002話 七刃は激務
1日の休養を挟んだ翌日。止水は東京の庁舎に赴いていた。服装は相変わらずのシャツとスラックス、それに今日は黒のカーディガンを羽織り扉を潜る。
建物の規模や門構えなどは他の庁舎と大差はないが、扉を潜った先に他とは違う点がある。
「あら?緋金君、もう出張は終わったの?」
そこには受付カウンターのような場所があり、1人の妙齢の女性が座って声を掛けてくる。
「雪菜さん。ええ、熊本から東京に帰ってきたのが一昨日、そして今日から再出勤ですよ…」
「あらあら、それは大変ねぇ。」
彼女の名前は大岸 雪菜。この特別庁舎【七刃】の特別オペレーター兼受付係である。熊本庁舎のようなオペレーターとの違いは【魔断刀剣】の携帯が許可されている点。
何故なら彼女自身も一等官の位を持つ刀剣士と同時に【七刃】に数えられる1人だからだ。そしてこの庁舎は様々な機密情報が集まる為、元来非戦闘員であるオペレーターでは万が一の際に対応出来ない。そのためここでは彼女が全てのオペレーションを取り仕切っているのである。
「私はここから離れれないから出張とかはないからね、みんな大変だと思うわ。」
「いやいや、雪菜さんは常時様々な情報の整理と指揮をしないといけないんですから、それに出張なんて加わったら本当に身体が持ちませんて。」
「ふふっ、ありがとう。ところで今日から復帰ということで大鳥居さんから何個か案件が来てるけど、大丈夫?」
大岸はそう言いながらカウンターから封筒を2つ取り出し、中身を止水に差し出す。このご時世、紙媒体の書類はほとんど廃れているが、機密情報や案件の多いこの庁舎では、未だに紙媒体でやり取りされることが多い。
そして大岸が取り出した封筒の中身は分厚い冊子が2つ。止水にはいやな予感しかしなかった。
「ちなみに何ですが…内容を簡潔に纏めると?」
止水は冊子を受取ながら恐る恐る大岸に尋ねる。
「うーん…桜花ちゃんとの合同討伐又は栞ちゃんとの裏のお仕事かな?でも緊急性が高いのは桜花ちゃんの方だね。」
「…どっちも絶対厄介事じゃないですか。でも桜花との方が緊急ってことは、系譜ですか?」
確かに系譜の魔物ならば並みの戦力では焼け石に水だが、【七刃】所属の刀剣士2人を派遣とは穏やかではない。
「当たり、詳細はその冊子にも記載してあるけど本人から聞いた方が…あっ、噂をすれば。桜花ちゃーん?ちょっといいかしら?」
大岸がそう言いながら止水の後ろに向かって手を振る。それに合わせるように振り返るとそこには金髪碧眼の美少女が、甲高いヒールの音を響かせながら歩み寄って来ているところだった。身長は止水より少し低いくらいで、絹のような透き通った金髪を一つに纏め肩に落としている。そして女性用シャツにスラックスという出で立ちは出来るキャリヤウーマンのようだ…が、若干シャツが合っていないのか豊満に実った果実がボタンを圧迫し続けていた。
「あらあら、桜花ちゃんまた大きくなった?」
身長や体重が、ということがではない。その暴力的な双丘がという意味で大岸は尋ねたが、そこに多少の妬みが含まれているのは仕方ないだろう。
「うむ!先月に新調した胸布だったのだがまた買い直さなければな。いっそのことサラシという手もあるな!まいったまいった!」
見た目完全な美形ハーフな桜花…本名を桜花・スチュアートは、武士のような口調で豪快に笑い飛ばしていた。黙っていれば完璧な美少女である桜花であるが、どこで時代錯誤で古風な日本語を覚えたのかこの話し方で定着してしまっている。
「おい桜花、男のいるところで下着の話を大声でするな。」
「む?そうか、止水は見かけによらずウブだったな!失敬!」
「ちげえよ!常識的な話をしてるんだよ!」
「あらあら。」
黙っていれば完璧な美少女なのだが、桜花の場合は容姿以外の要素がそれを吹き飛ばしていた。
「ふむ。止水がここにいるという事は出張は終わったのか?」
「はぁ…あぁ、出張終わりの新たに仕事を振られたところだよ。然もお前か栞の究極の二択。」
