001話 プロローグ
2085年。
人類の科学技術は、21世紀当初に考えられていた近未来を体現していた。
自動車、飛行機、船舶などの乗り物は例外なくオートメーション化し、AI技術の普及によりIT関係を始めとした様々な産業はその恩恵を受ける。
人類史上最も安定し、発展した時代であり、最早、科学とは一種の魔法と言い換えてもいい。
しかし、そんな時代に突如として後に『逆巻きのバベル』と呼ばれる塔が出現したことにより、状況は混沌と化した。
『逆巻きのバベル』から溢れ出した異形の生物。それらに現代兵器は殆ど効果はなく、人は人たる尊厳を踏みにじられながら為す術なく蹂躙されるだけかと思われた。
そんな折、各地に時代錯誤ともいえる魔を断つ刀を携えた剣士達により状況は急展開を迎える。
現代兵器のどれもが無傷若しくはかすり傷程度しか与えられなかった異形の生物達を、一方的に屠り、剣士は政府に協力を申し出た。その、異形の生物に対抗しうる刀と共に。
後の『魔断刀剣』と呼ばれる魔法武器が世に現れた瞬間だった。
▽
「三等官12名、二等官3名…そして草壁一等官が殉職、か。緋金…原色の魔物とはそこまでか?」
重い声色でそう向かいに座る男に問い掛けるスーツを着崩している女性は大鳥居 朱鷺。一見妙齢の麗人だが、女性とは思えぬ重圧を醸し出している。しかしこの重圧は、向かいに座る男に対してのものではない。現状に対してのものだった。
「原色の魔物…今回遭遇したのは赤の系譜である紅鱗大蛇です。単純な鱗の硬さはさることながら、高い機動力と7メートルを超える巨体はそれだけで驚異でしょう…ですが、原色とはいえ、あくまで紅鱗大蛇は系譜。普段の草壁一等官ならば損害は受けつつも全滅なんてことにはならなかった筈です。」
自分に向けられてはいないとはいえ、そんな大鳥居のプレッシャーを直に受けながら淡々と答える緋金と呼ばれた男。大鳥居に負けず此方も麗人と呼ぶに不足ない容姿かつ女性受けしそうな容姿だが、鋭い眼光と纏う雰囲気からどちらかと言えば厳格な印象を与える。
「…死人に口なし、情報は全滅という事実のみ。彼奴ならば下位官に情報を持たせて撤退させる位は出来たはずだ。それが出来なかったとなると…やはりか?」
「…決めるのは早計、と言いたいところですが。その線が濃厚かと。」
「…チッ。こんな非常時に、本当に笑えないな。」
▽
ー遡ること10時間前
「今日の日報はこれでいいか…俺の当直時間に魔物が1
体も出ないとは最早奇跡だな。」
防衛省対理外生物部討伐課 健軍出張庁舎の当直室でそうペンを置きながら呟いたのは緋金 止水。長袖のシャツにスラックスという如何にもクールビズ期間の会社員という出で立ちだが、あるモノがその人物を普通でないと否定していた。
それは腰に差さっている長さ120cmはあろうかという長物。勿論ただの棒という訳ではない。
2097年現在、日本国憲法はある大きな転換期を迎えたことにより、新たな法律が制定されたが、そのほかの法律は昔ほど大きく変わってはいない。それは銃刀法も然りである。しかし、止水の腰に差さっているのは、持ち手が滑らないよう網目状の柄に漆喰のような光沢を持つ鞘…どう見ても日本刀そのものだった。
勿論一般人がそんな物騒なものを腰に下げて街中を歩けば、一発で腕が後ろにまわる案件なのだが、それは止水が刀とは反対側に付けているチェーン…正確にはその先に付いているあるエンブレムが合法性を主張している。
黒色の六芒星に直剣と刀が交差している意匠のエンブレム。それはこの男、緋金 止水が政府公認の刀剣師であることを示していた。
「まぁ…その皺寄せが僕にこられても困るんだけどね?」
