2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(7)
まるで一体の彫像のように、ンダバは背筋を伸ばして直立する。
「了解。【指揮権委譲】!」
「【指揮権受諾】!」
ンダバとエウエリアの間で儀式的に交わされる【スキル】。
それを境に、両者の立ち振舞いすら、別の人間のように変貌する。
「【クラススキル】か」
「ああ。【兵士】だ。田舎から出てきた貧乏人にゃ、他にやれるものもねぇ」
【スキル】とは、ダンジョン攻略の報酬や、特殊なアイテムの効果等により得られる異能の総称だ。
その中でも【クラススキル】と分類される【スキル】群がある。
通常、【スキル】が与える異能は1つに限られる。
例えば【跳躍】は、より高く、より遠くに跳躍するための技術や異能を与えてくれる、といった具合にだ。
その【スキル】に熟達し、より行為の異能を引き出してなお、扱えるのは【跳躍】に関する技術能力に限られる。
【クラススキル】はその中でも、得られる技能異能の範囲が特に広いものを指す。
例えば【戦士】。例えば【魔法使い】。例えば【盗賊】。
それぞれに、相応する技術や能力を与えられる。
【兵士】もその【クラススキル】の一つだった。
「珍しい【スキル】だな」
「そうでもねえさ。ちょっと大きいダンジョン都市なら、衛兵に志願しただけで習得させてもらえる」
【クラススキル】を所持する冒険者の中で、最も多いのは【戦士】だろう。
武器戦闘全般を扱う【スキル】で、習熟すれば、あるいは他の【スキル】との併用により、風よりも速い踏み込みで攻撃したり、剣に炎を纏わせたり、遥か遠くに届く斬撃を放ったり出来るようになる。
【兵士】も【戦士】と出来る事は大きく違わない。
ただし、どれほど習熟しようとも、他の【スキル】を併用しようとも、斬撃を飛ばすなどの派手な異能を使用は出来ない。
しかし、【戦士】の劣化版かと言うとそうでも無い。
【指揮】等の指揮【スキル】、【君主】【将軍】などの【クラススキル】によって、著しい強化を得られる他、指揮者次第では習得していない【スキル】や魔法すら使用出来るようになる。
優秀な【指揮】所持者が一人いれば、他は【兵士】で揃えた方が強力な集団になる。
そう考える者も多い。
「お主も習得しに行くと良いぞ。色々と便利じゃ」
「やめておけ。他人の命令で命捨てるハメになりかねねえぞ」
その【兵士】の強さを決定づけているのが、【指揮権委譲】である。
すなわち、【兵士】は【指揮】に対して絶対服従を強いられる。
例え当人の意に沿わぬ内容であっても、命を落とす命令であっても、一度指揮権を与えてしまえば逆らう事は出来なくなる。
「何度死にかけたか、思い出すのも億劫だ」
「それで、か」
エルンストの視線の先にはエウエリア。
【魔物】の中でも高位に属する【吸血鬼】の姫である。
「その通り。そこで妾の出番と相成る訳よ」
「【指揮】の強化無しでダンジョン潜るのには限界があるからな」
【魔物】も【スキル】を所有している。
【魔物】を購入する者は、それを目当てとする者も多い。
そして購入した【魔物】は複数の手段により購入主の命令に逆らう事は出来ないように処理される。
エウエリアが全身をバラバラに刻まれ、目玉まで刳り取られた事もまた、その処理の一端だ。
「主人に逆らう事の出来ぬ【魔物】に、自分が逆らう事の出来ぬ【指揮】をさせる。こやつの足りぬ頭にしては、よく考えたものよ」
「上手くいって助かった」
「上手くいかんかったらどうするつもりじゃったん?」
「そりゃ、値段が落ちねえ内に売っぱらうしかねえだろ」
「酷いのう。人の心とか無いんかい」
「【魔物】とは言え、人身売買に手ぇ出す時点でなぁ……」
ともあれ、エウエリアの【指揮】の元、ンダバはラッパ銃を構えて先に立つ。
「前衛は任せろ。エルンストはフォローを」
「了解」
「お主も【兵士】持っておけば楽なんじゃがの。とりあえず、この削れた道を進む。でええかの」
ダンジョンの入口から真っすぐに伸びる破壊の跡。
何物かがダンジョンを掘削して通り抜けていった。そのようにしか見えない通路は、たどり着く先が見通せない程、長く長く続いている。
行き着いたその先に何が待つのかはまだ分からないが、このダンジョンが何かの異変に遭ったというのなら、その原因はこの先に待っているだろう。
