003話 空の旅~邂逅~
成田発、北海道行き(尚、詳細な空港名は割愛)往路の飛行機内。
「で?なんで僕まで北海道行きなんすか?緋金先輩…」
機内サービスの珈琲を優雅に飲みながら窓の外を眺める止水に、隣に座る天然パーマがトレードマークとも呼べる青年が責める様な視線を向ける。
「何、後輩の教育も先輩の大事な務めってな。安心しろ、クソば…大鳥居管理官には申請書は上げてある。快く快諾してくれたよ。」
止水は悪びれた様子もなくそう言うが、状況的にどう見ても隣の青年は不満全開な様子だ。
「僕、さっき系譜を片付けて庁舎に戻ったところを緋金先輩に拉致されたんですけど?このあと休暇の予定だったんですけど?」
「奇遇だな、灰刄。俺もさっき討伐の後に長期やって帰ってきた所だった…つまり、わかるな?」
「いや、分かるわけないでしょ!?」
「旅は道連れってな。」
「道連れというか完全な巻き込み事故なんですが…」
灰刄…新野塚 灰刄一等官。話の流れから推察出来る様に七刃所属の刀剣師であるが、七刃に指名されたのはつい2ヶ月前の事。当然、七刃における序列も最下位でヒエラルキラー的にも最下位、ついでに言えば、栞という例外を除けば正規の七刃に所属している刀剣師の中では年齢も最年少である。
七刃としての鬼も裸足で逃げるような量の任務を漸くこなし、やっとの思いで庁舎へと帰り着いた矢先、獣の様な眼光の止水に拉致されあれよあれよと言う間に今は空の上であった。
新野塚の年齢は18歳。養成校の最低入学条件が15歳からだと加味すると、卒業後直ぐに七刃へと抜擢されたことになる。
更に付け加えるならば新野塚は在学時点で一等官の昇格試験を受け、合格し尚かつ養成校上層部が組み上げた特別カリキュラムをパスした逸材‥‥という売り込みで養成校側が猛プッシュしてきた陳情を、大鳥居が受け入れた形なのである。
傍から見れば大出世のエリート街道と言えなくもないが、本人曰く‥「どうせなら普通の人生が良かった」とのことだ。
「まぁ諦めろ。休暇は一応3時間くらい取れるだろ?」
「それ、この飛行機のフライト時間と同じなのは気のせいですかね?…はぁ。」
最早何を言っても緋金には…いや、七刃の刀剣師には言っても無意味なのだと新野塚はこの2ヶ月間で嫌というほど理解していた。最初こそ七刃の良心とさえ思っていた雪菜でさえ、鬼とも思えるスケジューリングで任務を組んでくるのだ刀剣士師は基本的に高給取りではあるものの、それと比例して危険や多忙といったブラック企業顔負けの激務が付き纏う。休暇申請自体は通りやすいのだが、休暇自体を実行に移せるかはまた別問題なのである。
「もう諦めました。手っ取り早く任務自体を済ませて休暇を取った方が堅実的のようですし、それで?今回の任務は系譜の兆候だけなんですよね?それに七刃二人ってちょっと大袈裟な気もしますけど。」
諦めの境地で気持ちを切り替えた新野塚は、飛行機の搭乗前にサラッと告げられた任務内容について思い出したように止水に確認を取る。
「俺も北海道の座標上に系譜の出没兆候アリ、としか聞いてないんだよ。確かに大雑把に資料に目を通したが、系譜そのものには言及されていなかった。が、最近の系譜の発現頻度や色の表れ方からして今回は万全を期した方が得策と考えた。まぁお前の教育を兼ねるってのはあながち方便でもないけどな。」
なおも優雅に珈琲を啜りながらそう答える止水。確かに最近の系譜の動向は伝え聞くだけでもおかしいと感じる節はあった。しかし取り合えず、自分を強制的に自分の案件に巻き込んでおいて、優雅に珈琲を啜るこの男の顔面に一発お見舞いしてやりたいとも思う。だがそれは立場的にも実力的にも不可能であるのだが。
「へぇへぇ、最年少は黙って先輩の言うことを聞いときますよ〜。」
灰刄は傍らに置いてあった自らの刀剣の柄に顎を置き、不貞腐れたように呟く。尚、刀剣師の帯剣は法律で認められていると同時に、飛行機等での公共機関での携帯も許可されている。それは単に飛行型の魔物も存在する為である。しかし飛行機に乗っていて、かつ魔物に遭遇することなど陸型の魔物に比べれば早々ない。本来ならば…
「…灰刄、お客さんだ。」
「…うへ、マジっすか?」
窓から外を眺めていた止水がそう呟くと同時に、機内が前後に大きく揺れる。それで全てを察した灰刄は面倒くさそうにしながらも自身の刀剣を手に持ち、近くを通り過ぎようとしたCAに声を掛け、懐から取り出した手帳(警察官のように見開きで身分を証明できる様になっているタイプ)を提示する。
「ちょっとすみません…七刃所属一等官の新野塚です。刀剣師の現行法における第5条第3項により、当機は現時刻をもって我々の指揮下に置かせてもらいます。機長に会わせていただけますか?」