「草壁一等官、もう休憩はいいんですか?」
そんな止水の後ろから溜息混じりの声が掛けられた。服装は止水と同様のシャツとスラックス、敢えて違いを示すなら黒い眼鏡を掛けている少し痩せ気味の男性。
草壁 奏汰一等官…止水と同じく刀を携えた刀剣士である。
「うん。緋金君が応援に来てくれたお陰で久し振りにゆっくりとした休憩が出来たよ。と言っても6時間くらいだけど…」
現在、止水が居るのは健軍出張庁舎といい、全国に点在する対理外生物部討伐課庁舎の1つ。取り分け日本に複数存在する『逆巻きのバベル』のうち、熊本中心部にあるバベルの近くに位置する。しかし健軍という町は中心部より東に少し外れることになるのだが、健軍には自衛隊駐屯地も存在するため何かと連携を取りやすくするための立地であった。
庁舎に詰めている刀剣士は多くても20~30人程度が主流で、守護する土地の範囲を考えれば中々の出撃頻度。つまり休む暇がない。
そんな折、本来は東京近郊を中心に活動している止水が本庁からの命令により期間限定で健軍出張庁舎に手伝いに来ていたのである。しかしそれも先程の日報を以て最後。このあとは飛行機で東京へと戻る予定だ。
「贅沢言わないで下さいよ、俺もこの3日間で休んだ時間なんて片手で足りますよ?」
「それが僕たちは明日からも続くんだけどね…」
会話の内容からも分かるとおり、刀剣士は基本的に激務である。約12年前に全国各地に出現した『逆巻きのバベル』、それと同じくして『魔物』という存在が世に放たれ、人の住む世は恐怖と混沌が支配した。今でこそ刀剣士という、魔物に対抗しうる力と存在がいるが、それでも日々増え続ける魔物と比較すればその絶対数は明らかに足りていない。
草壁自身、止水が応援に到着した時点で完徹3日目という有様だったのだ。
「まぁ俺からは゛頑張って下さい゛としか言えませんがね、あっちも同じような感じですし……では私はこれで失礼します、草壁一等官。」
「今度、上に人員補充の陳述書を出してみるかなぁ…助かりました、緋金一等官。」
雑談も程々に互いに敬礼し階級を呼び合う。
ここで言う階級とは警察(長や部)や軍隊(尉官や佐官)とはまた違う独自のもので、序列+等官という特有のもの。つまり止水と草壁は共に刀剣士における最高位に位置する実力者ということなのだ。
「では俺はこれでーーーん?」
「これは、2等警報と支援要請だね。場所は・・・水前寺か。」
突然庁舎に響き渡る警報とアナウンス。それは近隣地域に中程度の脅威をもつ魔物が発生したことを報せるものだ。2人からしてみれば、油断は出来ないが余裕を持って対応できる程度の魔物だ。恐らく対応に当たっているのは三等官なのだろうと止水は考えた。
「うーん…緋金君、悪いんだけどもう少し当直室で待機しててもらえないかな?ちょっと僕も様子を見てくるから。」
「ええ、構いませんよ。正直討伐に向かってくれ…と言われるよりは100倍マシですからね。」
「ははは…流石にたった今出張が終わった人間に出ろとは言えないよ…はぁ、あと3分早かったらなぁ。」
ボソッと最後は聞こえないくらいの声量で呟いた草壁。しかし耳の良い止水は努めて聞かなかったことにする。誰だって終わりと思ったあとの突然の残業は嫌なものである。
草薙はそう言うと周りに集まりだした部下たちに支持を出し、出撃の準備に取り掛かった。現在この庁舎に居る一等官は止水を除けば草薙一人。通常であれば庁舎には二名以上の一等官が詰めるのが規則の決まりであるが、生憎一人はある任務のため不在、そのため草薙が出撃中に不測の事態に備え止水に留守を頼むのは当然の帰結だった。
「草薙一等官!全員出撃準備整いました!」
