2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(3)
ウーガル王国は先進的なモラルを有する国と自認している。
それは、王国がかつて所属していたムンドゥス大陸全土を支配した大陸国家から続く伝統でもある。
そのような理由から、ウーガル王国に奴隷などと言う残酷な制度は存在しない。
代わりと言っては何であるが、【魔物】が商品として売り買いされる。
特に繁殖が可能な【ゴブリン】は知能の高さと扱い易さから人気商品となっている。
逆に、強力で扱い辛い【魔物】は厳重な封印や処理を経て販売される事が大半だ。
「そうやって、四肢胴体は言うに及ばず、眼球や牙に至るまでバラ売りにされた成れ果てこそが、妾。という事じゃ」
エウエリアの声は誇らしげですらあった。
事実、より危険な【魔物】ほど、より厳重な処理を受ける事になる。
ましてや分断された身体の破片ですら、高額で取引されたとなれば、歪んだ優越感をくすぐられるのだろう。
「なるほど」
生真面目に頷くエルンスト。
陽はもう、中天に達していた。
潮の香りが僅かに匂る丘を、エルンストとオークは歩いて行く。
「捨て値で売られた残り滓だろ」
「この姿に成れ果ててなお、妾の舌技と囁き声は4つの国を滅亡させたものじゃぞ」
「おかげで契約の縛りがキツくてかなわん」
絞り出すような声を出すンダバ。
ちなみに、オークは【魔物】ではない。
ダンジョンの外の世界で生まれた尋常の人族だ。
種族全体が戦士階級で、外征と放浪が人生の大半を占めるため、行きずりの相手と子を設ける事がもっぱらだ。
ンダバもまた、そのようにして生まれたオークであるという。
「誉あるデ氏族の御曹司じゃろ。ケチな事を言うでない」
「ふむ。デ氏族となると、元帥も排出した名家だな」
「お袋も余計な事してくれたよなぁ」
こうして生まれる、父親も不確かな落とし子達は、様々に虚飾の血筋をもって語られる。
曰く、古代王族の血筋。曰く、元帥の隠し子。曰く、おとぎ話の勇士の子孫。
そんな定かならぬ家名の名乗りを良しとする文化が、オークにはある。
高貴な血が流れていようと、当人の価値は当人の働きにしか見出す事は出来ない。
むしろ、それを正当に評価されるには血筋だ縁故だとかは邪魔である。
そのようにオークは考える。
「そう言うでない。紋章入りの守り刀まで用意する念の入り様であろ。中々に出来るものではないわ」
ケタケタと笑うエウエリア。
ンダバの腰には確かに、拵えの良い守り刀が差してある。
いずれ名工の手によるものと思われる精緻な刃に、デ氏族の文様が彫り込まれている一品だ。
「よく出来ている。まるで本物に見える。ここの角度の具合が実物らしさを表現している」
守り刀を見分するエルンストも関心するくらいの良い出来栄えだった。
「村の鍛冶屋の腕が良かったんだよ」
にこりともしないンダバ。
オークの出自とは、そういうものなのだ。
「……さて。無駄話はこれくらいだな」
そのオークの鼻先がピクリと動いた。
潮の匂いが濃くなっていた。
打ち寄せる波の音も聞こえはじめる。
砂礫混じりの地面は海に向かうほどに岩壁の様相を見せていく。
目的地の気配が近づいてきたのを肌で感じる。
「地図から算出される目標地点は、このまままっすぐ行った所だ。正確な位置関係は測定する必要があるが」
「そこまではいらんじゃろ」
「ダンジョンの入り口が分かればいいな」
「……ふむ。そうか。そうだな」
少し残念そうなエルンスト。
彼としては、正確な地形と位置関係の測定の方に興味は向いているのだが。
それでも、自分の興味と仕事の目的を取り違えるのも、彼としては許し難い。
「ではまず、見晴らしの良い所に行ってみるとしよう。こっちだ」
行き先を指差し歩き出す。
そう。測定は後でゆっくりやれば良いのだから。