2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(11)
「結論から言うと失敗だった。すまない」
海が2つに割れていた。
「どうして……どうして……」
エウエリアは小箱の中で呆然としていた。
「……なんだこりゃ……」
ンダバは絶句するばかり。
「うむ」
そして、厳しい目でレポート紙に覚書を記録し続けるエルンスト。
眼下の崖の下では、凄まじいばかりの白光が、まっすぐ海に向かって伸びていた。
その勢いはとどまる事はなく。
永遠に続くかと思うほどに長く長く続いている。
「当職をしても予想外ではあったが、予想をしてしかるべき事態ではあった」
光は海を文字通り切り裂いて、それでも真っすぐ進んでいく。
光の線の周囲の海原が、凄まじい勢いで蒸発し、即座に雨に変わって落ちていく。
それはまさしく神話の光景の如きであった。
遥か彼方の海の上で、何かが光った。ような気がしたが、神ならぬエルンスト達にはそれを確かめる手段は無い。
「やっぱり爆発オチではないか。どうしてこうなった!」
「計算上、[六連火球励起式熱線]では偉大なる乱痴気騒ぎの終末反応を励起させるには足りないはずだ」
「なっとるじゃろがい」
半泣きで抗議するエウエリア。
エルンストは、うむと一言頷く。
今もなお海原を2つに裂く烈光は、ダンジョンの入り口から放出されていた。
もしかしなくても、この大惨事の原因はエルンストと偉大なる乱痴気騒ぎだろう。
「うむ。先に述べた通り、爆発の熱量は、圧縮により強化される」
「言ったか?」
「言った。そして、圧縮は他の爆発によるとは限らない。むしろ、物理的遮蔽によって爆発を抑え込む事で圧縮状態を作り出す事の方が一般的だろう」
例えば銃が弾丸を撃ち出す仕組みがそれだと、エルンストは付け加える。
「で?」
「概算では、終末反応前で連鎖反応は終結するはずだった。開放空間であれば。あるいは尋常な地下であれば」
屋根なり天井なりを吹き飛ばして、反応はそこで終わるはずだった。
「ダンジョンはどちらでも無いからのう」
ダンジョンは閉鎖された異空間だ。
爆発によって拡散する圧力と熱量は、しかしダンジョンの範囲を越える事は無く、抑え込まれて反響する。その反作用が圧力となって、エルンストの予想を越えるエネルギーを生み出した。
「環境を考慮しなかったのは当職のミスだ」
「それで、山一つ二つぶっ飛ばす爆発が、ダンジョンの中で起きてコレか」
エルンストの説明が終わってなお、天を焦がすような烈光は続いていた。
海は荒れ。天は焦げ。嵐が巻き起こり。水平性の遥か先、星の世界にまで光は届く。
ダンジョンの中では、大陸を穿つほどのエネルギーの奔流が吹き荒れ、広がり、しかしダンジョンの範囲を越える事が出来ずに、再度圧縮され続ける。
その強大なエネルギーの逃げ道は唯一つ、ダンジョンの出口だけ。
「おそらくは」
「ダンジョンがぶっ壊れたりしねえよな」
「それは無いがの」
ンダバの疑問に答えるエウエリア。
「ダンジョンというものは、この世界とは文字通り次元が違うからの。その中で何があろうと、それは紙の上に描かれた物事と変わらぬ」
「よく分からん」
「紙の上に『世界を消滅させる爆発』を書いたとしても、紙に傷一つつかんじゃろ?」
「紙は使い物にならなくなるがな」
「まあ、そうなるのぉ……」
はぁぁぁぁああああああ、とエウエリアは大きな大きなため息をついていた。
結局、光が収まったのは一昼夜が過ぎてから。
その頃にはもう、異常に気付いた野次馬が大挙して、ちょっとした観ものになっていた。
商売っ気のある者は、いち早く屋台や物売りを始め、見物場所の取り合いで騒ぎが起きている。
押し寄せる人の波の真ん中では、ミールの街に3つある冒険者ギルドの代表者が、新たに発見されたダンジョンの使用権についての協議をしている。
「あー。ようやく収まったようじゃのー」
「うむ。実に有意義な観測結果が得られた」
「任務の方は散々だけどな」
その風景すべてを、他人事のように眺める3人。
エルンストはそれとして、王立冒険者ギルドに籍を置くンダバにとっても、ダンジョンの使用権などは、ピンとくる話ではない。
「通例はどのようになっているのだ」
「最初の何年かは、発見したギルドの独占。だったかな?」
「ならそうすりゃええじゃろ」
「地権者とかがいると面倒になるんだよ」
今回の発見場所に地権者はいない。
所有者のいない公有地という扱いになるが、その『公』とはミールの町か、それともウーガル王国か、それとも誰のものでもないのか。その境界は実にあやふやだ。
エルンスト達が籍を置くギルドは王立ではあるが、ミールの町にはそれとは別に町立ギルドも存在する。町としては、町立冒険者ギルドにも、利権が欲しいと思うだろう。
そしてもう一つ、ズイリヤ橋爵による私設ギルドもミールの町には存在する。
ズイリヤ橋爵は、王都近郊の大橋を領地とする貴族だが、国内最大の騎士団を有し、他国にまで影響力を持つ大貴族である。
それが所有する冒険者ギルドである。
当然の如く強い影響力と潤沢な資金がそこには存在する。
いち早く情報を聞きつけたズイリヤ橋爵私設ギルドは、町の担当者に圧力を加えて、何がしかの権利を持ってこの場に現れた。という事らしい。
「まあ、やるだけ無駄な気がするがなぁ」
「うむ」
「ちぃと様子を見に行くかい」
先にエウエリアが説明した通り、ダンジョンというものは1つ次元の異なる存在である。
その中で何が起きようとも、それは『紙の上に描かれた事』に過ぎず、ダンジョンそのものに影響を与えるものではない。
ダンジョンそのものには影響は与えないが。
ダンジョンの中はもう、何も存在しない空間が広がるばかり。
「これはひどい」
「まあそりゃ、『世界をぶっ壊す爆発を書いた紙』はそうなるわな」
「うむ。興味深いな」
ミールの町史に曰く。
海岸縁に発見された新たなダンジョンは、迷宮構造もなければ【魔物】も発生しない世にも珍しいダンジョンとして、多くの研究者が訪れる事になる。
それから数年、徐々にダンジョンとして再生する様子が観察されて、ダンジョン研究の大きな助けとなった後、通常のダンジョンとして使用される事になったという。