2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(余談)
生真面目な男であったと言う。
決して、才気走るタイプではなく、地道に堅実に実績を積み上げる事を好む男だった。
時にはそれが過ぎる程であったと言う。
「欺瞞作戦としての兵器開発をせよ」
そう命じられた時、彼はすべてを理解した。
折しも時代は大戦のさなか。
至る所で戦線は膠着し、肥大化した戦場のすべてを把握している者はもはやいない。
攻めるにしても守るにしても、決定的な何かが、決戦兵器こそが必要であると、そう主張する者が日に日に増えていく。
そういう時期だった。
故に彼はすべてを理解した。
現在、秘密裏に決戦兵器の開発が進められている。
その決戦兵器の開発に、自分が携わる事はない。
求められているのは、その決戦兵器から、全ての人間の目を反らせる『なにか』を開発する。あるいは、開発しているように見せる事。
世界中の誰もが、一目見たら二度と目を離せなくなるような。
呆れるほどに大仰で。
笑いが止まらないほどに馬鹿馬鹿しくて。
誰も見た事もないほどにべらぼうななにかを、だ。
彼は生真面目な男であった。
決して、才気走るタイプではなく、地道に堅実に実績を積み上げる事を好む男だった。
その事を自覚しきった男だった。
時にはそれが過ぎる程に。
過ぎる事をした。
想像しうる頭のおかしい行動を考え上げて並べ立て。
前提の間違った理屈の体系を、理路整然と作り上げ。
それを一つの形に変えてからまた壊す。
そうやって作ったいくつものフィルターで、カオスにされた理論を、もう一度技術者の視点で作り直して形にする。
外見や普段の言動にすら気を使う。
髪は白髪に染め、爆発したような頭になるように熱処理を加え。
普段着は継ぎだらけのボロボロの白衣。
猫背の早足で、意味もなく付近を徘徊し。
欠けた歯をむき出しにして早口で戯言を吐き続ける。
大仰に記者を集めてバカバカしい発明を自慢して。
軍の新兵器の開発をしているのだと、喧伝して回る。
まるで物語の中から出てきた気狂い科学者。
彼はその演技を生真面目に続け。
生真面目に理屈の狂った実験と、頭の狂った兵器開発を続け。
狂科学者の思考と才能を、綿密に生真面目に再現をして。
そして結局出来てしまった。
偉大なる乱痴気騒ぎが。
馬鹿馬鹿しくも大仰で、笑えるほどに明快なその円盤は、思ったとおりの効果を発揮した。
凄まじい速度で線路を走って爆発する。その姿を記者もスパイも大喜びで記録して、世間に広めた。
公開されたこの『秘密兵器』を、一目見ただけで誰もが目を離す事は出来なくなった。
それで、本命たる決戦兵器の存在は、全ての人の目から秘匿され。
秘匿され尽くしたそれは、完成する事なく戦争は終わった。
だから、気狂い天才科学者を完全に模倣した生真面目な男と。
その男が作り出した狂気の産物だけが、この世に残った。
南北2つの大陸が相争う大戦においては、それもありふれた悲喜劇の一つでしかない。
ただ、ありふれていなかったのは、彼が生真面目であった事だった。
過ぎるほどに生真面目であった事だった。
「果たして狂気の天才科学者の構想が、大戦の範囲でとどまるであろうか」
生真面目な男が出した結論は否であった。
そういう訳だった。
そういう訳で、北方大陸にほど近い小島には、秘密裏に偉大なる乱痴気騒ぎの製造から射出までを全自動で行う施設が作られていた。
大戦が終わって、いくつもの出来事があって、その記憶も、その記録も残されてはいなかったが。
その施設だけは、存在を続けて、稼働を続けて。
偉大なる乱痴気騒ぎが完成するたびに、無目的にそれは射出される事となった。
一度目の射出は、とある浜辺を数キロにわたって削り落とし。
岩の狭間に隠されたダンジョンを地上に露出させ。
そして今、二度目の偉大なる乱痴気騒ぎの射出が行われようとした。
まさにその時。
一度目の射出先から出現した、超高熱のエネルギー波が島ごと施設を消し飛ばし。
生真面目な男が生真面目に作った悪夢の産物は、ネジの一つも残さず蒸発させた。