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月のない夜空に捧げる花  作者: Revy
1章
16/35

15話

結局、ディアナたちが出発できたのはあれから2日後のことだった。


『仕事の都合だ』とアルヴァは言っていたが、きっと自分の体調を気遣われたんだろうとディアナは思っている。あの日、ディアナが倒れてから目を覚ますまで、アルヴァはずっと付き添ってくれていたらしい。


ディアナは馬車に揺られながら、ぼんやりと考える。


どうして、そんなに気遣ってくれるのか。

自分のことを心配して、優しく触れて・・・抱きしめて。

婚約者、だから。

じゃあなぜ自分が選ばれたのか。

夜会で一言二言会話して、街中で出会っただけの自分を。



――― 一目惚れ



兄に言われた言葉が頭を過る。

それを打ち消すようにディアナは大きく頭を振る。


目の前で小さく笑う声が聞こえて、ディアナは顔を上げる。


「お顔、真っ赤ですよ」


そう指摘され慌てて両手で頬を抑えながら、ディアナはちらりとジーンを見る。



「・・・ねぇ、ジーン」

「はい」

「・・・アルヴァ皇太子殿下は、どう思われたかしら?」

「・・・何を・・・ですか?」


仮に、仮にだ。

兄の言うように一目惚れだったとしても。

普通、街中で暴漢を捕まえようという女を、娶ろうと思うものなのだろうか。

しかも、アルヴァには自分の令嬢らしくない趣味まで露呈している。

それも承知の上での求婚なのだろうが、挙句には人攫いと取っ組み合いだ。

内心、早まったと思われているのではないだろうか。


ディアナはそんなことを、言葉に詰まりながらもジーンに告げる。

ジーンは驚いたような顔をして、それから困ったように微笑む。


「それで、どう思われているのか、と?」

「だ、だって・・・普通は、淑やかな女性の方が好まれるでしょう?」

「そこは・・・人それぞれかと思いますけれど・・・」

「それに、一国の皇太子ですもの。隣国の単なる侯爵令嬢で、挙句に人攫い相手に大立ち回りするような女よ。身分も中身も見た目も、もっと相応しい方がいらっしゃるはずなのに・・・」

「・・・ディ、ディアナ様・・・?」


ジーンは驚いたような、呆れたような顔でディアナを見る。

そうして、悪戯っ子のように微笑んだ。


「直接、お伺いしてみたらどうでしょう?」

「聞く、って」

「ええ。その方がディアナ様もスッキリされるのではないですか?」

「そう・・・か。それもそうね」


ディアナにとって、2つ年上のジーンは姉のような存在だ。ジーンの母がディアナの家に勤めていたこともあり、幼い頃から一緒に過ごしてきた。こうして、ジーンが一緒に来てくれたことは、申し訳ないと思いつつもとても心強い。


「うん、そうね。きちんとお話してみるわ」

「ええ、それでこそディアナ様です」





気を取り直したらしいディアナを見て、ジーンは微笑む。

ジーンは、自分の仕える主が皇太子に見初められるのは当然だとまで思っているし、ディアナを選ばなかった自国の王子に腹を立ててもいる。

王太子妃候補として幼い頃より努力し続け、身につけたマナーや立ち振る舞い、聡明さや気高さ。ディアナ本人は激しく否定するが、外見だけでも見初められるには充分すぎる。ジーンだけでなく、ディアナの周囲の人間なら誰もがそう感じていただろう。表立って言うことはできないが、王都の民衆からは今回の婚姻を嘆く声もあった。


(本当にお嬢様は愛らしいわ・・・)


ジーンは目の前で頬を染めるディアナを見ながら、心の中で拳を握りしめる。


アンセルの婚約者となるため、努力し続けるディアナをジーンはずっと傍で見守ってきた。だが、そこにあるのはアンセルへの恋慕ではなく、どこか義務感に駆られた行動のように見えた。


それが今はどうだ。

物思いにふけっていたと思えば、突然頬を染めて両手を振り始めたり、そうかと思えば頬を染めて嬉しそうに微笑んだり。『相手が自分をどう思うか』など、アンセルのときには考えもしなかったはずだ。


アルヴァから婚約の話があった際、ジーンはディアナにこっそり聞いてみたのだ。

この婚約は決して断れるものではない。それでも、自分の主に苦しんでほしくはない。そんな思いから尋ねたジーンに、ディアナは頬を染めて呟いた。『不安ではあるけれど・・・嫌、ではないわ』、と。