「栞か、しかしあ奴も二人以上を要する案件とは。私の方も少し厄介だが…ふむ、少々この所きな臭いな。」
桜花はそう呟くと顎に手を当てて何か考え込む素振りをする。
「きな臭い?他にも案件があったのか?」
「…ん?あぁ、止水が出張に行っていたたった一週間の間に二件ほどな。幸い身内で回せる範囲だったから良かったものだが、この所そういった案件が多いのも事実だ。魔物の脅威度を考えればどれも妥当な判断だったが、こうも立て続けるものか?」
一等官の、しかも『七刃』の刀剣士が二人も駆り出される魔物。それは主に系譜の魔物が大半を占める。系譜の魔物とは『赤』『青』『緑』『黃』が確認されており、この色というのは魔物が操る元素を表している。つまり『火』『水』『風』『雷』であり、元素を操ることのできないものを『魔物』、元素を操れる魔物を『系譜』もしくは『系譜の魔物』と定義されているのだ。
そして系譜と表現されているからには、その頂点たる存在も当然いる。それが最初に確認されたのは『逆巻きのバベル』が出現してすぐ、何もない空間から炎を生み出し、自在に操り、魔物と同じく現代兵器を全く受け付けず蹂躙の限りを尽くした女人型の魔物。そしてそれは傍らに同じく『赤』の元素を操る魔物を侍らせていた。その名は…
『朱の乙女』
破壊の限りを尽くした『朱の乙女』は突如として姿を消した為、現在も消息はわかっていない。しかし当時の戦闘記録から推察されたのは、系譜の魔物は『朱の乙女』のような『特異点』を頂点として存在しているのではないかと考えられ現在に至る。
「何か組織的な動きというか、知能的というか…まぁ、魔物にそこまでの知能があるとは思えんがな!はっはっはっ!」
そう言いながら桜花は高笑いするが、止水は「無くはない」と考える。
「(熊本の1件もそうだが、この所不可解なことが多すぎる。しかもそのどれもに系譜が関係しているとなると…『特異点』か?)」
特異点に関しては分かっていない事の方が圧倒的に多い。が、逆を返せば可能性は0ではない。しかし今はそのどっちつかずの状況なので断定は早計極まりない。
「まぁ兎に角、桜花の後に栞の順だな。ちらっと見たが栞の方は長期任務扱いだし。」
止水は手元にある資料を見てハァ…と溜息をつく。
「まぁ私の方を先に手伝ってくれるのは有り難い!序でに言えば件の系譜は『青』だがな!」
『青の系譜』…つまり水を操る魔物ということだ。これが止水が気乗りしない理由でもあった。
「なんでわざわざ俺と相性の悪い系譜を振るかねぇ…ぶっちゃけ雪菜さんの方が相性だけならまだマシでしょう?」
止水の『紅神楽』は炎を操る事の出来る力だ。そのため単純な相性の問題から『青』とはあまり戦いたくないのが本音である。
「うーん、相性だけならねぇ。でも今回の魔物はサイ型だから、私じゃあの皮膚を超えてダメージを与えるのは難しいのよ。」
「そうだぞ止水。男なら四の五の言わずに敵に立ち向かうものだ!よし、そうと決まれば早速出発だ!雪菜さん、行ってくる!」
「って!ちょ!桜花、襟を引っ張るな!」
桜花は止水の襟を鷲掴みにし、そのまま玄関を抜けていった。
「あらあら…ふふっ、いってらっしゃい二人とも。」
その後ろ姿を困ったように見つめる雪菜を残して。
▽
「やっと終わった…」
「うむ、助かったぞ止水!」
時は経ち、止水と桜花は瓦礫の山が囲う場所に立っていた。瓦礫の山と言っても、それは元々ビルや家屋であったモノだが、系譜との戦闘でそれらはただの産業廃棄物と化している。
そしてその二人の足下には既に事切れたサイ型の系譜。全長は普通のサイの四倍ほどであり、その上に立つ二人はかなり小さく見える。
「桜花、お前もう少し周りの被害を考えて攻撃しろよ。被害の半分はお前の能力のせいだからな?人的被害こそないけど、また雪菜さんが頭抱えるぞコレ。」
「む…いや、分かってはいるんだがな…どうも加減が効きづらく…」
桜花はそう口ごもるが、止水の苦言は尤もなため視線が泳いでいた。
