2.マニュアル式臨機応変対応の手段について(9)
「パン……なに?」
「けったいな名前じゃのう」
ンダバとエウエリアは毒気を抜かれたように言う。
ガリガリと水晶を削りながら回転する巨大な糸巻きは、何とも間が抜けて、深刻な雰囲気のかけらも無い。
まるで悪趣味な冗談のような光景を背に、エルンストは説明を始める。
「偉大なる乱痴気騒ぎ計画。南方ヴィラステイル大陸が展開した一大欺瞞戦略だ」
「欺瞞?」
「うむ」
ンダバの声に頷くエルンスト。
ヴィラステイル大陸は、エルンスト達の住むムンドゥス大陸に比べ機械技術が発達している。
悠久の昔。名も残らぬ古代文明によって、大陸には至る所に鉄道網が敷かれ、それは現在でも拡張されながら活用され続けている。
偉大なる乱痴気騒ぎとは、その鉄道網を最大限に活用する兵器の生産計画であった。
そうして作られたのが、レールの上を走る巨大な車輪だ。
制御の難しい大出力大質量のそれは、しかし、レールという道を通る事で制御が行われ、整備された鉄道網は、それを高速で移動させる。
目標に近づけば、レールを外れるように『跳び』、レールで加速した速度と質量で標的を破砕した後、内部に搭載した爆弾を炸裂させる。
最終的には、かつて星の世界に列車を飛ばす発射台になった軌道を用いて、ヴィラステイル大陸からムンドゥス大陸への直接攻撃を計画していたという。
「なんともけったいな話じゃな……」
あまりに壮大で、あまりに馬鹿馬鹿しい計画。
さしものエウエリアも声も無い。
「と、言う欺瞞情報を流布する事。それが偉大なる乱痴気騒ぎ計画の骨子だ」
「あ、そゆことの」
「とんでもねえバカ計画だな」
「そうでもない。諜報機関もまた、軍内部の組織に過ぎない。それぞれに功名争いがあり、個人の思惑がある」
「偉大なる乱痴気騒ぎ」の名の通り、計画はほぼ公然と行われた。
時には、大衆の面前で稼働実験が行われた。
誰しも、これが本命の計画であるとは思っていなかった。
だが、恐ろしく目立って派手で、笑ってしまう程に馬鹿馬鹿しく、そして容易に大量の情報を得られるこの作戦に、諜報機関は食いついた。
組織を維持するためには、継続的な実績が必要だからだ。
何であろうとも、継続的な実績があれば、それは功績とする事が出来る。
誰しも欺瞞と分かってなお、無視する事は出来なかった。
結果として、諜報機関のリソースは大きく削がれ、本命たる作戦や開発計画の多くが明るみになる事なく進行したと言う。
「……考えたモンだな」
「だが、ヴィラステイル大陸側も想定していない事態が発生した」
一人の天才がいた。
狂人と言ってもいい。
彼の名前は残っていない。
功績も記録も全てが丹念に抹消されたという。
彼は天才で、狂人で、その狂気と才能の全てを偉大なる乱痴気騒ぎに捧げた。
そして、そう。
「完成してしまったのだ。偉大なる乱痴気騒ぎが」
天才の狂気と執念が生み出したそれは、荒唐無稽と思われた要求仕様の全てを備えていた。
大陸を隈無く通る鉄道網を疾走し、その大質量ですべてを粉砕し、その回転力で全てを掘削し、そして強力無比な爆発力ですべてを吹き飛ばす。
果ては、天空に続くレールを踏み台に、遥か北方の大陸を直接攻撃すら可能な決戦兵器。
そのような代物が完成してしまった。
南北両大陸の混乱はいかほどであったろうか。
「きちがいになんとやら、だの」
「南の大陸の兵器は分かったが。それが何でここにあるんだよ」
ンダバのもっともな質問に、エルンストは首を横に振る。
「わからん。そもそも、偉大なる乱痴気騒ぎが実際に使用された事は一度として無い。一度もだ」
「本当か?」
「確実だ」
「なんで言い切れるかの」
「偉大なる乱痴気騒ぎの監視は、当職の任務だった。もし戦中に使用されていたのであれば、当職は無能と言う事になる」
それに、とエルンストは回転を続ける偉大なる乱痴気騒ぎを見上げる。
「これは、違うものだ。南方大陸で作られたものではない」
それは確信に満ちた声だった。
「じゃあ、なんなんじゃ?」
「誰かが作成したものだろう。ここ、北方大陸で。かつて存在した南方大陸の兵器を再現するために。これはその試作の一つ。そう断定出来る」
眦を決するエルンスト。
ここで、クリスタルを破壊しつつある兵器は、かつて彼が相対した強大な魔導兵器ではありえない。規模も威力も、それとは比べ物にはならない。
手持ちの技術と資材をかき集めた再現品。
さらにその、試作品に過ぎないと、エルンストの技術者としての勘は告げていた。
そしてそれは、別の事も意味する。
「敵がいるのだ」
かつて、戦争があった。
大変に金のかかる戦争だった。
大陸を制覇した2つの大国が崩壊分裂し、群雄割拠する混迷の時代を産んだ戦争だった。
誰一人得をする事無く終わった戦争だった。
もう、二度とその悪夢を蘇らせてはならない。
それこそが、エルンストに残された最後の使命だった。
「まあよい、よう分かった。分かったがの」
はぁ、と吐息をつくエウエリア。