「よし、通常なら中程度の魔物ならば二等官を主軸に行うけど、今回はその上での救援要請だ。だから今回は僕が指揮を執る。指揮系統は二等官を補助役とした三等官のフォーマンセル。事態が緊迫した状況にあるのは確かだけど、三等官たちにも経験を積んでもらいたいと考えている。だが第一は市民の安全確保と魔物の駆除だ、危険と判断した場合は僕が直ぐに対処するからそのつもりで。」
「「「はっ!」」」
三等官は刀剣士の養成学校を卒業したものに与えられる最初の階級だ。大体はこの階級で5年前後の経験と実績を積み、昇格試験を経て二等官へとなるのが一般的である。もちろん経験も年数もかなり長い者もいるが、そこは腕とは別の所で足踏みをしている場合が多い。
救援要請ということは現場の刀剣士が手に負えないと判断したからで、本来ならば教育の場とするのは不適格な場面だが、草薙は自分を保険とすることで安全マージンを取りそれを行なおうとした。確かに三等官にとっては格上の魔物との戦闘はいい経験になるし今後の糧となる、と止水は思った。
「草薙一等官、魔物の詳細がわかりました。魔物は大蛇種、照会脅威度は報告通り中程度、レベル7です!」
「よし、総員乗車!・・・では申し訳ないんだけどよろしく頼みます、緋金一等官殿?」
部下に指示を終えた草薙はそう止水に言う。その表情からは本当に申し訳無さが滲み出ていたので止水も苦笑いで「了解です」と返した。
これが止水と草薙の最後のやり取りだった。
▽
「・・・時間がかかり過ぎてないか?」
草薙達が出発してから早2時間が経過し、コーヒーの飲みすぎでお腹がチャプチャプになり始めた頃、流石に止水も疑問を抱き始めた。魔物の討伐は地形や避難者の有無、魔物の脅威度や他の外因によって長期戦になるのは珍しくない。しかし今回は救援要請による二次戦力での魔物討伐。避難者の退避は終わっていただろうし、なにより刀剣士の最高階級である一等官を筆頭とした部隊が向かったのだ。多少教育に時間が掛かっても、手傷を負った大蛇程度なら30分程度でお釣りが来る。
にも関わらず未だになんの連絡もない。
「・・・・。」
流石に可怪しいと思い止水は当直室を後にして、状況を確認するためオペレーション室へ急ぎ向かった。
するとオペレーション室では職員たちが右へ左へと慌てるようになにかやり取りをしているには目に入る。止水はこの時点で何か問題が発生しているのだと確信した。急ぎ側を通りかかった女性職員を呼び止めて話を聞く。
「おい!一体何があった。」
「え!?・・・あっ、緋金一等官。」
女性職員は止水を見ると一瞬言い淀んだ。
「何があった。」
そんな女性職員に疑問を抱きながら改めて問いかける。少々、強めの圧を掛けながら。
「っ・・・・実は、約50分ほど前に帰還報告をした草薙一等官の生命信号が、直後ロスト。その後を追うように二等官、三等官達の信号も順次ロストしました。げ、現在本部に対応を打診しているところです。」
「何?何故それを早く俺に報告しに来ない!」
「そ、それが草薙一等官から『緋金君は出張が終わってるから何か報告があった場合は全部本部に打診してくれ』と言われてまして。」
「緊急時に、しかも一等官の生命信号がロストしているのにそんな悠長なことが言ってられるわけがないだろう!」
「じ、実はその緊急時のことにも言及されてまして、緋金一等官には何も言わなくて良いと・・・・。」
「ちっ!!」
草薙なりの配慮か、オペレーター達の思考不足か、とにかく状況がかなりまずい事を理解した止水はオペレーター達へ指示を出す。
