2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(10)
爆破解体は安全な爆発物処理方法である。
「嘘をつけぇ」
「最近聞いた中では一番のヨタ話だな」
信用しない者も多いが、事実なので仕方がない。
少なくとも、事実と広く認識されている。
「そもそも、爆発というものは繊細な作用機序の結果に発生させる事が出来るものだ」
「あーはいはい、理屈はどうでもええんじゃ。どうせそれでやってみせて、大爆発がオチなんじゃろ?」
「そのように簡単に大爆発が起きるなら、我々は専門的に研究などはしない」
エルンストには珍しく、ムッとした様子で答える。
爆発というものは、ある程度の規模を越えると、規模威力において限界を迎える。
決して、火薬を大量に用意したから強力な爆発が発生するというものではない。
高威力、高火力というものを実現するために、エルンストのような魔法使いは物理法則を研究発見し、研鑽し、実現してきたのだ。
相応に誇りと矜持を持っている。
「ともあれ、偉大なる乱痴気騒ぎも同じ事だ。この規模のものであれば、正しい機序で爆発が発生すれば、山の一つも吹き飛ばすだろう。だがそれは、正しい機序で連鎖的に反応が行われた場合に限る」
「もっともらしい事言っとるのぉ」
「本当にもっともらしい理屈だな」
いまいち信じられないンダバと不信感しかないエウエリア。
2人の反応はいまいちだ。
「強力な爆発反応を起こすためには、それを起動させるに足りる強い熱量を必要とする。強い熱量を発生させるためには、爆発と圧縮の作用を両立させねばならない」
「具体的にはどういう事じゃ?」
「概念図はこうだ」
エルンストは手にした白墨でダンジョンの壁に図を描く。
大きな円を中心に小さい円が取り囲んでいる、簡単な概念図だ。
「このように、周囲を囲った爆薬を同時に爆発させる。中心方向に向かうガス圧はお互いの推進力で圧縮し合い、中心部において最大の圧力と熱を発生させる」
「ちなみに、中心方向以外の爆発力はどこに向かうのじゃ?」
「それは考慮しない。爆発原理には不要な要素だからだ」
「さよけ」
円を囲む小円から、円の中心を目指して矢印が描かれる。
なるほどこれらが現実の爆発であったなら、中心の熱量は凄まじいものになるだろう。
「で、その中心に集まった爆発力でなんやかんやするって事か」
「うむ。さらに高威力の爆薬を起爆させるのだ。このような爆発体を周囲に敷き詰めて、さらに強力な熱量をもってせねば発生出来ない反応を起こす。このような入れ子構造を用いて最終的に必要な熱量を発生させる」
「それを起こすためには、入れ子の全部の爆発が全く同時に起きなければならない、って事だな」
ンダバの答えにエルンストは珍しく笑みを浮かべて頷いた。
「そのとおり。一口で爆発と言っても、正確かつ緻密な計算によってのみ実現可能なものもあるという事だ」
「んでじゃ。その爆発が同時に起きんかったらどうなるんじゃ?」
「反応が発生するに足りず、爆発は途中で中断する。概ね、爆発しそこねた爆薬が低温で発火し続ける事になるだろう」
故に安全である。エルンストはそう結論づける。
なるほど話を聞いていると、確かにそれらしい理屈であった。
「……んー。まあ、確かに妾に対案があるワケではないしのぉ……」
「穏便にぶっ壊すにしてもな……」
ンダバが見上げる偉大なる乱痴気騒ぎは、今も轟音を上げながら回転を続けている。
回転速度は極めて早い。
下手に手を触れれば。いや、上手にやってもとんでもない暴れ出し方をしそうな勢いで回転を続けている。
しかもこれは、下手な取り扱い方をすれば爆発すると言うのだ。
「……妾の故郷のダンジョンというワケでも無いしのぉ」
「いいのかそれは」
「ええじゃろ。幸い、文句言う者もおらんようじゃしの。伸るか反るかじゃ」
ンダバにぶら下がったまま、エウエリアは一つ二つと首を振る。
どうも、首を鳴らしているつもりらしい。
「では、やるか」
「具体的にはどうする? 火薬の残りは多くはないぞ」
ンダバのラッパ銃は黒色火薬を使用する。
弾とは別にして、小袋に小分けにした火薬は、銃の弾薬とするには十分でも、爆弾とするには心もとない量である。
「そりゃ魔法じゃろ。魔法使いじゃもんな」
「ところが今回、攻撃魔法は準備していない」
「さっき使ったじゃろが」
「あれは探査魔法だ」
「似たようなもんじゃろ」
「探査魔法だ」
通常、魔法の使用には相当の準備を必要とする。
例えば使役する精霊との契約、例えば使用する魔法素材の準備、儀式道具や『燃料』を必要とする魔法も多い。
