2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(8)
「銃声を聞いて【魔物】が集まってくるのではないか?」
そう言えば、と。地面に落ちた素材を拾いながらエルンストは呟いた。
既に【魔物】との遭遇は3回。
その全てで、エウエリアの索敵による先制攻撃で一方的に勝利を収めている。
そして、その数だけ銃声の音はダンジョン内に響き渡っているはずだ。
「【魔物】にもいろいろあるからのう」
エウエリアは、面倒な事を聞かれたなと言わんばかりに唇を歪めた。
事実、面倒で微妙な話ではある。
「この辺の奴らは、そこまでの知能はねえな。どっか決められた場所で待機しているか、その周辺をウロウロするくらいが関の山だ」
「そう言うものか」
「そういうモンだ。さもねえと、一回見つかったら最後、その階層の【魔物】が全部集まってくるだろ」
「防衛施設というのは、そういうものではないのか」
「ダンジョンは別なんだよ」
群れを為す。あるいは仲間を呼ぶ類の【魔物】は存在する。
また、【ジャージーデビル】のように物音を聞きつけて集まってくる【魔物】も存在する。
だがそれは、【魔物】すべてが持つ特性ではなく、むしろ珍しい特性として記録される類のものである。
「そもそも、大抵の【魔物】は生まれたばっかじゃからの。言われた事しか出来ぬのよ」
「つまり、生存した【魔物】は学習し、成長すると」
「それは初めて聞いたぞ」
「まあ、そういうのもおるという事じゃな。妾とてそうじゃし」
【魔物】と一言で纏められてはいるものの、その種類特性は様々だ。
知性を持つものもいれば、そうでないモノもいる。
学習すれば知性を得るものもいれば、どれほど長生きしても学習しない【魔物】もいる。
知性があるような複雑な行動をして見せて、その実複数の条件反射を繰り返しているに過ぎない【魔物】もいる。
「まあ、色々じゃ。ダンジョンの外の生き物どもが色々なのと同じじゃの」
「ふむ」
エルンストは、なるほどそうかと頷いた。
ダンジョンの【魔物】というものの生態を研究するというのも面白いと、頭の中では考えている。
「では、先に進むとしよう」
ともあれそれも、ダンジョンを攻略してからだ。
「もうちっと歩いたあたりで終点じゃ。1階層のボス部屋じゃの、この気配では」
「やっぱ直通路か」
「さての。偶然かもしれんし、そうでないかもしれん」
「現場では、客観的事実の収集が第一だ」
「箱の中身は、開けてみりゃ分かるってか」
「とんでもないビックリ箱かもしれんがの」
「やめろそういうのは」
ひらひらと手を振るンダバ。心底嫌そうな様子ながら、付近の警戒は怠らない。
エルンストも自動拳銃に弾丸を装填し直し、弾入れにしているポーチの残弾数を見る。
弾数は十分。ヨシ、と声を出して指差し確認。
戦闘の前後には、余力の確認。冒険者マニュアルにも書かれている。
「まあ、なんじゃ。こういう想定できん物事に首を突っ込むのが冒険というものじゃの」
からからと笑うエウエリアに促され、二人の足は先へと進む。
1つ2つと通路を抜けて、ひときわ分厚い壁の中を歩み進んで。
「ふむ」
エルンストが呟いた。
「分かるかの」
「分からんモンでも無いだろ」
ンダバはそちらに目も向けず、ラッパ銃を肩に構えて引き金に指をかける。
左右に揺れる目は既に戦闘状態に移行している。
「音……ではないな。気圧や温度も違う。だが、違うな。『空気が違う』と言うものか」
興味深いと呟きながら、エルンストもンダバにならう。
緊張感か圧迫感か。なんとも形容しようがない空気が、周囲には満ちていた。
「楽に倒せる【魔物】でも、ボス部屋はこういう感じでな」
「ま、楽しい仕掛けの一つと思っておけば良かろ。演劇で音楽を鳴らすようなものじゃ」
ダンジョンの各階層は、最奥に一つの玄室が作られている。
そこには一際強力な【魔物】が待ち構えており、それを倒す事で次の階層に進む事が出来る。
その玄室を、冒険者は一般にボス部屋と呼ぶ。
そこは、一種神秘的な。あるいは敵対的な、緊張感と圧迫感が満ちている。
玄室の中は薄暗い。
部屋の奥に一つだけ、ぼんやりとした小さな灯りが揺らめいていた。
その灯りが、2つ、3つと増えていく。
点々と続くその光は、どこかに続く通路のようだ。
「ありゃ、あの先が本来の入口じゃの」
悪いことをしてしまったのぉと、エウエリアは誰かに謝るように言う。
傍若無人な彼女にしては、実に珍しい事ではある。
「ここも演出が長いヤツかよ」
「そこは許してやらんと。ここが一番やりたい所なんじゃから」
「誰がだよ」
「まあ、色々あるんじゃよ」
ボス部屋の【魔物】が出現するまでには、少しばかりの時間がかかる。
その間、出現する【魔物】の存在を誇示するかのような現象が発生する。
例えば暗闇や霧などで限定された視界が、段々と開けていく。
奇怪でおどろおどろしい、段々と何かが近づいてくる足音のような音。
強烈な悪臭や小型の【魔物】が逃げてくる。というものもある。
スレた冒険者は、そういう現象をひっくるめて演出だとか登場演出だとかと呼んでいる。
ともあれ、それが何のために存在しているかはよく分かっていない。
「あちらに立ってやるべきか?」
「ま、もうええじゃろ。もう遅いしの」
「明るくなってきたぞ。構えろ」
ぼんやりとした光は段々と強くなってくる。
見る間に、通常のダンジョン内のように周囲が見渡せるほどに明るくなると、いつの間にか地面は水に浸されて。
部屋に空いた穴からじょぼじょぼと間抜けな音を立てて水が漏れていく。
結果的に、水は靴の底を濡らす程度にしかならなかった。
「水フィールドの戦いにしたかったんじゃろなぁ……」
しみじみと言うエウエリア。
ここまで同情的なのは、やはり彼女が【魔物】だからなのか。
ともあれ、周囲の様子は明らかになる。
全面が煉瓦で敷き詰められた100メートル四方ほどの部屋。
部屋の奥側、最初から光を発し続けたその場所には、巨大な水晶を飾る白石の祭壇。
そして。
「想定はしていたが。やはり、これか」
その水晶に、突き刺さったものがある。
轟音を立てて回転を続け、じわじわと水晶を砕きながら突き進もうとする『それ』。
形状は、一見して水車や巨大な糸巻きのよう。
猛然と回転を続けるその外装には、幾つもの魔法的処理が施され、回転速度は増える事はあっても衰える様子は見られない。
水晶もまた、砕き進む力に抗うように、亀裂を修復し、不可視の力で押し返す。
パキパキと音を立てながら、砕けては再生を繰り返し形を保とうと抵抗を続ける。
僅かな偏りがあっても破綻しそうな力の拮抗が、いつ果てる事も無く続いていた。
「――偉大なる乱痴気騒ぎ」
低く低く。そして忌まわしげにエルンストは呟いた。
それが、水晶に食い込む兵器の名前であり、それを運用する戦略級作戦の名称だった。