第15話 体育
秋が近付いていることを知らないとでも言うように灼熱の太陽が汗ばんだ肌を焦がす。
日焼け止めは塗ってきたが、ちゃんと守ってくれるか不安になる部類の日差しである。それでなくとも汗で流れてしまってそうだ。
しかし、そんなことを気にする余裕なく、優は息を乱して足を動かした。
あと一周で課せられたノルマは終わる。これで五周目と何度も脳内で確認し、広いグラウンドを走る。
インドアな優だが、運動は苦手ではない。だがやはりインドアの人間なのだ。
ほんの数週間前まで涼しい部屋で有意義に過ごしていた人間に二○○メートル×五周は冗談なくキツい。
「あと少しだよー」
友人の声援に救われながら最後の数メートルを駆け抜ける。
息を整えつつ、遠目に見える時計を確認。まだ授業が始まるまで少し余裕がある。
「おつかれー。…あ、紀依もおつかれー」
運動部ゆえ疲れを見せない奈々は優と、少し遅れてゴールした紀依を労う。
「っ……思うのだけど」
肩で息をしている姿はいつも涼しい顔をしている紀依とは思えない。ただ優ほど汗をかいていないのは流石と言えるだろう。
「授業が始まるまでにアップを終わらせなきゃいけないなんてブラック企業の理屈よね」
息を切らしながらも淡々と毒を吐く辺り、紀依は紀依だ。
彼女の言う通り、今走った五周はあくまで授業までに終わらせなければならないアップだ。この後に体育の授業が始まって、そこでまだ運動をさせられる。地獄だ。
「んー、あたしは運動好きだけど……確かに休憩返上は嫌だよねぇ」
「そもそも私たちがしんどい思いして走っているのに、サボってても運動神経がいい子の方が成績は高いのよね」
いつにも増して攻撃性の高い紀依の言葉が突き刺さる。
実際、アップをしているときは授業が始まっていないので教師はいないし、ちゃんとやっているかどうかなんて確かめる術はないのだ。
優たちも走る数を減らしたり、余裕のある日は喋りながら歩いたりしているくらいなのだから。
「体育の授業は運動に苦手意識を芽生えさせるためにあるんじゃないかとすら最近思えてきたわ」
否定できないのが辛いところだ。
思えば、優も体を動かすこと自体は嫌いではなかった。それが気付いたら苦手意識を持つようになった。
その原因すべてが体育の授業だと言うつもりはないが、まったく関係ないとも言えない。
「そういえば、和が『体育の必要性』を弁論の題材に選んでたな」
優たちが通う中学校では文化祭で弁論大会が行われる。毎年、各学年の代表がステージで話すのだ。
代表はクラス大会、学年大会を勝ち抜いた者が選ばれる。
要は全員少なくとも一度は弁論を話さなければならないのである。地獄だ。
ともあれ、閑話休題。
「みんな、和に投票したけど、選ばれたのは担任のお気に入りの子だったって」
「うわぁ、大人の事情ってやつだ」
流石に『体育の必要性』を説いたものをクラス代表に選べなかったのだろう。
担任の気持ちは分からなくもないが、生徒からはかなり不満が出たという。選ばれたのが担任のお気に入りの子だったから余計に。
「和本人は前で発表せずに済んでよかったって言ってたけどね」
緊張する性質ではないとはいえ、人前で話すのが好きでもないので。
「実際のところ、体の動かし方を学ぶっていうのなら他にやりようはあるのよね」
ようやく息が落ち着いてきたらしい紀依がいつもの調子で紡ぐ。
「ストレッチとか、筋トレとか……今学んでおけば将来役に立ちそうだし」
「確かに! 部活でも必要になるしね」
「大人になって肩が凝ったときとか、ほぐす方法知ってるのと知ってないのじゃ大きいな違いだもの」
相変わらず、着眼点が違う紀依の弁になるほどと頷く。
現時点で猫背気味な優としても解消する術があるのなら是非とも知りたい。
なんとなく背筋を伸ばして解消を試みる優は視界に入った時計に声を零した。
「やばい、そろそろチャイム鳴る」
会話は中断し、いそいそと列に並ぶ。
今日の授業は確か長距離走の練習だ。これからまた走らされるのかと気落ちしつつ、見えた体育教師の姿に背筋を伸ばした。




