかも」
髪が崩れるのを嫌うか、寒さから逃れるのを取るか。難しい二択だ。
というか、あの黒い見た目と目出し帽についたイメージを考えるとつけようという気がしなくなる。どうしたって見た目は犯罪者だ。
せめてもう少しオシャレなデザインがあれば別だが。それはそれで面白いことになりそうな気がしなくもない。
「ぁ、明かり」
白い世界の中に明かりが見えてきた。
「やっと……」
薄ら見えるシルエットは学校のもので、この寒い空間から逃れられる歓喜に体を震わせる。
基本的に学校に行きたくない派の優ではあるが、このときばかりがあのシルエットが天からの恵みのように思えた。
「これが桃源郷か……」
大罪の器を七つ集めると辿り着けるというあの……。という、誰にもツッコまれないボケを心中で零しながら。