「俺は先行して出る。オペレーターは本部の指示と並行して近隣庁舎へ一等官の派遣要請を、いの一番に草薙さんの信号がロストしたことを考えると二等官以下を派遣してもらっても焼け石に水だ。それにまだ生きている者もいるかもしれない、救援部隊の派遣も合わせて行ってくれ。」
「は、はい!」
止水はそう言い終えると急いで車が格納されている場所へと向かい車を発進させた。目的の水前寺までは10分ほどで到着、それと同時に止水の目には凄惨な光景が映る。
「これは・・・。」
現場は住宅街のど真ん中。閑静な住宅街であったであろうそこは戦闘の余波で無残に荒れていた。そしてその周りには刀剣を携えた死体の山。踏み潰されて原型を留めていないものや、腹部を大きく貫かれた者、全身の骨が砕け息絶えた者など死因は様々だが、それらの死因の状況からここに現れた魔物が大蛇系の魔物なのは確かなようだ。二次出動した人数より死体の数が多いのは恐らく、最初に現場に到着した一次出動の刀剣士だろう。不幸中の幸いか目視の限りでは一般人の被害は見受けられなかった。
警戒はしながらも止水は生存者がいないか、そして草薙の姿を探した。
「これは・・・草薙さんの刀とビーコンリング付きの左手首、か。」
止水の目が止まったのは草薙の使用する刀(Ritual Sword Arms)、日本では古来の名称である"魔を断つ刃"という意味の『魔断刀剣』と呼称されるもの。人間が魔物に対する唯一の対抗武器である。
12年前、ある陰陽師の一族から伝わった『招来憑依』という技術。それは神話や歴史上の奇跡を概念として一時的に現世へと呼び起こす術とされており、熟練の術士が操れば、天変地異と遜色ない現象を引き起こす。それを科学的理論へと落とし込み、限定的な力の行使を可能とさせたのが『魔断刀剣』なのだ。
もっと詳細に説明すれば、陰陽師の『招来憑依』は式を組み、場を整え、長い時間を掛けて儀式を執り行い様々な力を一時的に借り、その上で鬼(魔物)と闘う。
しかし本職でもない者が元来の『招来憑依』を使えるかと言われればそれは無理であるし、そもそも『逆巻きのバベル』から生まれる魔物との戦闘が何時も事前準備の上で始まるわけではない。状況によっては避難誘導などの必要性もあるため、『招来憑依』をそもそも突発的な戦闘に用いること自体が不可能とされた。
そこで当時の科学者たちは力の一部のみを限定して自動化し、武器に直接その効果を発現させるという方法を考えた。『招来憑依』は時間と場所、そしてそれに相応しい儀式を行えば、現世へと顕現させる力は多種多様……それを一種類に限定。儀式はある程度の広さと時間を要し、知識も必要……発現範囲を最小化し、儀式内容を電子制御記録媒体で肩代わりさせ自動化。天変地異を起こすほどの力であるが、制御が極めて難しい……発現範囲を刀剣及びその周囲に限定することで制御効率を向上。
そしてそれらを科学的に作り上げた武器こそが魔断刀剣なのである。
「生命信号の断絶は手首が斬り落とされたからか…となると……ん?」
足元が揺れる感覚。地震かと止水は一瞬考えたが、止水は違うと直感的に横っ飛びでその場から回避した。そして次の瞬間、止水が立っていた場所からコンクリートの道路を突き破って何かが飛び出す。
「シュュュュュュ~……」
「大蛇種の魔物?確か討伐されたはずだが…」
突き出てきたのは赤黒い鱗で全身を覆った大蛇。ドラム缶よりも太い体に、コンクリートから見えているだけの長さでもゆうに5メートルはあるだろう。
しかし止水は疑問を覚えた。オペレーターの話では草薙は帰還報告の直後に生命信号が途絶えたと言っていた。帰還報告、つまり目標は討伐したはず。にも関わらず目の前に大蛇種が居るのはどういうことなのか?
