2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(1)
ミールの街の王立冒険者ギルドは旅酒屋を改造して造られている。
古ぼけた店内は意外に綺麗に清掃されて、店内のテーブルも椅子も等間隔に並べられている。
冒険者どもが酒を呑み始めるとすぐさま乱れるであろうが。しかし今はまだ、秩序立った店内の様子をエルンストは好ましく思う。
そのテーブルと椅子の間を通り抜け、エルンストは昨夜の成果をカウンターに並べた。
並ぶ素材は種類ごとに分類し、5個1列で几帳面に並べられていた。
「おお、初仕事で大漁だな……って行ったのはダンジョンじゃないよな」
対応するギルド長は髭面の太った中年男だ。見てくれは人間サイズのドワーフにしか見えない。
大体、ギルド長かオッさんで話が通るため、彼の名前を覚える者も数少ない。
とは言え、王立のギルドの長である。
実のところは、冒険者を名乗る傭兵組織を管理する国王直営の騎士という立場ではある。
それを気にする者は、冒険者などというやくざな職業にはつかないが。
「はっ! ダンジョン探索ではありません。夜間帯岩礁地帯における素材集め任務であります! サー・オットー」
オットー・クラメンス。ギルド長の名前であった。
王直属の騎士であり、大戦終結を期に半余生状態として辺境の地のギルド長に収まった。
いかにも冴えない外見だが、中央では事務方として辣腕を奮った男であるという。
「まあ、そうだな。アンタが勝手をやる訳はないな。何かあったか?」
「はっ! 時系列をまとめて報告します!」
「報告は後にしてくれ。まずは鑑定と換金をするから。……しかしまあ、アンタだったら丙種ダンジョンくらいは今すぐ潜ってもいいと思うがね」
老眼鏡を取り出して、ギルド長は帳簿を開く。
それから、カウンターに丁寧に並べられた、尋常の生物の素材と、【魔物】が落とすドロップ品を交互に見下ろす。
「はっ! マニュアルによれば『初回数度は採取任務を行い、装備その他の検証を行うべし』とありますので」
「ま、そうだよね。アンタはそういう人だわな」
ダンジョンというものは『外界に開口した積層構造の異世界』と定義されている。
ダンジョン開口部は、言わば異世界に通じるゲートに過ぎず、その裏側にダンジョンを形成する物理的構造は存在しない。
ダンジョン内は物理的あるいは魔法的法則が微妙に異なる異世界であり、侵入者に敵対的な【魔物】が徘徊している。
【魔物】と尋常の生物を分ける点はこの、ダンジョンによって生成された存在であるか否かという一点にある。
通常において、【魔物】はダンジョンの持つ未知の能力により自動生成され、生殖も成長もせず、食事も必要とせず、死んだ後は死体の代わりにドロップ品を残して消滅する。
しかし、【ゴブリン】のように、生殖し、成長し、捕食し、学習し、ドロップ品ではなく死体を残す【魔物】も存在する。
他方、ドラゴンは【魔物】を超える神秘と強力な力を持つ存在であるが、ダンジョン産ではないので尋常の生物とされる。
例外のない規則はないという事だろう。
ダンジョンの階層ごとには特に強力な【魔物】がおり、それを倒す事により次階層に侵入可能の権利を得られる。
以降、その階層へは開口部から選択して侵入する事が出来るようになる。
最深階層には、さらに強力な【魔物】がおり、それを倒す事によりダンジョン攻略の称号と、強力なドロップ品、あるいは【スキル】と呼ばれる異能を与えられる。
例外もあるが、多くのダンジョンはこのような構造になっている。
「本日午後より装備品の再検討。補給を実施。以降3日間隔で採取任務を4回。合計5回の任務の後、丙種ダンジョン攻略開始を予定しております!」
「うんまあ、マニュアル通りの計画で結構だがね……しかしわかってるかね? ここにドロップ品があるって事の意味」
「はっ! 近隣に未知の甲種ダンジョンがあると想定します!」
ダンジョンは大きく甲乙丙に分類されている。
分類基準は、難易度や危険度ではなく『外界への影響度』だ。
ダンジョンが産出するドロップ品やアイテム、【スキル】について。
甲種ダンジョンは、ダンジョンの外においても効果を発揮する。
乙種はダンジョン外に持ち出すと効果の一部が減衰する。
丙種はダンジョン外においてすべての効果を失う。
それがおおまかな分類だ。
ダンジョンが産出する【魔物】についても同様である。
甲種ダンジョンの【魔物】はダンジョン外においても活動が可能で、それ故出入り口には【魔物】の脱走を防ぐ施設が存在する。
乙種ダンジョンの【魔物】は、その能力を大きく削がれた状態で出現するため、ほぼ問題にはならない。
丙種ダンジョンの【魔物】に至っては外に出る事は出来ず、無理矢理引っ張り出した場合消滅する。
有用性は言うに及ばず甲種ダンジョンが一番だ。
しかし、一般に乙丙種ダンジョンの方が得られるドロップ品等の効果も高く、乙丙種ダンジョンで得られたアイテムや【スキル】は、甲種ダンジョンでも使用可能な事もあるため、先に丙種ダンジョンに入る者も多い。
また、ダンジョン外に出なければ良いとばかりに、ダンジョン内に都市を築き上げた丙種ダンジョンというものも複数存在する。
ダンジョンから産出される様々な技術や魔法を駆使したその都市は、現在では独立したもう一つの世界として発展を続けている。
「そうだろうな。新しく出来たのか、今まで何らかの原因で隠れていたのかは分からんが。甲種ダンジョンが近くにあるのだろうな」
昨日、ダンジョン外で採取を行っていたエルンストは、ダンジョンから産出される【魔物】に遭遇した。ここにあるドロップ品が何よりの証拠だ。
それはつまり、ダンジョン外に【魔物】が出てくる甲種ダンジョンが、磯浜の近場に存在するという事だ。
さらに言うと、【ジャージーデビル】はともかく【フラットジョーズ】が出現するダンジョンは、ここミールの町の付近には存在を確認出来ていない。
「当職も同意します」
頷き返すエルンスト。
マニュアル至上主義ではあるが、分析力と判断力は折り紙付きの彼だった。
「そう言う訳で、ギルド長からの任務付与だ。未知のダンジョン開口部の探索と確保。昨日の報告がまとまり次第始める事」
「は! あ、いや。その……」
素材の査定を書き綴る羽ペンを、ギルド長はエルンストに突きつける。
エルンストは一瞬口ごもる。
指示に不満等はない。
ただ、指示の内容が既定のマニュアルとは異なるものだ。
事前に作成していた予定も、一度破棄して作り直す必要もある。
それは、エルンストの好む所ではない。
「はっ! 了解しました! 速やかに! 即座に! 報告をまとめ探索任務に従事します!」
しかして背筋を伸ばしてそう答える。
マニュアルには書いてある。
『何事も例外が発生する。その時には臨機応変対応を』
エルンストにとって、マニュアルは従うものであるし。
なにより、自分の臨機応変対応力にもかなりの自信を持っていた。