第23話 文化祭
文化祭と聞けば、学生たちが作り出すお祭りをイメージする人も多いだろう。手作り感満載の屋台やお店、外部からお客さんもたくさん入って賑わう、あのイメージだ。
ともあれ、それが許されるのは精々高校になってからだ。それも堅苦しい校風の高校であれば、もっと慎ましやかに行われる。
ともあれ、閑話休題。
中学校の文化祭といえば、合唱コンクールが定番だろう。そこに弁論や文化部の活動発表などが加わったのが、優たちの通う文化祭の内容だ。
ちなみに美術部の活動発表は美術室での作品展示である。
生徒的に面白みのない文化祭ではあるが、勝負事ともなれば、みんなそれなりにやる気は出す。勝って何かあるわけではないものの、やるからには勝ちたいというとは人の心理なのだろう。
「っても、あたしのクラスはそこまでやる気なかったけどね。一部の女子だけって感じ」
そう語るのは今日も今日とて美術部に出没したOG、高崎鈴乃である。
文化祭で展示するイラスト制作する二人を見ながら、思い出語りをしている真っ最中だ。
「この手の行事にやたらと張り切る女子っていますよね」
冷たく返す紀依含め、優も鈴乃もそこまで学校行事に意欲的ではない。優は周りが本気になら頑張ろうと思うくらいのスタンスだ。
積極的になるほどではないものの、クラスの雰囲気を壊すほどでもない曖昧な立ち位置が一番精神衛生上いいのである。
「でも、やばかったのが合唱終わった最後」
妙に感情のこもった言い方にふと作業の手を止めて、鈴乃の話に聞き入る。
何か事件が起こったのだろうか。
でも、藤からそんな話は聞いたことないな、と考える。鈴乃と藤はどうやら三年生のとき、同じクラスだったらしい。
今、鈴乃が話している内容は三年生のときのことらしいので、余程の大事件があれば聞いたことがあるはずなのだが。
藤はわりと天然なところがあるので、気付いていなかったとか、女子だけの問題だったとか、そんなところだろうか。
「田島くんっているじゃん。玉木くんと仲がいい」
田島くん。田島凌。
藤の幼馴染で、玉木家にもたまに来るので優も知っている。クールな性格で、人見知りを発動している優はあまり話したことはないが。
「合唱終わった後、田島くんが保健室に行ったって先生が玉木くんに話しててさ。なんか、来たときから熱があったみたいで」
語る鈴乃はそのときのことを思い出したのか、顔をにやつかせる。
とても熱を出した人に対するものとは思えない表情だ。
「そのときのさあ! 玉木くんがさ! 椅子がたって立ち上がってさあ」
ここまで来て鈴乃が顔をにやつかせている理由を悟る。そして思った。優もその現場にいたかったと、強く思った。
「いやあ、あんな勢いよく立ち上がる姿、アニメ以外で初めて見たね。ほんと、椅子倒れるギリギリよ」
「めっちゃ見たかった……めっちゃ見たかった」
何故、そのとき自分は現場にいなかったのだろう。
文化祭は土曜日に行われる。が、生徒の身内や学校関係者以外は入れないことになっている。
もし客として入れ込めたとしても、用意された席は生徒たちの座る場所とは少し離れているし、現場を目撃することは不可能だっただろう。とても悔しいことに。
「玉木くん、家で何か言ってなかったの?」
「なんっにも。合唱で銅賞もらったよー、くらいで」
こんなに悔しいことがあろうか、いやない。反語。
「終わったことを気にしても仕方ないでしょ」
心から悔いる優に、紀依の冷たい声が投げかけられる。悔しくないのか、と横目で見れば、涼しい顔で作業を続けていた。
「今年は今年で、科学部の発表で玉木ブラザーズが拝めるじゃない。それで我慢なさい」
「そうだった。忘れてた」
玉木ブラザーズこと和と音葉は揃って科学部に所属している。
文化祭では、今までしてきた実験をレポートにまとめて、みんなの前で発表するのだ。その発表として二人が選ばれたらしい。
和は部長なので言わずもがな、音葉は和の指名で選ばれたとか。
最初で最後の二人の発表。共同作業である。決して見逃すわけにはいかない。
本来のメインイベントである合唱よりも、こっちの方が優には優先すべきビックイベントだ。
「いいなあ。あたしも噂の玉木兄弟見たい……っ。OGとして入り込めたらいいんだけど」
「何かあったら必ず報告します!」
「おっし、任せた」
そうして腐女子二人組は固い絆を確かめ合うように手を握りあった。