その疑問は大蛇の攻撃で解消された。
「シャァァァァッッッ!!」
大蛇の叫び声と共に周りに出現する大小様々な火の塊。決して自然現象ではなし得ない現れ方の火の塊に、止水はひとりで納得する。
「なるほど、赤の系譜か。だが、相手が悪かったな?」
そう言いながら止水は腰に差してあった刀を抜き放つ。無骨な装飾の施されていない柄に、真っ赤な刀身の中心を走る黒い波紋。これが止水の魔断刀剣『紅神楽』だ。
「シャァァァァッ!」
魔物との戦いによーいドンという合図はない。大蛇は止水に向かって周りに漂わせていた火の塊を射出すると、自身の尻尾を止水の後方から突き出し叩き潰そうとする。
「…裁け【紅神楽】」
止水はその場で回し斬りを繰り出し、尻尾を両断。その勢いのまま横っ飛びで火の塊を次々に回避してゆく。本来『逆巻きのバベル』の魔物には、現代武器によるダメージは望めないとされているが、刀剣師の…もっと言えば魔断刀剣による攻撃に関して言えばその限りではない。
先程、止水が呼び掛けた『紅神楽』という呼称。それは魔断刀剣の真価の一部を引き出すキーだ。特殊な構造の魔断刀剣。実は金属自体はほぼ使われていない。表面こそ炭素カーボン合板でコーティングされているが、中身はほぼ『招来憑依』を成すための機械構造である。
そのため実際の刀剣と比べると、切れ味は元より耐久性は比べるまでもなく脆いのだ。刀剣というよりは、刀剣の形をした精密機械と言う方が正しいほどに。
そんな魔断刀剣を対魔物武器へと昇華させるものこそ先程の呼称である『起号』。これにより使用者の精神力を糧に特殊な地場を刀剣周辺に生成させ、その強度と性質を名実ともに刀剣へと成す。
この『起号』…止水でいうところの『紅神楽』であるが、刀の銘ではない。これは止水が司る『招来憑依』の銘だ。そしてこの『起号』の習得こそ刀剣士養成学校の卒業要件であると同時に、刀剣師三等官の必須条件の一つでもある。
「シャ!?」
容易く切り裂かれた自身の尻尾に驚きの声を発した大蛇だが、すぐさま尻尾の先端を生やすと回避により体勢を崩している止水にそのまま追撃を仕掛ける。
「即時再生、そりゃ持ってるよな…『阿鼻獄炎 纏』」
止水は大蛇の再生に一瞬も怯むことなく次の手を打つ。刀身は黒々とした炎を纏い、まるで意志を持っているかのように粘質な揺らめきを繰り返していた。
止水はその黒い焔を纏った刀で迫り来る尻尾を袈裟斬りにする。すると尻尾は先程と同じ様に再生しようとするがその矢先に黒い焔で焼き尽くされる。そればかりに留まらず炎は尻尾に連なる胴体までも侵食しながらゆっくりと燃え続けてゆく。
「シャァ、シャァァァァ!?」
「悪いな。こいつの焔は少し粘着質だぞ?」
何度地面に叩きつけても消えない焔。そればかりか阻害されつづける再生に、さすがの大蛇も驚きの声をあげる。しかしそれよりも早く止水を殺せばいいと判断した大蛇は自身が出来る最大の攻撃方法をとった。
「シャァァァ!!!!」
甲高い鳴き声と共に現れたのは7体の炎で形取った大蛇。それが本体を含めて止水を取り囲むように現れた。炎による影分身とでもいうのであろうそれは、1体1体がきちんとした質量をもっていた。
確かに並みの刀剣師ならばやられておかしくないレベルの魔物。しかし今回に限れば相手が悪かった。何故なら止水の操る奇跡もまた焔を司るものだから。
『衆合吸炎 女狐』」
止水がそう言霊を紡ぎ、刀に纏わせる炎の質を変える。それは白い高潔な揺らぎをもった炎。それを合図として炎の大蛇達は一斉に止水へと襲い掛かる。
「「「「「「「シャァァァ!」」」」」」」
止水は刀を炎の大蛇の1体に向け撫で斬るようにして次の大蛇へと向かっていき、同じ様に撫で斬る。一見するとそれは攻撃ではなくまるで剣舞でも舞っているかのような風景だが、こと、この大蛇にとっては効果的な攻撃手段なのだ。
先程の『阿鼻獄炎 纏』が纏わり執拗に燃やし尽くす炎ならば、『衆合吸炎 女狐』は集め惑わし奪取する炎。その効果は炎の吸収、そしてその炎を糧としたカウンターである。止水はあっという間に炎の大蛇を全て吸収しきるとそのまま上段構えで本体へと肉薄する。
「幾ら赤の系譜でも許容以上の炎なら効くだろ?『衆合吸炎 羽衣狐』!!」
「シャァーーー!?」
斬ッッッッ!!!!
