第22話 お菓子作り
電子レンジから馨しい香りが漂っている。
焼けた甘い生地と、かぼちゃとさつまいもの自然由来と甘さが混ざり合って鼻腔を擽る。
「そろそろ焼けるかな?」
洗い物を終えた藤は首を傾げて、電子レンジを覗く。残り一分を切ったところだ。
中を除けば、型の中で窮屈そうに膨らんだ生地の姿が見える。この分だと追加で焼く必要はなさそうだ。
レシピ通りに作っても、最後の焼きの工程は電子レンジによって火の通り具合が変わってくるので慎重さが必要なのだ。
機械音が鳴り、待ってましたと電子レンジの扉を開ける。焼きあがったケーキの香りがふわりと広がる。
馥郁とした香りで鼻腔を満たしつつ、竹串を刺して焼き加減を確認。大丈夫そうだ。
ケーキを取り出した頃、匂いに惹かれてきたらしい優が姿を覗かせた。
「ケーキ?」
「かぼちゃとさつまいものパウンドケーキだよ」
よく使っているレシピのサイトで見つけたので、気になって作ってみた。
蒸したかぼちゃをペーストにしたものを生地の中に練り込み、角切りにしたさつまいもを一緒に混ぜたものだ。
ちょっと手間はかかるが、秋っぽいし、今日のハロウィンパーティーにちょうどいいので作ってみた。
玉木家はあまりイベント事を重視する家ではない。ハロウィンも毎年スルーすることが多く、今年は優が言い出しっぺとなってささやかなハロウィンパーティーをすることになった。
仮装するのかとドキドキしていた藤ではあるが、どっちでもいいと言われたのでお菓子作りに精を出すことにした。
答えた優を音葉が冷たい目で見ていたのが気になったが、いつものことなので気にしないことにした。
ハロウィン当日から少し過ぎた土曜日。時間は有り余ってるので、他にもハロウィンっぽいお菓子や料理をたくさん作る予定だ。
最近は七緒の仕事が落ち着いてきたこともあって、藤が家事をする機会か減っている。
実は家事が好きな藤は、ここでその気持ちを発散するのである。
「ほんと、藤って器用だよねぇ」
「優ちゃんも一緒に作る?」
「や、私はいいよ。邪魔しちゃ悪いし」
両手を振って答える優の後ろから可愛らしい足音が聞こえてきた。
二人揃って目を向けた先には真っ白いポンチョのようなものを着た真宏が立っていた。
「がおー、お化けだぞ」
恐ろしさの欠片もない、可愛らしいお化けの登場を微笑ましく思いつつ、二人揃って怖がっているふりをする。
「宏くん、それどうしたの?」
「んっとね、和お兄ちゃんと音葉お兄ちゃんが作ってくれたの。優お姉ちゃんが喜んでくれるって」
くるりと優の方へ向き直り、可愛らしいお化けは小首を傾げた。
「喜んでくれた?」
「いやもう最っ高。天才」
笑み崩れた優の顔に真宏は満足そうに頷く。
「藤お兄ちゃん、お手伝いすることある?」
「じゃあ、そこのクッキーのお化けにお顔を描いてもらえる?」
「わかった! 優お姉ちゃんも一緒にやろう」
さっきは断った優も真宏の笑顔には勝てずわ快く了承する。
仲睦まじい二人の様子を微笑ましく思いながら、藤は止めていた手を再開する。
「優お姉ちゃんは仮装しないの?」
「私はいいよ。恥ずかしいし、用意してないし」
「えぇー、絶対似合うし、かわいいよ! 和お兄ちゃんたちに言ったら貸してくれるよ?」
「和、そんなにコスプレ衣装持ってるの!?」
なんとも言えない表情を浮かべる優に真宏は元気よく頷く。
和がいろんな衣装を持ってるのは意外でもあり、イメージ通りでもある。言われたら少しだけ納得はできる。
「パーティするから音葉お兄ちゃんと百均でそれっぽいの買ってきたんだって」
「へぇ。あの二人もちゃんと楽しみにしてるのか、なんか意外」
二人の会話を聞きながら、藤は密かに安堵する。
和と音葉の二人はクールだから、こういパーティはあまり乗り気ではないのではと心配していたのだ。でも楽しみにしてくれているなら安心した。
お菓子や料理の準備にもよりいっそう気合いが入るというものである。たくさんおいしいものを用意して、たくさんみんなに楽しんでもらおう。
きっと玉木家初めてのハロウィンパーティーはとても楽しいものになるだろう。今からとても楽しみだ。