「え…一等、官…あ、はい!こちらです!」
一瞬、キョトンとしたCAだが、すぐさま状況を理解すると機長室へと案内を始める。非常時の際、刀剣師にはその場の安全を確保する目的にあっては、ある程度の現場指揮権を有することができる規定がある。それは時に警察よりも上に位置する程。
「先輩、行きましょう。」
「俺が行っても戦闘はお前頼みだぞ?」
「それでもやれる事はあるでしょ!ほら、行きますよ!」
「はぁ…まぁ最低限の職務は果たしますかね。」
二人は揃って席を立ち、混乱する乗客を尻目に機長室へと向かう。そして扉を入ってすぐ耳に入ってくるのは怒号、機長室では機長と副機長がしきりに管制塔と通信を行っている最中であった。
「メーデー!メーデー!こちら日本パシフィック航空203!現在飛行型の魔物と思しき生物から襲われている!至急、対空戦機の派遣を要請する!」
「機長!刀剣師の方をお連れしました!」
「なに!?だが、相手は空を飛んでいるんだぞ!いくら刀剣師でも……」
「問題ありません。私は対空戦闘も得意ですので。」
そう言いながら灰刄が機長とCAの会話に割り込む。
「君が…?いや、貴方方が刀剣師の方ですか?」
飛行型の魔物への対応にも懐疑的であった機長の顔が、灰刄の顔を見て更に険しくなる。灰刄は今年で18歳。まだ幼さの残る顔立ちに加え、この年齢の刀剣師と言えば三等官、良くても二等官が関の山というのは機長も知っていた。
その為、機長の不安そうな声色も当の灰刄も重々承知である。その為の手帳…刀剣師階級手帳と合わせて、刀剣師を示すエンブレムも同時に機長の前へ差し出す。
「機長のご懸念は最もです。が、一先ずはこちらをご覧ください。」
そう灰刄が見せた手帳とエンブレムに、機長はハッと息を呑む。それは一等官の位を示すに十分なエンブレムと、階級や所属等が明記された手帳。
目の前の青年…灰刄が見た目通りの実力ではないことの査証であった。
「七刃所属……失礼しました。本機を預かる岡部と言います。現状をご説明いたします。本機は先程から飛行する魔物一体に攻撃を受けております。主にヒット&アウェイの様に波状的にですが、エンジンを完全にやられますとこれ以上の飛行は不可能です。」
「魔物の姿形はわかりますか?」
「恐らくは燕の様な姿だとは思います。ですが車ほどの大きさなので普通の燕ではないことは分かりますが、常に正面にいるわけではないので何とも……」
「先輩、燕って事は…」
「ああ、少なくとも色付きではないみたいだな。」
飛行型の魔物はその数と種類はそう多くない。その為のデータベース化が他の魔物と比べて進んでおり、今回の襲撃の魔物は系譜ではないと二人は判断する。
「そうですね…機長、今から私が機外に出てその燕を片付けますので、ハッチを開けてもらえますか?」
「なっ!?少なくとも時速800キロ以上あるんですよ!?飛行機の外に出た瞬間遥か後方に飛ばされます!」
一般のジェット旅客機は時速800〜900キロという所謂『亜高速』で飛行している。そんな速度帯から外に出れば、普通の人間ならあっという間に後方へ吹き飛ばされるだろう。
「ご心配なく。この新野塚は七刃でも屈指の空戦技能者ですので、機長の心配されているような事は起こりえません。それよりも戦闘の余波で機体が大きく揺れる可能性が高いです。機長とCAの方には他のお客さんがパニックに陥らないよう配慮願います。」
そう止水が灰刄に代わって説明を引き継ぐと、目配せで灰刄に行動を促す。止水から手放しの称賛を送られた灰刄はどうも気持ち悪そうな顔をしていたが、すぐさま切り替えハッチの前へと立った。
「CAの方、合図と同時にハッチを開けてください…ああ、あと緊急時につき機内での刀剣の開放ご容赦を。では、お願いします。」
「わ、わかりました。白井くん、ハッチを。外に吸い込まれないようにセーフティベルトも忘れずにな。」
「は、はい。」
機外がそうCAの女性に指示を出すと同時に、灰刄は鞘から刀剣を引き出した。
「じゃ、先輩行ってきます。戦闘後は流石に戻って来れないんで、このまま休暇ってことでいいっすか?」
「馬鹿言え。ちゃんと迎えを寄越すから現地集合だ。」
「うへぇ…やっぱ就職するとこ間違えた。」
そんな軽口の応酬の合間に、CAがハッチを開く準備を整えた。
「い、何時でも開けれます。」
「分かりました。私が出たと同時に直ぐにハッチは閉めてもらって構いません、ではお願いします……悟れ【仙幻境】…」
そう起号と同時に、灰刄は空いたハッチの外に飛び出したのだった。空と機内の境界線を超えた瞬間、そこには既に灰刄の姿は見えなかった。