第2話 夏祭り side girl
真上にあった日差しも傾き、少し和らいたそんな時間。
灼熱にさらされた地面からの熱気で、決して涼しくはなっていない道を優は進む。
待ち合わせの場所、そこに立っているのはショートカットの少女だ。
暑い外で、本を読む少女。清楚さを感じさせる服をまとい、傍から見れば文学少女といった感じだ。
読んでる本を思えば、文学少女と言っていいものか悩ましい。
ブックカバーで隠れて正体の見えない文庫本がライトノベルであることを付き合いの長い優は知っている。
「紀依ちゃん、早いね」
舞谷紀依。保育園時代から付き合いのある優の友人だ。
思春期真っ只中の男子たちを虜にする切れ長の目が無言で優へ向けられる。
「今来たところ、と答えるべきかしらね? この場合」
淡々とした口調で紡がれる冗談は冗談と判断しづらい。
「私が早いのも、優が遅いのもいつものことだけれど」
「今日はちゃんと時間通りに来たから。セーフだから!」
優が待ち合わせに遅れることの少なくない。そこは否定しない。
親しい相手だとついつい油断してしまうのだ。鋭い発言が多くても、紀依はあまり怒らないから甘えてしまうというのもある。
ともあれ、今日は時間通りなので責められる言われはない。
「ごめんごめん、待った〜?」
かぽかぽと下駄の小気味よい音ともに、快活そうな少女が現れる。ほんのり焼けた肌は健康的で、小説を立ち読みしていた紀依とは対照的にも思える少女である。
名前は山前奈々。こちらも優の友人である。
「ってあれ? 浴衣なのあたしだけ? えぇ、なんか一人だけめっちゃ張り切ってるみたいじゃーん」
今回の目的に沿った衣装、平たく言えば浴衣に身を包んだ奈々が不満の声をあげる。
優も、紀依も至って普通の私服姿なのである。
「私、浴衣持ってないし、着付けできないし」
「そもそも、こんな田舎の祭りに浴衣を着てくる人の方が少数派よ」
「いいじゃん、浴衣ぁ。簡単に着られるヤツも今はいっぱいあるから! 夏感じられるし、ね? ね? 持ってないなら今度買いに行こ」
私服組の主張に不満だらけの奈々は必死に追いすがる。
肌の色を見ての通り、奈々はアウトドア派、二人はインドア派。相反する三人が友人関係なのは奈々の人懐っこさが為せる技だ。
「この暑さだけで充分夏は感じられるわ」
奈々の意見を容赦なく切り捨てる紀依。
暑さなんて言いながらも、その肌には汗一つ滲んでいない。
そのクールな立ち振る舞いに夏の暑さも避けて通るのだと優は勝手に思っている。
「中学生が自由に使えるお金なんて限られているのだから別のところに使うわよ。ワンシーズン、お祭りのときしか役に立たない服なんかじゃなく」
「めちゃめちゃ言うね!? 浴衣になんか恨みでもあるの?」
「紀依ちゃんの屁理屈はいつものことだって」
本音を言うなら、優も概ね紀依の意見に賛成だ。
浴衣を買うより、オシャレよりも優にはお金を使うところがある。漫画とか、ライトノベルとか、グッズとか……うす〜い本とか。
オタク活動には金がかかるのである。
「まぁ、いっか。気を取り直して、お祭りに行こ〜。ゴ〜!!」
奈々のこういう切り替えの早さは優も気に入っている。
今日の目的は、地元の商店街が主催するお祭りだ。田舎の祭り、なんて紀依は言っていたが、その言葉を裏切らない小さなお祭りだ。
花火やら太鼓やら、メインイベントと言えるものは一切なく、出店が並んでいるだけの祭り。
とはいえ、夏休みが始まってすぐに開催されるこの祭りは最初のイベント事として学生たちの間ではそれなりに重宝されている。
周りを見渡してみれば、見知った人物がちらほらと歩いている。
「何食べる〜?」
夏休みが始まったという高揚感に祭りという非日常を足した浮かれっぷりの奈々。
「祭りって物価が高いわよね」
非日常だろうがなんだろうが、まったく変わらず、冷めた態度をとる紀依。
見れば見るほど対照的な二人だ。
「あ、りんご飴だ。ね、ね、食べよ」
この三人で出掛けるとき、奈々が先導することが多い。
きらきらと目を輝かせる奈々の指差す先には、りんご飴が並んでいた。飴でコーティングされたりんごは、照明を受けて宝石のように輝いている。
「へぇ、りんご飴以外もいろいろあるんだ」
赤く輝く宝石の横には、同じく飴でコーティングされたみかんやぶどう、いちごが並んでいる。
「あたしはみかんにしよっかな」
「ぶどう」
「んん〜、じゃあ……いちごで」
りんご飴を食べるという話はどこへやら、三者三様に違うものを頼む。
「りんご飴って見た目ほど美味しくはないものね」
理由は紀依の一言に詰め込まれている。誰も否定はせず、無言で頷いた。
見た目こそ、宝石のようで美味しそうだが、その実態は飴で包んだ生のりんごだ。
「ちっちゃいのはともかく、大きいのは食べる気にならないよねぇ」
「憧れで一度は食べるけど、大体それで終わるよね」
芯もあるうえに重心がブレて食べにくく、一度食べて以来、好んで食べることはなくなった。他の果物を選んだ方が断然おいしい。
「でも、歴史は長いのよね。昔からあるし、それだけ愛されてはいるってことかしら」
「和辺りなら知ってそうだなあ、りんご飴の歴史」
無駄な雑学ばかり豊富な幼馴染を思い出す。今度聞いてみてもいいかもしれない。学校の成績は平均以下なのに、こういうことには無駄に詳しい。
なんて考えていても、結局家に帰ったら忘れているのだろう。それはそれとして。
「ああ、でも世の中にはりんご飴専門店なんてのも存在するのよね。案外今も人気あるのかしら」
「そこはやっぱあれじゃない? 映え、的なやつ」
「りんご飴、ビジュアル的には一番かわいいもんねぇ」
聞く人が聞いたら怒られそうな会話を、屋台の脇で重ねる乙女三人。
女子中学生の会話なんてそんなものだ。いや、捻くれ者が混じっているせいで、やや捻れた会話になっているが。
「世の中、味より見た目なのね」
穿った見方で結論付ける紀依こそ、三人の会話を捻れさせている元凶である。
「じゃあさ、いつか三人で行こーよ、りんご飴専門店。それで真偽を確かめよ」
「面白そうね」
奈々が提案し、紀依が乗っかる。当然、優にも断る理由はない。
その場限りのノリだし、きっといつか忘れてしまうような約束だ。それでも今はそのノリこそが宝物のように大切なもの。
果たされない、口先だけの約束を幾重にも交わす。女子中学生なんてそんなものだ。
「んじゃ、約束ね」
忘れてもそれでいいかな、という感覚で優は約束を口にする。不誠実とは思わない。
今が楽しければそれで全部チャラだ。女子中学生なんてそんなもの。
「次どうする? 何食べる?」
「優は相変わらず食いしん坊さんだなあ」
「育ち盛りなんですぅ」
下手にいちご飴を食べたせいで、優のお腹は空腹を訴え始めている。もっとと要求され、その欲望のままに祭り会場へ視線を走らせる。
今が楽しければそれでOK。多少の散財も思い出の一つだ。
「後悔しても知らないわよ」
大人びた意見は無視して、奈々とともにお祭りを満喫しまくった。……後悔は、した。