第27話 1月4日
音葉の一日は遅い。休日ともなればとりわけ遅い。
今日の目覚めはベッドの上ではなく、固い床からのものだ。すぐ傍にはゲーム機が落ちており、ずれた眼鏡をかけ直しながら画面へ目を向ける。
「ふわーぁ……落ちてた」
寝落ちと言う奴である。まあ、よくあることだ。
明日が休みとなると夜中までゲームに勤しみ、そのまま気付いたら朝なんてこともざらにある。
今は冬休み期間ともあって、その辺りのタガが完全に外れてしまっている。昼夜逆転というよりも徹夜生活に近い現状を送っていた。
ゲーム画面では立ち尽くしたままの主人公が映し出されている。取り敢えずそのままセーブして電源を切った。
固い床で寝ていたせいで、痛みを訴える体を伸ばしつつ、時計を確認する。
時刻は午前十一時半過ぎ。流石に少し寝過ぎたかもしれない。
もう一度伸びをして立ち上がる。遅めの朝食どころか昼食に差し掛かる頃ともなれば、音葉のお腹も空腹を訴えている。
時間帯的に食べるものはあるだろうと台所の方へと向かう。
「……はよざいます」
「あ、音くん。おはよう。待っててね、もうすぐできるから」
「ん」
昼食を作っている最中らしい長兄の言葉に頷き、水だけ貰ってのそのそとリビングの方へ。
そこでは幼馴染の居候少女と末っ子が仲良くじゃれあっていた。
音葉同様、昼夜逆転の生活をしがちな幼馴染ではあるが、今日は先に起きていたらしい。
「はよ、おめ〜」
「ん、はよ。……おめ?」
妙な略語に疑問符を浮かべる。何気なく視線を動かし、カレンダーを見つめて数秒。
「今日、四日か」
「ゲームの世界に引きこもりすぎて日付分かんなくなっちゃったやつ?」
「徹夜しすぎて日付が分からなくなったやつな」
どっちにしろ、救いのなさを漂わせる言葉を返しつつ、席に着く。
空腹に駆られてリビングまで起きてきたはいいが、まだまだ眠い。これは食べたら、昼寝コースだ。
瞼が重いし、肩が重い。睡眠不足と眼精疲労と猫背による肩凝りが同時に襲いかかってきており、気分は最悪だ。
「音葉お兄ちゃん、体調悪い?」
「真宏くん、大丈夫だよ。あれは完全に自業自得の不摂生だから」
心配そうな末っ子に向けられる言葉に否定しどころがない。
「そういや、和は? まだ寝てんの?」
不摂生が理由に末っ子に心配をかけるのも忍びないので、話題を変える意味も込めて問いかける。
リビングには和と、仕事で不在の母を除いたメンバーが集まっている。
和も音葉同様夜更かし組なので、昼までに起きてこないことはざらにある。一緒に夜を明かすことも多い仲ではあるが、昨日は音葉の部屋に来なかったので、その所在は分からない。
「日づけ見て、どっかに出かけてったよ。音葉の誕生日プレゼントでも買いに言ったんじゃないのー」
にやいた顔を見せる優にいつものごとく深い溜め息と冷たい視線を返す。
「それ、用意するの忘れてたってことじゃねぇか」
「それはそれでありなので」
「なんでもいいんだな、腐女子は」
好きあらば、音葉と和をくっつけようとするのがこの腐女子の悪癖だ。
いつからか、はもう覚えていない。昔はこうじゃなかった気もするが、この染まりっぷりを見ていると昔からこうだったような気さえしてくるのが不思議だ。
面倒と思いつつも、最低限の節度は守っているので、くだらない戯言として放置している。
「みんな、お待たせ。ご飯できたよ」
藤の呼びかけに立ち上がり、おかずを受け取りに行く。無言の連携プレーで長兄を手伝い、遅めの朝食もとい昼食の時間だ。
今日も今日とて変わりないまま、音葉の十数回目の誕生日は過ぎていく。