「まあ、そうだな。それでいいだろう」
「同意する」
熟練の兵士の動作で先行するンダバ。
その背後、きっちり3歩の距離をとり、エルンストはついて行く。
軍人であった時から所持していた自動式拳銃には、アタッチメントの銃床がついている。
その銃床をきっちりと肩口に押し込んで、照準を見据える姿は、何度も繰り返し練習したものか、十分にサマになっている。
大袈裟なほど杓子定規に軍用マニュアルを堅持してバックアップに回るエルンストは、知らない者から見れば【兵士】の【スキル】持ちにも見えるだろう。
「右通路。人型3」
チチチ……と小さく響くエウエリアの索敵の音。
ンダバは無言で頷くと、ちらりとエルンストと視線を交わらせ。
それから、飛び込むように通路に身を躍らせる。
ダァン! と低く響くラッパ銃の音。
過たず頭部を吹き飛ばされて倒れたのは【ギルマン】だった。
すぐ近くにいた【ギルマン】2体が慄くようにエルンスト達に目を向ける。
「【再装填】!」
「【後援】」
「バックアップ!!」
着弾確認を待たず、ラッパ銃の再装填を開始するンダバ。
鋭い声で【指揮】を飛ばすエウエリア。
エルンストはもう、その時には援護のための動作を始めている。
パァン、パァンと二発、エルンストの拳銃が火を吹いた。
拳銃であっても、銃床によって固定した射撃精度は通常時を遥かに上回る。
ましてやエルンストは魔法使いである。
数字と曲線と物理の、特に飛翔物に関する分野においては、並ぶものすら稀な大魔法使いである。
きちんと狙えば外す事などありはしない。
「ヨシ!」
指差しの代わりに、照準から目を離して両目で確認。
放たれた2発の弾丸は、1体の【ギルマン】の下腹部と大腿部に命中。
赤黒い血を流してその場に崩れ落ちる【ギルマン】。
「次!」
「【待て】!」
1体残った無傷の【ギルマン】に照準を向けるエルンスト。
それをエウエリアの【指揮】が止める。
「オラよ!」
ダァン! とラッパ銃の発射音が再び響く。
エルンストが二発発砲するその間に、ラッパ銃の再装填は終わっていた。
前装式の銃としては、異常と言っていい速度だった。
「ふむ。【スキル】か」
再装填の動作の速度だけの話ではない。
一度発砲した銃身は、火薬の爆発により燃え上がる程の熱を持っている。
そんな銃身に火薬を突っ込めば暴発するのは火を見るより明らかだ。
そのため前装式銃は、一度発砲した後にはしばらく置いて銃身を冷やす必要性がある。
だが、ンダバはそんな事などお構いなしに再装填をして、暴発も起こしていない。
正確な動作に加えて、冷却時間の短縮や暴発の防止。それも【兵士】という【スキル】による異能が与える恩恵なのだろう。
「便利じゃろ。お主もホレ、すぐに【兵士】になってじゃの」
「確かに便利ではある」
動作の正確さという部分では、エルンストにも自信はある。
だが、冷却時間の短縮等の異能は、確かに有用だ。
さらに同一の【指揮】の元で動けるならば、戦闘における有用性は遥かに高まる事だろう。
大袈裟なくらいの教本通りの仕草で背後の警戒をしつつ、エルンストは検討する。
「だからやめとけって。捨て石にされて死ぬのがオチだぞ」
ンダバはラッパ銃を逆に持ち直す。
銃床につけた斧を先にして、肩口まで持ち上げると、エルンストに手傷を負わされた最後の【ギルマン】の頭に叩き下ろす。
「エウエリア嬢は、そのような事をする愚かさは無いと判断出来るが」
「じゃろう。妾は賢いからの。損得というものを分かっておるのじゃ」
鼻高々のエウエリア。
それでもンダバは渋い顔で首を振る。
「まあアレだ。人間には二種類いるってヤツだ」
「妾は人間かの?」
「そんなようなモンだろ。まあ、二種類いる。一つは必要ならば悪さをするヤツだ」
ンダバの言葉に頷くエルンスト。
「では、もう一つは?」
「やらない理由が無い限り悪さをするヤツだ。コイツがそれだ」
吐き捨てるように言うンダバ。
「酷いのう」
そう言うエウエリアの顔は、何故かまんざらでもなさそうだった。
「お前、遊びで国滅ぼしたりするだろうが」
「最近はそれも出来んでつまらんのじゃ。せめてオモチャの人間の百や千くらいは欲しいのじゃ」
「ほれ、こういうヤツだ」
ため息をつくンダバと、奇怪な声で笑うエウエリア。
その二人を眺めながら、エルンストは思う。
「組み合わせの妙というものか」
思った事は口に出ていた。