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怪奇!仏壇のお茶が消えた

#祈祷部屋

 タバコ屋を兼ねた雑貨店がある。商店街の通りに面した古い木造の店は南向きに建っており、木枠のガラス戸に午後の陽が差している。店の奥には2階に通じる少々急な階段があり、そこを上ると、まず廊下に所狭しと並べられたぬいぐるみや日本人形、観音像や掛け軸、高麗壺(こうらいつぼ)などが目に飛び込んでくる。


 2階は南側と北側の2間に仕切られており、廊下からはいずれの部屋にも出入りすることができる。北側の四畳間にある大きめの窓から外に出れば、階段で瓦屋根の上にある木造りの物干し台に行くことができる。南側の六畳間は祈祷部屋となっており、床の間に簡単な神道式の祭壇がしつらえてあるが、その隣には大きな仏壇がはめ込まれている。


 四畳間と六畳間の間を仕切る(ふすま)は、今は閉められている。


南部屋の祭壇に背を向けるようにして、1人のおばさんが座布団に正座している。地味な色のワンピースの上に白い羽織を着ており、羽織の前はふさ無しの布紐で蝶結びにしてある。首には2重巻きにした数珠(じゅず)を下げ、さらに首には端にふさの付いた紫色の帯を掛けている。帯は梵字(ぼんじ)経文(きょうもん)草模様(くさもよう)等が金糸で刺繍されたものである。


 おばさんに向かい合って座る3人の男女は家族のようである。父親は背広の下にゴルフ用のポロシャツを着ており、今日が休日であることをうかがわせる。加えて、かすかにみせる横柄な態度が、このテの商売をあまり信用していないことを表している。対照的に、灰色のスーツを着た少し小太りの母親は、身を乗り出しておばさんの話に耳を傾けている。おばさんの熱心な信者であるらしい。後ろにひかえた娘は高校生か大学生くらい。チェック地のウール・ワイシャツに紺のスカートという出で立ちと、神妙に話を聞く態度は一見真面目そうにも思えるが、髪型が普段はそうでもないことを物語っている。


おばさん「まだ、変なことは続いているの?」


 再び、にこやかに問い直す。


母親  「毎日ではないですけど……今日も。」

おばさん「ご仏壇のお茶がなくなるのね?」


(回想シーンを織りまぜながら)


母親  「朝起きてすぐ、ご仏壇にはお線香とお茶をあげるんですけど、その後おばあちゃん(義母)と一緒に朝御飯の用意やら、(父親と娘を差して)このひとたちのお弁当を用意してて、はっと気付いたら……」

おばさん「もうなくなってたのね?」

母親  「ええ、湯飲みがカラに……。台所からはいつも仏間が見えてますし、誰も入ってきた気配がないのに……」

おばさん「はい、それじゃまたちょっと霊視()てみますからね。」


 言いながら祭壇に向き直り、両の掌に数珠をはさんでこすりながら、口の中でなにやら念仏を唱え始めた。念仏を一通り唱え終わると胸の前で指を組んでしばらくの間うつむいたまま黙っていたが、何かに向かってうなづくような仕草をしてから家族の方に向き直った。家族は(父親までもが)、おばさんが口を開くのを息を詰めて見守っている。ところが、おばさんは急に口もとを手で押さえて笑いながら、


おばさん「ごめんなさいね、ちょっと用事があるもんだから。」


 といって北向きの部屋に隠れてしまった。家族はすっかり拍子抜けしてしまう。



#北側の四畳間

 北向きの部屋には漆塗りのテーブル(座卓)が置いてあり、その上には煎餅(せんべい)を盛った菓子皿と湯沸かしポット、その他茶道具一式が置かれている。若い女性がそのテーブルにもたれながら、隣室の話に聞き耳をたてている。女性は20代中盤から後半といった感じで、赤いスーツがよく似合う。リラックスしながら、しかしなるべく音が漏れないように煎餅をかじっていたが、おばさんが急に部屋に入ってきたので驚いて喉を詰まらせてしまう。


おばさん「ちょっと聞いた?(小声で)」

姪   「ええ、聞いてたけど(同じく小声で)……」


 ムセながら、


姪   「それがアタシとなんの関係があるのかしら?」

おばさん「アンタ殺人事件っていったら、あんたら警察の仕事じゃないの。」

姪   「あのねえ、伯母さん?あたしだってヒマじゃないのよ……」

おばさん「わかってるわよ、だからアンタに手柄(てがら)たてさせてやろうってんじゃないの。アンタももう30近いんだし、結婚できるかどうかもわかんないんだから、出世のひとつもしとかないと将来不安じゃないの!」

姪   「よけいなお世話っ……」


 声を荒げかけたが小声に戻し、


姪   「だいいち、どこが殺人事件だってのよ。」

おばさん「あたしには霊視()えんのよ、ものすごくヒドイ殺され方してる女の人が。なんか絶対関係あるのよ。だいたいアンタ手柄欲しくないの?」

姪   「今はね、組織捜査が決まりになってんだから独りで勝手なまねはできないの。それに、酷かもしれないけど、あたしはそういうの信じていないのよ。」

おばさん「とにかく力貸してよ、こんなの初めてでどうしたらいいのかわかんないんだから。」

姪   「あのご家族の誰かか殺されたっていうの?」

おばさん「そうじゃないみたい。でも、これから殺されるのかも。」

姪   「じゃ、誰がいつ殺されるかもわからないのね?」

おばさん「まあ、そうなんだけどねえ。」

姪   「……それより話を整理しましょ? とにかくお隣にいる家族は仏壇のお茶で困ってるだけでしょう? 要はそれを解決してあげればいいのよ。」

おばさん「もう、あたしの姪にしちゃ俗っぽい娘だねえ。」

姪   「だって、未来の殺人事件まで手に負えないわよ。それにお茶となんか関係があるなら、それを解決してみれば何かわかるかもしれないでしょ?」


 不服ながらも、


おばさん「で、どうするの?」

姪   「あたしにいわせれば霊がどうとかいう問題じゃないわよ、これは。まあ、まかせてよ。」


 言いながら、(ふすま)を開けて隣りの部屋に入っていく。


おばさん「ちょっと!」


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