第13話 母帰還
仲のいい友人との帰り道を真宏は無邪気に辿る。
夏休みも終わって、学校へ通う日々が再開された。
兄たちは休みの終わりを地獄のように言っていたけれど、真宏は学校も大好きなので特に不満はない。
一日中遊べる休みは大好きだ。でも、毎日休みだとクラスメイトや先生とは会えないので寂しくもある。
だから真宏は休みも学校も大好きなのだ。厳しい先生なんかはちよっと苦手だけれど。
「んじゃ、ひろ。またなー」
「うん、ばいばーい」
夏休み中もたくさん遊んだ友人と別れる。元気よく手を振って、また明日と笑い合う。
一人になった真宏は歩調を変えないまま、家までの長くも短くもない距離を歩く。
さっきまでたくさん笑い合った友人がいなくなるのは寂しい。でも、一人で歩く道も悪くはないと真宏は思う。
まだ強い日差しの中で、ご近所さんの庭に植えられた木々や花々、空なんかを見て、毎日微妙に変わる景色を楽しむ。
「真宏くん、今帰り?」
「うん、こんにちは」
たまに外に出てたご近所さんと話すのも楽しいし、真宏は目一杯、一人の帰り道を楽しむのだ。
そうこうしてるとすぐに家に辿り着く。あっという間の時間だった。
ごそごそと鞄の中を漁り、鍵を取り出す。
三人の兄も、居候中の幼馴染も部活があるので平日だと帰宅するのはいつも真宏が一番最初だ。三番目の兄が中学に入ってから鍵っ子生活は慣れっこだ。
「あれ?」
鍵を回したが、いつもの感触がしない。
もしかして兄たちが鍵を閉め忘れたのだろうか。
今日は誰が最後だったんだろうと首を傾げつつ、玄関扉に手をかける。開いた。
「あれ?」
玄関先に並べられた靴を見て目を丸くする。
兄たちのものとも、幼馴染のものとも違う大人の女性の靴だ。
それが意味することは一つだけで、靴を揃え終わると同時にリビングまでの道を駆ける。
勢いよく扉を開いて、満面の笑顔でリビングに踏み入れる。目的の人物を見つけて、笑顔はさらに幸せオーラを放つ。
「お母さん! 帰ってたんだ」
「真宏、おかえりなさい」
帰宅した真宏を待っていたのは玉木家四兄弟の母親である、玉木七緒だ。仕事が立て込んでいるとかで長らく家を空けていた母が帰ってきた。
たまに家に帰ってきてはいたようだが、夜遅い時間だったので、一ヶ月弱ぶりだ。
家事は長兄の藤がしてくれたし、優もいてくれたので寂しいと思うことはなかったものの、やっぱり少し寂しかった。まだまだ甘えたい盛りなのである。
「おやつあるから手洗ってきな」
「はあい」
抱きつきたい気持ちを抑え、洗面所へ行く。帰ってきてからの手洗いうがいは大切だ。
再びリビングへ戻ってきた真宏を出来たてのクッキーとココアが待っていた。
「ごめんね、寂しい思いさせて」
「ううん、お兄ちゃんも……優お姉ちゃんもいてくれたから全然寂しくなかったよ?」
それから母が不在の間起こったことをたくさん話した。
藤の料理が美味しかったこととか、中学生組のよく分からない話とか、優の友達が遊びに来てくれたときの話とか、今日学校であったこととか。たくさん、たくさん話した。
その間、七緒は優しい表情で真宏の話に頷き、驚いたり笑ったりする。
兄たちが帰ってくるまでの間、真宏は母を独り占めできる時間を存分に楽しんだ。寂しさもこの優越感があれば悪くはないと思える。
「――ただい、ん? 母さん帰ってたんだ」
「ほんとだ。親が出てこない系の奴じゃねぇんだな」
「こらこら、メタ発言禁止! 心配しなくてもうちの親は出てこない系だから」
「お前もメタ発言してんじゃねぇか」
賑やかしく帰ってきた中学生三人トリオは久しぶりに見る七緒に各々反応を見せている。相変わらず言っていることの意味はいまいち分からない。
「七緒さん、久しぶり〜」
「優ちゃん、久しぶり〜」
がしっ、と効果音を口で言って二人は抱き合う。七緒と優はとっても仲良しなのだ。
「ほらほら、息子たちよ。おいでおいで」
「そんな歳じゃねぇよ」
素っ気ない音葉の言葉に七緒は不満げで、代わりに真宏が抱きついた。
「真宏は分かってるねぇ。ほら、二人も」
少し考える素振りを見せる和はそろそろと七緒へ歩み寄り、真宏の上から抱きつく。優も抱きつき直し、四人の目が音葉を見つめる。
じとー、と効果音がつきそうな視線を受けて、音葉は観念したように大きな息を吐き出した。
「ったく、これでいいんだろ」
久方ぶりの家族の団欒は温かくてとっても楽しかった。暑い、と三男坊は文句を言っていたけれど。