「はぁ…ま、今に始まった事じゃないけどな。じゃあ後は後処理部隊に任せて、俺は栞の方に向かうわ。」
止水はサイ型の系譜から飛び降りると桜花を見上げそう言う。
「む?今からか?少しは休息を取った方が良いと思うが。」
「厄介事は早めに処理するに限る。」
▽
そしてまた所は変わり、某首都の現在は使われなくなった雑居ビルの一室。
「悪い、待たせたか?」
軋む鉄製の扉を開け、止水は中にいた人物…推定、かなり小柄な少女に話し掛けた。
「ん、問題ない。寧ろ私の予想よりも早かった。」
小柄な少女…柱深 栞は全く問題ないとばかりに無感情な言葉を返した。
栞の見た目は中学生…かなり多めに見積もっても高校生位の風貌だが、実際に年齢だけで言えば栞は14歳。世間一般では中学生である。養成校の一つの入学基準が15歳以上という事を踏まえれば、腰に差してある小太刀は違和感を増幅させる。
「今回は助かった。私だけじゃ手が足らなかったところ…主に火力の面で。」
「まぁそれは別に良いんだが、何で今回は栞にこの案件が?どっちかと言うと桜花向きの仕事だろ。」
今回の仕事の内容は【違法に横流しされた魔断刀剣の回収と、その元締め組織の壊滅】。現行法では刀剣師以外の帯刀は認められていない。刀剣の横流し…それは簡単に言うなら銃刀法違反である。
刀剣師には警察のような逮捕権や捜査権は認められていないが、刀剣と魔物に関する場合のみ例外的に許可されているのだ。
「ん、単純に仕事の効率化のため。内偵は私の担当だったし、奴らは逃げ足後早い。内偵の監査が終わったらそのまま私が行動にうつしたほうが早いから…だけど私はか弱い女性、本来なら荒事向きじゃない。だから止水を呼んだ。」
「か弱い…ねぇ?」
自身の事をか弱い女性と表現する栞に、止水は苦笑いする。確かに見た目と年齢を加味すれば客観的にはそうだろう。しかし何事も人を見た目で判断してはいけない、ということだ。
栞がこの歳で刀剣師、しかもその最高位ともいえる七刃所属の一等官という時点で弱いはずがない。
「む、その含みは心外。私は七刃では最弱。だから私はか弱い女性で問題ない。」
そう七刃では栞の戦闘力は高くはない。しかし分かるとおり、その比較対象が間違っていた。
「はいはい、そう言うことにしておこう。で?今後の流れは?」
「…釈然としないけどまぁ良しとする。この後一六○○に、例の組織が卸し先に刀剣を二振り納品予定。卸し先は別働隊が同時刻に叩く手筈。運搬人員は5名、内1人は元刀剣師…階級は二等官、式系統は単身型で能力は簡単に言えば幻術のようなもの。自分を無機物と認識させたり、他人になりすましたり中々の精度。」
「資料にも書いてあったが、そいつはどうやって刀剣を持ち出したんだ?」
刀剣師は国が認定する国家資格である。本来であれば刀剣師は退職時に資格の返上(刀剣師登録名簿からの除名)の上、自身の魔断刀剣を返上する規則がある。そのため刀剣師を辞めたのに刀剣を所持しているのはおかしいのだ。
「名前は尾形 浩介。二年前の系譜との大規模戦闘の際に殉職、死体はまだ見つかっていない…とされている。」
「二年前に系譜との戦闘?ああ…群馬で無能指揮官が采配ミスって大量に二等官を殉職させた奴か。それ、俺が後処理したやつだ。確か赤の系譜の能力で遺体や刀剣は大部分が焼失したからな。」
つまり今回は殉職という抜け道を使って刀剣を持ち出し、そのまま悪行への道へと進んだということになる。魔が差したのか、元からそういう気性だったのかは止水には分からなかったが、どちらにせよそれは悪であると止水の存在が否定する。
「平の元二等官程度ならどうにかなるけど、今回はその運び出される刀剣のうち、一振りが厄介。」
「厄介?」
「…自立型の魔断刀剣。しかも元の持ち主は一等官。」
「ああ…なるほど、そりゃ厄介この上ないな。」
魔断刀剣は基本的に刀剣師の意思で能力の行使が出来ると同時に、刀剣師が自身の魔断刀剣を持つことにより能力の発動が出来るという一種のセキュリティーの役割を果たす。しかし自立型魔断刀剣と呼ばれるものは、何らかの過程で刀剣自身に自我が宿り、自分の意思で能力を一部発動できるようになってしまうのだ。