そんなディアナの変化を、ジーンは心から嬉しく思う。

当の本人は、自分の変化にも自分の想いにも全く気づいていないし、その状況でアルヴァから向けられる想いに気づくはずもない。

大立ち回りで嫌になるぐらいなら、とっくに自国に戻しているだろうし、あんなに心配するはずもない。そう思うと少しだけアルヴァが気の毒になる。



「・・・ディアナ様、馬車は揺れますので。その少しだけ腰を浮かせる運動はどうかおやめください」

「あら。良く気づいたわね。スカートで見えないと思ったのに・・・さすがだわ、ジーン」


多少・・・いや、かなり行き過ぎた行動もある主だが、ジーンにとっては大切な人だ。

幸せになってほしいと、心から願う。


「宿についたら、殿下にお時間を頂けるよう従者の方にお願いしてみますね」

「そ・・・そうね、お願いするわ」


真っ赤な顔で俯く主を見て、ジーンはどのドレスにするかを考えた。







夕食後、アルヴァに時間をもらえることになった。

自室で夕食をとったのち、何故かジーンに身なりを整えられたディアナはアルヴァの部屋の前に立っている。


一緒に来てくれたジーンに励まされ、意を決して扉を叩くと中から返答する声が聞こえる。たったそれだけのことで、ディアナの心臓が大きく音を立てた。


大きく息を吸って扉を開けると、室内にはアルヴァと従者のエリックがいた。

エリックに案内され、広い部屋の中央にあるソファへと通される。


部屋の作りはディアナと同じだった。奥の扉が寝室で、浴室なども設置されている。ここも本当に豪華な宿だ。この自分の移動だけで一体いくらのお金がかかっているのだろう。そう考えると少しゾッとする。


ディアナがそんなことを考えているうちに、机に向かっていたアルヴァが立ち上がり、ディアナの向かいに座った。



「どうした?話があると聞いたが」

「お、お忙しいところお時間を頂いてしまって申し訳ありません」



ディアナは不機嫌そうな顔のアルヴァの顔をちらりと見る。この不機嫌な顔がアルヴァの通常状態なのだというのは、なんとなくわかってきた。


「いや、別に構わない。何かあったのか?」


アルヴァの片眉が少しだけ上がる。そんな顔でも美しく見えるのだから驚きだ。

ディアナは軽く深呼吸をして、思い切って顔を上げる。


「あの・・・皇太子殿下はなぜ私を選ばれたのですか?!」

「・・・は?」


アルヴァが呆気にとられたような顔でディアナを見る。


(あ、あれ?!私、これを聞きたかったんだっけ?)


何を話すかはジーンと何度も確認した。さっきまでは覚えていたのに、いざアルヴァの顔を見るとディアナの頭は真っ白になってしまった。



「・・・それを聞きにきたのか・・・?」


目の前のアルヴァは少し困ったように眉根を寄せる。

その表情に、ディアナの焦りが更に募る。



「わ、私、人攫いの一味を壊滅させてしまいました!!」

「あ、ああ。そうだな」


アルヴァは戸惑ったまま相槌をうつ。


「アルヴァ皇太子殿下にお会いしたときも、とてもはしたない恰好で・・・その、いくら人攫いと言えど殿方を斬りつけましたし、殴りましたし蹴りました」

「・・・ああ、あれだけの人数を一人でな・・・」


どこか遠い眼をするアルヴァに気づかず、ディアナは話続ける。


「街でお会いしたときも、私、思い切り殿方を蹴りつけていました。挙句に、あのようなものまで殿下に見られ、とても淑女らしくない趣味まで知られてしまって」

「別に、趣味は気にしていないが・・・」

「私、ちっとも淑女らしくなくて、はしたないところばかりお見せしています。・・・その、自分が殿下の婚約者として相応しいとは思えないのです。殿下は聡明な方だと伺っております。こんな隣国の侯爵令嬢如きのはしたない女ではなく、もっと聡明な殿下に相応しい女性がたくさんいらっしゃるのではないかと・・・!!」


ぴしり、とアルヴァの表情が凍り付いたような気がした。

ジーンが額を抑えて小さく首を振っている。


「・・・ディアナ=ウォレス嬢」

「は、はい・・・!!」

「明日には、王都につく」

「は、はい。存じております」

「この時機でそれを言うか・・・」


アルヴァは顔の前で手を組んで微笑む。


「わかった。よーくわかった。性急に話を進めた俺が悪いな。確かにゆっくりと話す時間もなかったし、誤魔化していたのも俺だ。さすがにそこは察しろと心から思うが、まったく伝わっていなかったことが今のでよくわかった。心から謝罪しよう」

「え・・・?あ、はい・・・」

「王都に着く前に、じっくりと腰を据えて話し合う必要があるな。これからのためにも大切なことだ。このまま時間をもらうが、かまわないな?」



目の前の男は微笑んではいるが、明らかに内心はそうではない。

怒りのオーラをひしひしと感じながら、ディアナは頷いた。

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