3話
「どうしたらいいかしらね・・・」
一旦手を止めて壁に向かった体制のままディアナは呟く。
反乱を企てる貴族に近づいてみる、とか、父の軍の力を借りる、とか・・・様々な方法を考えてみたものの、どれも決め手に欠けているのだ。
あと5年の中で、国の乱れを止め、反乱の動きを掴み、その火種を消していくには単なる侯爵令嬢という立場は弱すぎる。
もう一度小さく息を吐いたとき、扉をたたく音が聞こえた。
扉に向かって返事をすると、失礼します、という声と共に、侍女のジーンが少しだけ複雑そうな表情をしながら姿を現した。
「ディアナ様に、モートン商会から伝言が届いております」
「モートン商会から?」
ディアナの鬱屈としていた気持ちが少しだけ晴れていく。そのディアナの表情を見て、ジーンは更に複雑そうな顔をする。
「・・・頼まれていた品が、できあがったと」
「まぁ!それはすぐに向かわなくちゃ!!」
ディアナははしたなくならない程度の足取りで、部屋に設えられたクローゼットに向かい、そこからひらりと簡素なドレスを取り出す。
「ディ・・・ディアナ様!!」
慌てて扉を閉めるジーンの窘める声も聞かず、ディアナは着ていたドレスのファスナーを下ろし、すばやく着替え始めた。
「ふふ。ずっと楽しみにしていたの」
「そのようですね・・・」
ジーンは諦めた顔つきで、ディアナの着替えに手を貸す。庶民が着る服に近い意匠の赤と白のロングドレスは、ディアナのお気に入りのひとつだ。ボリュームの少ないスカートはディアナにとって動きやすいことこの上ない。
「どうかしら?」
「もちろん、よくお似合いです」
ふわりと広がる白い袖でスカートの端を持ち上げ、ディアナは舞うようにくるりと回って見せる。少しだけ照れたように微笑む姿は、とても可愛らしいとジーンは心から思う。
侍女や民にも優しい心根や、幅広い見識、常に努力を怠らないその姿勢は、自分の欲目ではなく皇太子妃に相応しいとジーンは思っていた。
そのために努力する姿も見てきたジーンは、夜会から帰ってきたときの気落ちしたディアナの様子に心を痛めた。当のディアナは謎の男との対峙に恐れを抱いてしまった自分に落ち込んでいただけだが。
「できましたよ」
「ありがとう」
服装に合わせた赤いリボンで、赤茶色の髪はハーフアップにまとめられる。癖のないまっすぐな髪がするりとジーンの指先をすり抜ける。毛先まで丹念にケアをしてきたディアナの髪はジーンの自慢だった。髪だけでなく、ジーンにとってディアナは自慢の主人なのだ。
だからこそ、ディアナがこうして嬉しそうに微笑む様子をみれば、ジーンも変わった趣味のことも少しくらい多めに見ても良い気がしてしまう。
「じゃあ、行ってくるわねジーン!」
「・・・ディアナさま?!お待ちください!」
立ち上がるなり横をすり抜けていくディアナに、ジーンは慌てて声をかける。
「馬車をお呼びしますから!」
「平気よ。大した距離ではないもの」
「ではせめて誰か従者を!」
「あら、私のために手を煩わす必要はないわ」
早足で歩くディアナをジーンは半ば駆け足で追いかける。
「普通のご令嬢はそのような真似はなさいません!」
ディアナはくるりと回ってジーンの顔を見詰め、人差し指を口元にあてて、悪戯っ子のように笑う。
「もう婚約者候補ではないもの。少しくらい羽目を外してもいいでしょう?」
言葉に詰まったジーンに、ディアナは微笑む。
「・・・候補のときからそうじゃないですか・・・」
足取り軽く歩き出したディアナの後ろ姿を見詰めながら、ジーンは肩を落とした。
*
ディアナは街中を歩くのが好きだ。
本来なら貴族の令嬢が共もつけず一人で歩くことはないが、ある程度であれば構わないと父から大目に見てもらっている。街の治安も今はそれほど悪いわけではないし、大概のことならディアナは自分一人でなんとかできてしまうからだ。
ジーンに心配をかけてしまっていることは申し訳ないが、こうして街の様子を見て、人々と触れ合うことで見えてくるものもたくさんある。
「ディアナ様、今日もお買い物ですか?」
「ええ。さっきモートン商会にお願いしていたものを引き取ったところなの」
道端で花の行商をしている初老の女性は、会えばいつも気さくに声をかけてくれる。隣国にまで行商に行っているということもあり、様々な品種の花が店先に並んでいる。
「あら、珍しい色ね」
「隣国で最近できた品種なんだそうですよ。綺麗でしょう」
「ええ、とっても素敵!」
そんな会話をしていると、突然、町の中心部から女性の叫び声が聞こえてきた。
「まぁ・・・何かあったのかね・・・?」
行商人は眉間に皺を寄せて、悲鳴が聞こえた方向を見る。
「ちょっと見てきます。おばさま、これを預かっていてもらえるかしら」
「ディアナ様?!」
ディアナは胸元に抱えたいた紙袋を行商人の横に置く。結構な重量があるそれを手渡すわけにもいかない。
行商人の制止の言葉に、大丈夫とだけ告げて人だかりに向かって駆けだした。