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月のない夜空に捧げる花  作者: Revy
1章
17/35

16話


「・・・・・・」

「・・・・・・」


従者の二人は、お茶を準備するなり静かに部屋を出ていき、並んでソファに腰掛けたディアナとアルヴァは、互いに沈黙したままだった。


(なんでこうなってしまったのかしら・・・)


ディアナは半ば自分自身に呆れながら、小さくため息をつく。ちらりと隣を見れば、未だに眉根を寄せたまま、優雅に紅茶のカップを傾けるアルヴァがいた。



「さっきの話だが」

「は、はいっ!!」


静かにカップを置いたアルヴァが話を切り出した。ディアナはびしっと背筋を正して大きな声で返事をする。


「・・・そんなに怯えた顔をするな」

「えっ?!で、ですが・・・!!」


自分はそんなに怯えた顔をしていたのだろうか。ディアナが思わず自分の顔を両手で包むと同時に、ふ、と笑い声が聞こえた。


「悪い。あまりにも意外でな。・・・人攫いすら怖がらないくせに」


口元に手を当てながら、アルヴァが面白そうに笑っている。

さすがに揶揄われているのがわかり、ディアナはじろりと隣のアルヴァを睨む。


「私だって、殿下はもっと寡黙な方だと思っていました」

「・・・あぁ、まぁ・・・」


ディアナがそう告げると、アルヴァはばつの悪そうな顔をして小さく咳払いをする。


「悪い。感情が昂るとどうしても、な。普段は気を付けているんだが」

「気を付けて・・・?普段は寡黙な振りをされているんですか?」

「・・・振りってお前・・・そんなつもりではないが。立場上、余計なことは言わないに越したことないだろ?いらん火種になることもあるしな」

「確かに・・・そうですね」


アルヴァの皇太子という立場上、常に人の目に晒される。それならば、言葉少なめになるのも仕方のないことだろう。


「・・・だが、お前には言わないと伝わらないということがわかった」


アルヴァは少しだけ困ったように微笑んで、ディアナを見詰める。

ディアナの心臓がとくりと小さく音を立てた。


「まずは、今回の件だ。お前のお陰で攫われた娘たちを無事に保護することができた。・・・感謝する」

「え・・・」


思いがけない言葉にディアナは目を瞠る。


「それと・・・お前にあんな怪我を負わせてしまってすまなかった」

「それは、私が勝手にしたことですから・・・!」

「それでもだ。守ると言って連れてきた以上、お前が傷つくのは俺の責だろう」

「そんなこと・・・」


アルヴァは戸惑うディアナの髪を一房掬い上げる。

そうして、それに小さく口付けた。


「はしたないなど、思うわけがない」

「・・・え?」


「街で会ったときも、今回も。お前が誰かを守ろうとして行ったことだ。その想いは尊ばれるべきもので、そんな言葉で否定されるものではない。・・・こっちとしては肝が冷えるし、行き過ぎだとは思うけどな」


アルヴァの大きな手がディアナの頬に触れる。

心臓がせわしなく動いて、うまく息が継げない。



「・・・ディアナ」



ぞくりと背筋が震えた。

漆黒の双眼がディアナを射貫くように見詰める。


「俺は、お前がいい。他にどんな見目麗しくて聡明な令嬢がいようが関係ない。お前だから、欲しいと思った。お前だから求婚したんだ」


言葉が継げず、戸惑うだけのディアナの頬をアルヴァの手が優しく撫でる。


「・・・嫌か?」


以前、同じことをアルヴァにも問いかけられた。ジーンにも同じことを聞かれた。


「・・・いや、では・・・」


ディアナはやっとのことでそれだけ口にする。嫌だとは思わない。出会ったばかりで、まだ互いのことなどほとんど知らない。それでも、不快な感情が一切ないのは確かだった。



(・・・こんなの、知らない)


心臓の音が煩くて、耳を塞ぎたくなる。

こうして触れられているだけで身体が痺れるような感覚になる。手先に力が入らない。呼吸がままならなくて、苦しい。


「・・・嫌じゃないんだな?」

「は・・・はい」


“前回”も、“今回”もアンセルに対してこんな気持ちにはならなかった。一緒にいるだけで心が安らいだ。その笑顔を見るだけで安心できた。辛そうな顔を見ると自分も辛かった。その憂いを拭ってあげたいと思った。大切だった。守りたいと思っていた。その温かさが、恋だと、愛だと思っていたのに。