それ自体は刀剣の進化というカテゴリなので問題はない。しかし今回2人が問題視しているのは尾形と自立型魔断刀剣の相性だった。
「そう、自立型魔断刀剣に宿る自我は基本的に幼い。尾形が自身の刀剣の能力を使えば誤認させることも出来る可能性がある。そしてその自立型魔断刀剣は元は一等官所有だから、能力自体も厄介極まりない…これが今回止水を呼んだ理由。」
「なるほどねぇ…ん?でもこの案件、長期任務扱いになってたが、なんでだ?」
「今から潰す組織は元締めではあるけど、刀剣の仕入元ではない。だから止水にはこの後そこの内偵…もとい潜入捜査をしてもらう予定。」
「…まじかよ。俺がそんな腹芸が出来るタイプに見えるか?」
「出来る出来ないかじゃない。やってもらう。私じゃこんなナリだから一発で怪しまれるから、これは適材適所…あと少しで突入する。」
「……。」
都合の良いときだけ自分のナリを引き合いにだす栞に、強かすぎるだろと嘆きながら突入の準備にはいる止水だった。
▽
2週間後-
「戻りました…」
「あら?緋金君。栞ちゃんに頼まれた案件は終わったの?」
止水はフラフラ…いや、服などが所々煤けている為ボロボロの状態…で七刃の庁舎に戻ってきた。
「はい…いや、終わったというか終わらせたというか。まぁ結果的には任務完了です。」
「?」
止水の歯切れの悪い返答にクエスチョンマークを浮かべている雪菜に、栞がカウンターの下からひょっこりと顔を出した。
「潜入した1週間後にボロを出して潜入官と発覚、その後戦闘に突入して結果的に相手方は物理的に壊滅。証拠なんかは粗方集まってたから問題ないけど、もう少しスマートに出来なかったのかが疑問。」
「ああ…緋金君がボロボロなのはそう言うこと。でもそんなに手強かったの?」
系譜の魔物さえも難なく屠る止水の技量は、栞や雪菜だけでなく、七刃全体が認めるものである。その止水が刀剣横流しの組織との戦闘とはいえボロボロの状態で帰還するなど、雪菜には少し信じられなかった。
「違う。後先考えずビルの一室で敵の刀剣師崩れと戦闘をしたらビルが半壊して巻き込まれただけ…つまり自業自得。」
「おい、栞ちゃんや。俺が潜入捜査してる間に優雅に休暇を取ってたやつの言葉とは思えないんだが?」
「…………休暇は労働者に与えられた真っ当な権利。そもそも私の年齢だと労働基準法違反。必要な労働には対価は当然。」
「栞ちゃん?それだと矛盾してブーメランになってるわよ?」
「…所で止水には他に案件はいっていないの?」
「こいつ…あからさまに話逸らしやがった。第一そんな七刃を必要とする案け「あるわよ?」んが…へ?」
会話の途中に差し込まれた雪菜の言葉に止水はギギギギッという擬音がするかのように顔をそちらに向ける。そこには申し訳無さそうに苦笑いをする雪菜の姿。
「ゆ…雪菜さん。じ、冗談ですよね?」
「それが…冗談なら良かったんだけど…北海道の北東306地点で系譜の兆候が確認されたの。だから大鳥居さんから止水君に対する出張任務が出されてるわ。期限は止水君が帰還した直後から問題解決まで。」
「北海…え?出張…へ!?」
つまり現時刻を持って止水の北海道行きは確定し、任務も受領されたことになる。トンボ帰りからのトンボ行きだ。
「も、もちろん七刃から他に派遣されるんですよね?」
止水は一縷の望みをかけ雪菜の座るカウンターに縋りよった。七刃専属案件を二件片付けた上にそのまま休みを挟まずに北海道行きなぞ余りにも無体が過ぎる。そう目で訴えながら。
「あー…大鳥居さんからの伝言をそのまま伝えます。『緋金、忙しいところ悪いがまた飛んでくれ。なに、お前ならばこんな案件1週間もあれば問題ないだろう?七刃 序列第一位 殿?』…だそうよ?」
「あんの……クソババァァァァァァァァァァ!!!!」
そんな虚しい咆哮が無情に響き渡ったそうな。