7話
「どいうことだディアナ!!」
「お父様?なんですか急に」
慌てた様子で部屋に飛び込んできたディアナの父は真っ青だった。その手にはいかにも高級そうな便箋が握られており、それを持つ手が震えている。
ディアナは数日前に手に入れた鉄亜鈴を上機嫌で振っていた最中だった。肩と上腕は固定し、肘を曲げて鉄亜鈴を持ち上げる。たったそれだけの運動だが、両腕の筋肉が使われているのがはっきりとわかり、とても気分がいい。
(でも、このまま上腕ばかり鍛えるのはバランスが悪いわね。せっかくの器具なのだから、他の使い方も考えてみて・・・)
そんなことを考えてうっとりしていると、再度父がディアナに向かって叫ぶ。
「どういうことかと聞いているんだ!!」
「ですから、なんですか急に」
「なんですかも何もない!お前、アルヴァ皇太子殿下とどこでお会いしたのだ!!」
「!!」
とくに追求されていなかったため、先日の街での出来事は父には知られていないとディアナは思っていた。あれだけの大立ち回りをしたのだから、正直ばれていても仕方がないと思ってはいたが、外出禁止にされるのだけは避けたい。
(なんとかごまかさなきゃ・・・)
なんだかんだ、父はディアナには甘い。どんな手で懐柔しようかと瞬時に頭を巡らせる。
しかし、その思考すらも消え失せるような一言が父からもたらされる。
「アルヴァ皇太子殿下から婚約の申し込みが来ているぞ!!」
今度はディアナが真っ青になる番だった。
「ど・・・どういうことですかお父様!!」
「だからさっきからそれを聞いているだろう!!」
「そんなこと聞いていません!」
「さっきから何度も聞いているだろう!!」
聞いた聞いていないの父子の言い合いは、侍女に呼ばれて駆け付けたディアナの兄が止めるまで続いた。
*
「では、先の夜会でお会いしたということだな」
「・・・はい」
ディアナは先日の街での出来事は伏せつつ、そう答えた。
「もう・・・何がなんだか」
ディアナは両手で顔を覆って大きくため息をつく。
「ディアナ、これは大変栄誉なことだよ」
困惑しているディアナを兄のローデリックは笑顔で窘める。
「ディアナが嫁ぐのは寂しいけれど・・・そもそも、しがない侯爵家の我が家が断る権利もないしね。早々に諦めてしまった方が身のためだよ」
「でもどうして、よりによって私に・・・」
「夜会の際に一目惚れで求婚、なんてよくある話じゃないか」
「一目惚れ?!」
ディアナは俯いていた顔を勢いよく上げる。
「だって、会話らしい会話もしていないんだろう?」
「それは・・・そうです、けど」
ディアナは先日のことを思い出す。でも、それこそどう考えても、求婚されるような理由が見つからない。むしろ、弱味を握られているような気持ちすらあるというのに。
「・・・何か裏があるのかしら」
「そういう物騒なことは言うものではないよ」
「お兄様には言われたくないわ」
「まぁ、一目惚れだとしても、国にとってなんの益もない他国の侯爵令嬢に求婚なんて、皇太子殿下もずいぶんと思い切ったことをなさるよね」
「そういうところよ、お兄様」
「でも、ディアナだから仕方ないと兄様は思うんだ」
「・・・・・・」
微笑んで自分を見つめる兄を見ながら、ディアナはさっきと違った意味で頭を抱える。
「夜会のときのディアナは、まるで地上に降り立った女神のように綺麗だったからね」
「うむ。我が娘ながら、美の女神の再来かと思わせるような愛らしさだった。まるで今は亡き妻の若い頃を見ているようだった」
眩しいものでも見詰めるように微笑む兄と、さっきまでの厳格さが消え失せ、満足そうに頷く父。
ディアナはこの父と兄から溺愛されている。
ディアナが自分の容姿に自信が持てないのも、この二人が原因だ。耳を疑うまでの賛辞を日々聞かされるのだ。それを真に受けるほどディアナは図太くない。
「それでお父様。私はどうしたら?」
ディアナは自分から本題を切り出す。このままだと、夕食まで延々と自分への賛辞を聞かされかねない。
「あ、ああ。それなんだが・・・」
父は小さく咳ばらいをして居住まいを正す。
「一度、お前とお話されたいとのことだ。その時に、お前の返事を聞かせてほしい、と」
「・・・返事もなにも」
(断れるわけないじゃない・・・!!)