第16話 幼馴染と恋愛
「ねぇねぇ、優ちゃんはうちの息子どものことどう思ってるの?」
好奇心に全振りされた目が優を射抜く。
問いかけたのは正面に座る七緒、玉木家四兄弟の母親だ。
その手には黄金色に輝く飲み物が入ったコップがあり、頬は赤く染まっている。紛うことなき酔っぱらいである。
「え、えぇー。なんとも思ってないよ」
「年頃なんだし、ちょーと気になるとかあるんじゃないのー」
「ないない。絶対ない」
全力で首を横に振って否定する。昔ならいざ知らず、今の優は四兄弟を恋愛対象として見たことは一切ない。
幼馴染との恋愛なんてフィクションではよくあるが、優に限っては有り得ない代物だ。
「藤とかぁ、けっこー有力物件だと思うけどぉ」
「それはまあ、確かにそうだけど」
仕事が忙しい両親に代わって、家事から弟たちの面倒まで一手に担う藤。
今は仕事が落ち着いた七緒がいることが多いので発揮する場面は減ったが、その家事スキルは同年代男子とは一線を画すものだ。
家事ができる、もとい料理ができるというだけでポイントはかなり高い。優は料理が苦手なので尚更だ。
「昔は藤のこと好き好きぃ、って言ってたでしょ」
「む、昔は昔だからっ。今はまったく、全然、これっぽちも、なんとも思ってないから!」
昔は昔。今は今。
藤の家事スキルは確かに評価しているが、それは家政夫にほしいくらいのものだ。
正直、藤が初恋の相手というは優の中でも消し去りたい黒歴史の上位に登り詰めるほどのものだ。
「じゃあじゃあ、和とか、音葉は? 年齢的に近いもんねぇ、よく一緒にいるし」
「それはない」
ぐびぐびとビールを呷る七緒は赤い頬を緩ませた問いに真顔で即答する。
こればかりは迷う余地すらない。
和には音葉がいるし、音葉には和がいる。そこに優が入る余地など微塵もないのである。
そこは優の腐女子としてのプライドにかけて誓う。あの二人に恋愛感情は絶対に有り得ないと。
「真宏はまだ早いもんねぇ。でも、将来かっこよくなるかも」
「それは確かに! でも、真宏くんはあのまま育ってほしいな」
成長しても純粋ふわふわな天使であってほしい。純粋天使で成長した真宏、それはそれでいいかもしれないと、別の意味で七緒の言葉に食いつく優である。
「でもやっぱ音葉かなあ。音葉はおすすめだから! 優ちゃん、考えておいて」
「だから、ないって」
「音葉はいいよぉ。顔は可愛いし、意外と女心分かってるしぃ、気遣いできる子だから」
酔っぱらい七緒が並べる音葉のおすすめポイント。それは奇しくも優の琴線に大きく触れる。
そう、そうなのだ。音葉は紛うことなき受け顔だし、気遣いができて些細な人の――和の変化に気付くのに長けている。
もう推しカプが尊すぎて辛い。
「じゃあさ、じゃあさ、あの子たちの恋愛ネタないの? 彼女…はいる気配ないけどさ」
「うーん、私も聞いたことないなあ。……ぁ、真宏くんがクラスの女の子好きって言ってたくらい?」
ここは流石に自重して推しカプの話はしない。優は淑女なのでそういう気遣いもできるのである。
腐女子にはステルス機能も必要なのだ。普段できているか、どうかは置いておいて。
「真宏はまだ恋愛って感じじゃないよねぇ。みんな好き、っていうあれでしょ……ぉ? おお? 我が息子、いい所に来たよ〜」
残りのビールを飲み干した七緒は顔を覗かせた息子、音葉に手招きする。
酔っぱらいの誘いに明らかに嫌そうな顔を見せ、音葉は素通りを試みる。
どうやら冷蔵庫に用があったらしく、無言で女子会の横を通り過ぎ、
「ねぇねぇ、音葉は好きな子とかいるのぉ。……ぁ、ビール取って」
「自分で取れ、酔っぱらい」
「冷たいなあ。そんなんじゃ、優ちゃんに嫌われるぞお」
「知るか」
冷たく返しながら、ビール缶をテーブルの上に置く。こういうところである。
ちなみに音葉自身はコーラを二本持っており、音葉と和、二人分だというのは想像にかたくない。
「一つ屋根の下で暮らしてたらちょっとドキってするんじゃないの。ね、ね、年頃の男の的なあれ、あるでしょ」
「ねーよ」
酔っぱらいの絡みを慣れたようにあしらう音葉。その目がちらりと優を見て
「和と対戦ゲームしてんだけど、優も来れば」
と、助け舟を出してくれた。こういうところである。
だがしかし、優は音葉に恋愛感情を抱くことはない。大事なことなので何度でも言う。
「行く行く。七緒さん、またね」
酔っぱらいの絡みから逃げるように音葉の後を追う。
もうすぐしたら藤が風呂からあがって来る頃だろうから選手交代だ。
優の両親はお酒をあまり飲まない人なので酔っぱらいに対する免疫がないのだ。プロ(かは知らないが)、に任せるのが一番だと足早にリビングを後にした。