大蛇は断末魔をあげ終わる前に一層勢いを増した白い炎の刀に両断され、内側から炎に焼かれ灰と化す。
黒い炎と白い炎。俗に言うこの『具現化』を成すことが出来る刀剣師が二等官の必須条件である。そしてさらにその上に位置する一等官、それが止水と草薙の2人だった。
「……。」
止水は灰になり辺りを舞っている大蛇だったものを見つめながら思案顔になる。
「(赤の系譜…それならば二等官がいくら束になっても余程相性が良くなければ全滅もあり得る、か?だが草薙一等官まで為す術もなくやられるとは考えにくい。)」
二等官までならば能力の相性で戦況が二転三転する事も珍しくはない。しかし草薙は更に上の一等官である。当然、『起号』と『具現化』はもちろんのこと、その上も存在する。
「(確かに草薙一等官の能力自体は直接戦闘向きではないが……)」
「お待たせいたしました、緋金一等官殿!」
そこに漸く止水が派遣依頼を出していた救護部隊が到着した。そしてどうやらその部隊長曰わく、他の一等官は別任務のために誰も現場に来ることが叶わなかったそうだが、そこはもはや解決済みな為どうでもよかった。
「はぁ、じゃあ一応生存者がいないか確認後、いつも通り辺り一帯を封鎖。現場検証した後は本庁に報告を上げてくれ。」
「はっ!緋金一等官殿はいかがされますか?」
「俺はこのまま東京に戻って管理官に報告を上げる。特に今回は不可思議な点が多い、細かい情報も逃さないように頼む。」
「はっ!了解しました!」
そしてそのまま止水は東京の本庁へと戻るのだった。
▽
「だが緋金、草薙一等官の遺体は見つかっていないのだろう?」
確かに止水の見た限りでは草薙らしき遺体は見つからなかった。見つかったのは切断された手首と魔断刀剣のみ。それは後のDNA鑑定と登録記録から本人の物と断定されている。
「切断された断面をみる限り大蛇に身体を喰われ、利き手首と魔断刀剣がその場に残った。そして指揮系統が乱れた下位官達は紅鱗大蛇に為す術なく…というのが公式見解です。」
「ほう?では個人的な見解は?」
「第三者の介入があった可能性…という漠然的なものしか今の所は。」
止水は現場にて幾つかの不可思議な点を見つけていたが、あくまでも不自然ではなく不可思議。有り得なくはないという言葉で片付けられてしまうレベルのもので、はっきりとした確信はなかった。
しかし大鳥居はそれでも構わんと促す。
「先程も大鳥居さんも言われましたが、いくら系譜の魔物だとしても一等官を含めた部隊が壊滅というのは些か出来過ぎだと思います。草薙一等官の能力は確か…」
「…ハールメンの笛ふき、御伽噺をモチーフとした珍しい系統で確か『夢心地の音色』。音により魔物の位置・大きさ・強さなどを計る補助的能力と意識・五感に干渉する能力だったはずだ……確かにな、これならば草薙が魔物の気配を取りこぼし、且つ奇襲を受けるとは考えにくい……こその第三者というわけか。」
「ええ、具体的にどう介入されたかはこの際横に置いておくとして、もっと分からないのは何故それが一等官がいる部隊に仕掛けられたかです。まぁ、これも理由のわからない一つではありますが。」
「…そうか。分かった、私の方で色々精査しておこう。緋金、今回はご苦労だった。明日一日休養をとったあと本隊へ合流してくれ。」
そう大鳥居はにっこりと(止水からしてみれば凶悪な笑顔)浮かべそう言い放つ。
「…明日一日、ですか?俺戦闘が終わってそのまま飛行機に乗って今さっき帰ってきたんですが?」
「お?中々殊勝な心掛けじゃないか。今から合流するのか!」
「……明日一日休養とってから合流させてもらいます。」
コロッと掌返しで僅かな休みでさえ返上させられそうになった止水は、泣く泣く大鳥居の提案を呑む。これ以上激務になったら流石に無理と分かっているのだから休めるときに休むしかないのだ。
「はぁ、まったく…確かにお前たちの激務ぶりは理解しているが、お前は『七刃』の一員だろう?」
「好きでなったわけじゃありませんけどね。分かりました、失礼します…大鳥居特務管理官。」
「ふっ、気休め程度だが身体には気をつけるように…緋金一等官。」
これは後に 神を討つ者達 の物語である。
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