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月のない夜空に捧げる花  作者: Revy
1章
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1話

(どうしてこんなことになっちゃったのかしら)


ディアナは城の離宮の一角に設えられたバルコニーでひとりため息をつく。

予想通り、朝から侍女によって身体中を磨き上げられ、豪奢なドレスに着替えさせられた。

赤がかった茶色の髪は装飾品に絡めて高く結い上げられている。頬に触れるように顔元に残された髪のひと房を、指先にくるりと巻き付けながら、ディアナは大きく息を吐く。


煌びやかな席は苦手だ。

最近の流行だと言われる胸元の大きくあいたドレスも、身体を締め付けるコルセットも、じゃらじゃらと重たいだけの装飾品も苦手だ。

ディアナは首元までレースをあしらった青紫色のドレスの裾を軽く持ち上げ、バルコニーの隅まで歩く。


ディアナ本人が「似合わない」と自称しているドレス姿は、人目を引くには充分だった。この国では珍しい赤茶色の髪色と、同系色の大きな瞳。整った顔立ちと、凛とした佇まい。日頃隠れて行っている鍛錬のお陰で引き締まったメリハリのある身体は、流行のドレスを纏わずとも注目の的となっていた。

そんなことには気づきもしない本人は、バルコニーの手摺に片肘をついて、再度ため息をつく。淑女らしくない言われてしまいそうだが、ディアナにとってそんなことはもはやどうでもいいことだった。


この国の皇太子――アンセル=ウォーベックの婚約者の名がつい先刻発表された。祝賀ムードだった場が落ち着いた頃合いを見計らって、こうしてディアナは夜会の席を後にした。別にもう帰宅しまってもいいだろうが、さすがにそうもいかない。


“前回”騎士だったディアナは、アンセルに仕えていた。戦火が国中に広がり、亡国の憂き目にあった中、その身を守るために剣をふるい続け、彼を守って命を落とした。


―――時間を巻き戻せたらいいのに


―――そうしたら、僕はきっと君を


目を閉じて浮かぶのは、命を落とす寸前に見たアンセルの姿。

動かなくなった自分の手を握り、そう言いながら涙を流してくれた。


もう一度、やりなおせるなら。

時間が巻き戻せるのなら。


騎士としてではなく女性として、彼の傍にいたいとディアナはそう願った。




「・・・まぁ、願いが叶ったってことなんでしょうけど」


ディアナは片肘をついたまま、顔を顰める。



“前回”の記憶がよみがえったのは、魔法の力に目覚めた5才のとき。

“前回”は迷わず騎士になる道を選んだが、今回ディアナが選んだのは淑女になる道だった。最期の自分の願いを叶えるために。

幸いなことに、侯爵家に生まれた自分は皇太子候補の一人に含まれていた。それからの11年、皇太子妃候補となるために努力に努力を重ねた。マナーや礼儀、ダンスに刺繍。軍事、内政や諸外国の知識は“前回”の記憶を役立てつつ、さらに踏み込んだ内容まで学んでいた。その裏でこっそりと鍛錬は続けながら。

そうして、周囲から淑女の手本といわれるまでの令嬢として育ったわけだが。


「女としてのスキルが足りなかったわね・・・」


ジェイニー=アディンセル公爵令嬢。

皇太子殿下の3つ年下、ディアナと同い年の少女。ゆるいウェーブがかかった金髪と、透き通るような青い瞳。華奢で小柄で、庇護欲を掻き立てられるような美しい人形のような少女。彼女が、“前回”同様、皇太子妃として選ばれた。家柄だけでも勝てるわけがなく、何より女性としての強かさを兼ね備えた彼女には、正直なところ完敗だった。


ただ、過ぎてしまったことは仕方がない。

ディアナとしては、今後の身の振り方を考えることの方が重要だった。

ずっと婚約者になるための努力を続けてきたのだ。その可能性がなくなった今、これからどんな道を歩けば良いかがわからない。

“前回”のように騎士になることは今更難しい。

かといって、このままでは恐らくそれなりの家柄の家に嫁がされる人生だ。

それはそれで平和で幸せな生活が待っているのかもしれないが、ディアナとしては大きな課題がある。


「・・・これから、どうしよう」


ため息交じりにそう呟いたとき、ディアナの背筋に焼けるような感覚が走る。

振り向きざまに半歩踏み出して、少しだけ身を屈めて前を見据える。


(誰・・・?)


バルコニーの入口に男性が立っていた。

室内の明かりが逆光になり、その表情は見えない。

殺気ではない。

ただ、焼けつくような気配だけがじりじりとディアナに向けて発せられている。


「・・・失礼。驚かせてしまったようだな」


よく通る低い声が、夜会の喧騒から離れたバルコニーに響く。

カツンと高い音を鳴らして男性が一歩踏み出した。

ディアナの身体が反射的に下がる。

同時に、男性の口からため息が零れた。


「・・・こちらに敵意はない。ただ、夜会に疲れて出てきただけだ」


言葉の通り、先程の男性の気配が和らいだのを感じてディアナはハッとする。


「こちらこそ失礼いたしました。少し、驚いてしまって」


ディアナはゆったりとした動きで男性に頭を下げる。

首筋にじわりと汗がにじんでいるのがわかった。


男性は靴音を鳴らしながらディアナの方に向かって歩き、バルコニーの手摺に背中を預ける。

ディアナの間合いから、半歩だけ離れた位置。

警戒を続けながら、ディアナは男の顔を盗み見る。



(・・・綺麗)



夜の気配を纏ったような濃紺の髪。耳より少し下で無造作に切りそろえられた髪が、風をうけてふわりと舞う。その髪よりもずっと暗い、漆黒の瞳。非の打ちどころがないといえるほど整った造形物のような横顔。

黒曜石のような瞳がすっとディアナに向けられ、薄い唇がわずかに弧を描いた。


「警戒は解いてくれたようだな」

「しっ・・・失礼いたしました!」


盗み見るつもりが思わず見惚れていたことに気づき、ディアナはハッとする。


(男性を見詰めるなんてはしたない!!でも・・・でも!!)


夜風を受けてバルコニーに佇む姿は、まるで一枚絵のようだったのだ。


ディアナは火照った頬を包むように、両手を添える。

瞬間、何かが耳元に触れ、ディアナは飛びのくように後ろに下がる。

同時に、するりと男性の手からひと房の髪がすべり落ちた。一瞬、それが自分の髪だとは気づかなかった。


(いつの間に・・・)


警戒を解いたのは確かだ。それでも。


(自分の間合いに入られて気づかないなんて・・・)


こくり、と自分の喉が動いた。


口元だけが緩やかに弧を描いた造形物がこちらを見ている。

何も映さないような漆黒の瞳が、自分の姿を捉えている。

先刻と同じように、じりじりと焼けつくような気配に、手脚を絡めとられているような気さえしてくる。


(何なのこの人・・・!?)


互いにただ立っているだけなのに、力の差は明らかだった。

剣を出したところで敵う気などまったくしない。


焦げ付くような視線に、心臓が耳障りなほどに音を立てる。


このまま、身を翻して逃げ出してしまいたい。

でも、逃げ出せない。


捕まってしまった方が楽だと思ってしまう。

いっそ捕まってしまいたいと、そう思わされる。


「・・・気に入った」


鼓膜に伝わる振動に、ディアナの心臓がどくりと音を立てた。


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