第20話 腐向け
美術室の中、一人だけ違う制服に身を包んだ女生徒が座っている。
高崎鈴乃。美術部のOGであり、優が入学した頃にはすでに卒業した後だったその人は今日も今日とて、ひよっこりと顔を覗かせた。
美術室特有の背もたれのない椅子に逆向きで座り、優の使う机に頬杖をついていた。
「暇なんですか?」
毎回のように放たれる冷たい紀依の言をのらりくらりと躱して、懲りないようにへらへらと笑う。
切れ長の目に冷たい視線を送られて、よく耐えられるものだ。紀依だけではなく、教師からもちょこちょこ言われているらしいというのは本人から聞いたことだ。
「高校にはオタ語りできる人いないんだもーん」
というのが鈴乃の意見だ。
鈴乃の通う高校にはオタクがそもそも少ないらしい。専門学科のある高校、特に情報科なんかがあるところの方が多いのだとか。
「こないだもさ、『腐女子って俺ら見て妄想とかしてんでしょ。きもっ』って言われてさ。てめぇの方がキモいわっ、て殴りそうになった」
「あー」
そういう属性にその手の勘違いは付き物なのである。
男が二人以上でいたら、そういう妄想をしている、とか。
腐女子にだっていろんなタイプがいる。リアルでと妄想する腐女子も当然いるが、誰でもいいというわけではない。
優だって、リアルでは和×音と凌×藤以外のCPにはあまり興味がない。町中で見かけたら多少興奮する可能性はあってもそのハードルは周りが思っているよりも高いのである。
「あたしらにも好みはあるし、選ぶ権利はあるわっての」
「それで言うと、私は腐向けアニメって単語に似たようなことを思いますね」
腐女子向けのアニメ、役して腐向けアニメ。
基本的にはBLアニメを指す言葉ではあるが、そうでない作品にも使われることが多い。
「あーね、男キャラ多い作品にとりあえず腐向けっていう奴いるよね。腐向けだから見るのやめるわーっていうコメ見るとイラッとする」
「少年漫画なら当然男キャラは多いですし、公式が明言していないのに腐向けと断定するのは、製作者に失礼だと思うんですよね」
よく鈴乃を冷たくあしらっている紀依だが、存外話は合う。淡々と言葉を交わし合う二人へ、優はうんうんの頷くばかりだ。
会話の内容は分かるし、共感もできるけれど、入り込める隙はない気がする。この二人の会話は時々レベルが高くて、迂闊に入れないと尻込みすることの多い優である。
「そもそも腐女子というのは男が二人いれば妄想できる人種ですし、その理屈で言うとほとんどのアニメが腐向けになるなと思います」
極論すぎる紀依の意見ではあるが、頷ける部分もある。
所謂ハーレムものと言われる可愛いヒロインがたくさん出る作品でも、実は腐女子界隈で密かに盛り上がっていることがある。
腐向けと言われてなくても、腐女子はいるのだ。
「私も……まあ、腐向けってレッテル張って見ないのはもったいないなーって思うことはある、かな」
「優ちゃん、いいこと言った!」
身を乗り出し、ぎゅうっと鈴乃に抱き着かれる。
紀依のように過激なことは言えない優なりにオブラートに包んだ言い方である。
「腐向けアニメって言われている作品がそこまで腐女子に人気なかったりするから面白いよねぇ」
「むしろ、腐女子アニメって決めつける人は素質があるという見方もできますよね」
「いやいや言いながら体は正直的な?」
鈴乃の目が分かりやすく輝いた。何を考えているか、おおよそ想像できるので敢えて触れないでおこうと思う。
優や紀依は比較的ライトよりの腐女子であるのに対して鈴乃はかなりディープなタイプの腐女子だ。二次元はもちろん、三次元でも、物でもいけるタイプの。
下手に突っ込むと藪蛇なのでそっと視線を外して、止めていた手を動かす。
目の前では鈴乃が腐向けアニメと、それを嫌う人のカップリングを滔々と語っている。巧みな話術で、そちらの道も開けてしまいそうな気がしてちょっと怖い優である。