故に、通常の魔法は事前に準備をした上で、使える回数も限られるものとなる。
ダンジョンで得られる【スキル】としての【魔法】はその限りではなく、通常の【スキル】と同様に準備無しで使用が出来る。
そのため、冒険者で魔法使いと言うと、【魔法使い】などの魔法を扱う【クラススキル】を習得した者を指すのが一般的だ。
エルンストのような純正の魔法使いは希少と言っていいだろう。
「まあ、探査魔法ならそれでええわ。それで、魔法が無いならどうすんじゃ?」
「そこは問題ない。すべて冒険者マニュアルにある通りだ」
エルンストは自信満々に答える。
冒険者マニュアルの『初めての冒険を終えて』の欄。
そこにはこう書かれている。
『報酬はまず、装備の充実に充てましょう』
『最初の冒険で必要を感じた物、消耗品を購入したら、次は緊急時の切り札を準備しましょう』
「主に切り札として使われるものは、ダンジョンや戦闘からの逃走手段、使い捨ての強力な攻撃手段です』
エルンストは当然それを読んでいる。
暗記する程に読んでいる。
「初回の冒険は順調だった。追加で必要とするものも、消耗品も購入の必要は無かった」
故に、と背嚢から取り出したのは、1枚の【巻き物】と一本の杖。
【巻き物】には魔力の籠もった呪紋がびっしりと書き込まれ、杖の先端の宝石は燃えているかのような赤々とした光を発している。
「【帰還】の【巻き物】と、【火球】の【杖】かの」
「まあ、よくあるヤツだな」
ダンジョンの戦利品や生産系【スキル】によって作られる、魔法を発動出来るアイテムは冒険者に広く使用されている。
その中でも、ダンジョンから即座に離脱出来る【帰還】や、比較的高威力の火球を飛ばして爆発させる【火球】はお馴染みの存在だ。
冒険者グループならば、もしもの時のために一つは用意しておきたい必需品。と言ってもいい程には普及をしている。
「ほいで何じゃ。その【火球】で、爆破解体をすると言う事かの?」
「そうだ。そうだ、が」
【杖】を見つめるエルンスト。
その【杖】が輝き始めると、光は魔法陣を形作る。
「そうだ、が。なんじゃ?」
エウエリアは面白くも無さそうにそれを見つめる。
魔法陣の起動は【杖】が魔法を発生させる際の現象だ。エウエリアとしては見慣れた光景である。
ただし、発生する魔法陣が1つであるのなら。
「起動」
ぼそりとエルンストが呟くと、光って回る魔法陣が2つ、3つと現れはじめる。
「は? なんじゃそれ?」
「切り札と言うには威力が余りに足りないのだ」
最終的に現れた魔法陣は全部で6個。
一つを中心に、五芒星を描くように輝きながらゆっくりと回っている。
「ハッキングをした」
「ハッキングて」
「少々無理をしたが。威力の方は十分だ」
【杖】の先端の宝石が、内側からコポコポと泡を出している。
【杖】本体はガクガク震え、聞いたことも無い甲高い悲鳴を上げている。
少々、と表現するには過剰なほどの無理をさせている事は一目瞭然だった。
「6発の【火球】をまとめてぶつける……というワケじゃなさそうだな」
2歩、3歩と距離を取るンダバ。
震えて唸る【杖】は、いつ大爆発をしてもおかしく無さそうに見える。
「それでは大した威力にはならない。切り札と呼ぶには十分な工夫をさせてもらった。原理は先程説明したものに近い」
エルンストは【杖】の先端を偉大なる乱痴気騒ぎに向ける。
同時励起した6つの魔法陣が不安定に震えて、それぞれの中心から炎の塊がのそりと顔を出す。
通常の【火球】の魔法はこの火球が飛翔し、着弾地点で爆発する。
火球の射程は100メートル前後。爆発の範囲は半径5メートル程度になる。
エルンストの感覚では、あまりに小規模な代物ではあるが、個人のぶつかり合いに過ぎない冒険者には十分な威力を持った攻撃だ。
しかし、エルンストが使おうとしているそれは原理からして違う。
同時発動した5個の火球は中心の1つを包み込むように着弾爆発。その爆発力は中心の火球の爆発力をまるまる1点に集中させる。
わずかに先行した中心の火球の爆発力は、唯一圧力の無い前方に向かい、超超高熱のガスとして噴出される。
その熱量は、戦略級魔法使いエルンスト・グライヒをして、十分と認めるほどのものだった。
「[六連火球励起式熱線]。発射」
ヨシ、と指差し確認を一つ。
6つの火球が這い出し飛翔する。
そして、一切を覆い尽くす白。
目を灼きつくすほどの白い光がすべてを包み込み。
「あ」
呟きと共に、エルンストは片手に握った【帰還】の【巻き物】を起動した。