「ならば、さっきのお前の言葉は聞かなかったことにする」

「は・・・はい?」


思わず間の抜けた声が出た。


「だから、嫌じゃないんだろう?それなら、先程のお前の婚約破棄の申し出は却下だ」

「こんやく、はき・・・?」


ディアナは急な話の転換についていけず、目を瞬く。


「さっき、俺には自分よりもっと相応しい令嬢がいる・・・そう言っただろ」

「え?あ・・・はい、言いました」

「どう聞いても、求婚への断りの台詞だろうが」

「・・・えっ!?」


(い・・・言われてみれば!!私、なんてことを・・・!!)


「そ・・・そういうつもりではなくて・・・!!」


自分は断って良い立場ではないのだ。それなのにも関わらずなんてことを言ってしまったのか。ディアナはそんなことを考えながら慌てて両手を振る。

そんなディアナを見ながら、アルヴァは愉快そうに笑う。


「そうだろうとは思ってたけどな」

「も、申し訳ありません・・・」


一頻り笑ったあと、アルヴァがディアナの身体を引き寄せた。

両腕を腰に回され、コツンと互いの額が触れた。


(ち、近い近い近い・・・!!)


互いの呼気すら届きそうな距離にディアナは思い切り目を瞑る。


「・・・嫌じゃないんだな?」


確認するように、アルヴァに問いかけられる。

さっきよりも少しだけ低い声に、また心臓が騒ぎ立てる。


「いやじゃ、ないです」

「俺の求婚を受けたのは、断れなかったからか?」

「それは・・・あります、けど」

「・・・けど?」


けど、なんだ。

そう聞かれたら、なんて答えたらいいのかがディアナにはわからない。

確かに自分の立場では求婚は断れなかったし、突然の求婚に戸惑いもした。

これから訪れる祖国の未来を変えるため、そのための選択。

だから、自分はアルヴァに嫁ぐ。そう考えて、そう決めて。

でも、それ以前に。

断ろうとは、思わなかった。



「ディアナ」


促すように名前を呼ばれて、ディアナは一言だけ絞り出す。


「・・・いやじゃ、なかったから・・・です」

「・・・うん」


どこか満足したようなその幼い返答に、少しだけディアナはほっとする。


するりとアルヴァの両手が離れる。同時に、額に何か柔らかいものが触れた。

それが何かわからずに、ディアナは少し離れたアルヴァの顔を見上げる。


「今はそれでいい」


アルヴァは満足そうにディアナに向けて微笑む。

その優しい微笑みに促されるように、ディアナは呟く。


「どうして・・・殿下は、どうして私を・・・?」


それが、聞きたかった。

どうしてこんな自分が選ばれたのか。ただ、それが聞きたかった。



「・・・以前、お前に渡したバラ」

「は、はい」


あの時だけでなく、婚約申し込みのときも、謝罪の手紙が来た時も、常に一緒に届けられていたバラ。


「花言葉、わかったか?」

「え・・・?」


(そういえばそんなことを言われたような・・・)


ふ、とアルヴァの顔が近づく。



「――――――」



耳元で囁かれた言葉に、一気に顔が赤くなるのがわかった。


アルヴァはそんなディアナを楽しそうに見やると、ソファにかけていたジャケットをもって立ち上がる。



「明日の道程について、護衛との打ち合わせがある」


惚けたままのディアナを置いて、アルヴァは扉に向かって歩き出す。



「俺は出るが、お前はゆっくりしていけ。その顔で部屋から出るなよ」


揶揄うようなその言葉に、ディアナは一言も言い返せず両手で顔を抑えて俯く。




「ディアナさま・・・大丈夫ですか?」


入れ替わりに部屋に入ってきたジーンにそう尋ねられるが、首を振ることでしか答えられない。

大丈夫ではない。まったくもって大丈夫ではない。



―――― 一目惚れだ



耳に残るその言葉が、なぜか零れていってしまうような気がして、ディアナはそっと耳を抑えた。


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