「ともあれ、コイツをどうにかせんといかんじゃろ。コイツがぶっ刺さっとる限り、ダンジョンの復元力も働かん。なんぞ良い手段でもあるかの?」
「そうだな。横っ腹にラッパ銃でもぶっ放せば何とでもなるんじゃねえか?」
「……ふむ」
エウエリアの提案に、ふっと眉を寄せるエルンスト。
「何故、どうにかする必要がある?」
「は?」
「どうにかする必要性は無いだろう。復元力が働かないならば、直通路が塞がる事は無い。この様子では、階層のボスも生成されないのだろう。ならば、第1階層をただで攻略出来るようなものだ」
得しか無いではないかと、エルンスト。
ンダバも確かにそうだと頭を掻く。
「言われてみりゃその通りだな。放っておいた方がいいかもな」
「とは言え、当職が懸念するのは別の点だ」
カツカツと殊更大きな音を立て、エルンストは歩き始める。
時を刻む針のように正確な歩調で。
時を刻む針のように孤を描いて。
ンダバの側面へと回り込む。
「一つ。ダンジョンの正常性の修復を行う事が前提の者がいる。一つ。その者は長年を生き、弁舌や誘惑により大いに災いを振りまいたと主張される者だ」
その位置は、ンダバに絡みつくエウエリアを正面に据える位置。
「一つ。その者は【魔物】だ。そうだな?」
右手に持った拳銃が、エウエリアを照準に捉える。
エルンストの腕ならば、決して外すことの無い距離だ。
「説明を」
「……ああもう。はやり無理にでも【兵士】持たせた方が良かったのぉ……」
エウエリアは忌々しげに吐き捨てる。
「おい! お前!?」
「おう、そうじゃよ。前からちょくちょく、意思決定の時には妾の都合の良いように誘導しておった。前から、と言うか最初からじゃの。なんなら、ソロの【兵士】持ちが妾を買うようにしたのも妾の手管じゃ」
告白するエウエリアは、しかし悪びれた様子は露ほども見られない。
「おい、テメエ!」
「双方どちらの損にもならない選択肢は選んできたからの。信じろとは言わんが、犠牲になれだの無理をしろだのと言った事は無かったじゃろ?」
「目的を聞こう」
「妾とて【魔物】じゃからの。それも貴種の部類じゃ。産みの親で無いにしろ、ダンジョンの正常な運用というものに義務がある」
ふぅ、と一つ息を継ぎ、エウエリアは観念したように言葉を繋ぐ。
「【魔物】にも、お主らには告げられぬ複雑で煩雑な事情というものが有っての。その事情に拠って、ダンジョンには知性あるヒトが訪れ、戦い、探索し、攻略し、或いは志半ばに倒れる。そのような事が必要なのじゃ」
「ダンジョンの餌として。か」
「まあ、微妙に違うがそのようなものじゃよ」
「微妙な違いとは」
「それは言えん」
「わかった」
つまりはだ、とエウエリアは結論を告げる。
「妾は止事無い事情により、ダンジョンの正常性を維持したい。その理由を告げるわけにはいかぬが、ダンジョンが正常に運営される事は、冒険者どもにも、外側のヒトどもにも得にこそなれ、損になる事はない。故に、この偉大なる乱痴気騒ぎとやらを鎮めてやる必要があると妾は提案する。それで良いかの?」
やや捨て鉢なエウエリアの声。
提案と言ってはいるが、それが通るとは思っていない。
「よろしい。当職は提案に賛成する」
「おい!」
「正当な手続きの元に挙げられた提案は、正当に判断する必要がある。エウエリアの提案は否定する理由は無い。よって当職は賛成する」
声を上げるンダバに、冷静に答えるエルンスト。
「きみはどう判断する?」
「分からん。判断もつかんし、感情も追いつかん」
「なら棄権じゃの」
「お前はちょっと黙っていろ」
「おうおう。怖いのう」
軽い口調のエウエリア。
それだけで、周囲に満ちた緊張感が霧散する。
美貌や魔力そのものよりも、その空気を変える話術こそが、傾国の妖姫の所以という事だろう。
「これから、お前の言う事は信用しねえ」
「おう。そうするが良いわ。そっちの方が誘導し易いからの」
「とんでもねえ女だ……」
苦笑するンダバ。
口で言うほど、迷っている様子も無い。
「それで、偉大なる乱痴気騒ぎについてはこの場で処分する。それで良いな?」
「まあ、他にやれる事も無いしな」
「で、どうするんじゃ。まずは回ってるのを止めるかの」
「それはやめた方がいい」
そうと決まればと、エルンストは偉大なる乱痴気騒ぎを指差し確認。
回転するその表面に、記憶どおりの記述を認め。
「回転を止めると爆発する」
「どれくらいの威力だ?」
「想定どおりであれば、ここからミールの街までは焦土になる」
「ふざけんな」
「安心して欲しい。試作品にそれほどの威力は無い」
その言葉にほっとするのもつかの間。
「ここから海岸までが入江になる程度で済むだろう」
「ふざけんな」
「ダンジョン内で爆発させた場合の、外への影響というものを実験したいが」
「やめんか」
「真面目にやれ」
目を縦にするンダバとエウエリア。
エルンストはこほんと咳払いを一つ。
「安心したまえ。当職に良い手段がある」
「心配になる台詞じゃのう」
「どんなだよ」
胡散臭そうな視線を向ける2人に、しかしエルンストは自信満々に答える。
「爆破解体だ」