14話
差し込む光を瞼に感じ、ディアナはゆっくりと目を開ける。
「ここは・・・」
ディアナは瞬きをして、周囲を確認する。
「まだ寝てろ」
「いたっ」
起き上がろうとした途端、額をパチンと叩かれる。
こういうとき別に痛くはないのに、反射で痛いと言ってしまうのはなぜなのだろう。
「・・・殿下」
肩を押されて、ポスンとベッドに戻される。
「治療は済んでる。傷は癒えているはずだ。ただ、休まんと血は戻らん。寝てろ」
(そうか、血を流しすぎて・・・)
ディアナはぼんやりと倒れるまで出来事を思い出す。
「で、殿下!!あの女性たちは・・・!!」
勢いよく起き上がった瞬間に、ディアナの視界がぐらりと揺れる。
ふらついた身体は、アルヴァの腕で支えられた。
アルヴァはディアナの身体を支えたまま、ベッドに腰掛ける。
そしてディアナの頭に手を回し、自分の胸元に引き寄せた。
「人の心配をしている場合か」
「ですが・・・私、迎えに行くと約束したのです」
「問題ない。騎士団で保護し、無事に家に送り届けている。心配はいらない」
「あの、氷の壁は・・・?」
「俺が溶かした」
「・・・・・・」
ディアナとしては結構な力作だったのに、あっさり溶かされるのは結構な衝撃だ。
(でも・・・)
ディアナは自分の魔力をアルヴァが相殺したことを思い出す。
魔力量も残り少なかったとはいえ、血を媒体にして放った分、それなりの威力だったはずだ。しかし、アルヴァは難なくその魔力を相殺した。しかも、あの一瞬で。
(やっぱり、相当にお強いのね・・・)
ディアナは腕の中から、アルヴァの顔を見上げる。
そう、腕の中から。
「で、殿下、距離が近いです・・・!」
「抱きしめているんだから当然だろう」
「だっ・・・!?」
背中に回された腕に力が籠められる。
ディアナはアルヴァの胸元を押してみるが、後頭部を掴まれて思い切り抱え込まれているせいかまったくびくともしない。
「・・・心配させすぎだ」
「・・・え?」
「野盗を追って駆けまわていた際に、お前がいなくなったという報告を受けた。それだけでも肝が冷えたというのに・・・だからといって任務を放ることもできず、行ってみた先で血みどろになって立っているのを見掛けたときは、一瞬頭が真っ白になった」
「う・・・」
確かにひどい有様だっただろう。ドレスは両袖が割け、ついでにスカートも切り裂いていた。返り血やら自分の血やら泥やらで、酷い恰好だったのは想像がつく。
「そうかと思えば、傷だらけのまま胸に飛び込んでくるから、さすがに恐ろしかったのかと思えば真っ青な顔で倒れるときた」
「特段、恐ろしくはありませんでした」
「・・・・・・そうだろうな」
アルヴァはどこか投げやりな口調でため息をつくと、すっとディアナから身体を離す。
「にゃっ!!」
「にゃってなんだ」
頬をつねり上げられて、思わずディアナから妙な声が出る。
「何か俺に言うことがあるだろう?」
(怒ってる!!)
目の前の美丈夫は微笑んではいるものの、明らかに怒りのオーラを纏っていた。
(何か・・・言うこと?)
ディアナが口を動かすと、つねり上げていたアルヴァの手が緩む。代わりに、その大きな手が頬に添えられた。
「・・・任務を横取りして申し訳ありません」
「そんなわけあるか」
「何も言わずにいなくなって申し訳ありません」
「攫われて来ます、とでも言うのかお前」
ザクザクと突っ込んでくるわりに、ディアナの頬を撫でる手は優しい。
「・・・ご心配、を」
「・・・ん」
言葉につまったディアナの続きを促すように、アルヴァの親指がディアナの唇を撫でる。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「・・・うん」
どこか幼い相槌をうったアルヴァに、ディアナは再度抱きしめられる。
「俺は、お前を守ると言った」
なんとなく抵抗できず、ディアナは目を閉じてその声を聞く。
「だが、俺の目の届かないところで自ら危険に飛び込まれると、守るものも守れない」
「・・・はい」
それはその通りだ。“前回”騎士だったディアナもそれは充分に理解している。
守るべき対象は、自分の眼の届く範囲にいてもらわねば、守れない。
「まぁ、あれだけのことができるんだ。お前は自分の身ぐらい自分で守れるんだろうが・・・それでも俺はお前を守りたいと、そう思う」
ディアナにとっても不思議だった。
自分の身くらいは自分で守れる。単なる趣味でもあるが、そのために様々な鍛錬を積んできているのだ。
そして、自分は手の届く範囲なら、周囲の人間も守ることができるだろう。
それなのに、アルヴァの告げる『自分を守る』という言葉を否定する気にはならない。
自分は守られたいと、そう思っているのだろうか。
―――なによりも。
ディアナは腕の中で顔を上げて、漆黒の相貌を見上げる。
「・・・どうして?」
「ん?」
「どうして殿下は、そんな風に言って下さるんですか?」
自分がそんな人間だということもわかった上で、なぜアルヴァが自分を守りたいと、そう言ってくれるのか。
婚約者、だから。ならば、なぜ自分を婚約者に選んだのか。
「・・・お前なぁ・・・」
アルヴァは半ば呆れたような顔でディアナを見る。
そうして、本日何回目かになる大きなため息をつく。
「あーもうわかった。もういい。とにかく、ここから王都までは俺もこのまま同行するからな」
「へ?」
急な話の転換に、ディアナの頭がついていかない。
質問したのはディアナなのに、アルヴァは何がわかったというのだろうか。
しかもどんどん口調が崩れていっている。
「幸い、お前のお陰で任務が終了したからな。後処理もそれなりにあるが、まぁなんとかなるだろ」
「で、殿下?」
置いてきぼりのディアナをそのままに、アルヴァはすっと立ち上がる。
「今回のことで、お前から目を離すのがどれだけ危険かよーくわかった。王都に着いたらお前の警護は改めて見直さないとな」
アルヴァはそう言いながらスタスタと扉に向かって歩く。
「俺はこれで退室するから・・・」
アルヴァはかちゃりと扉を開ける。それはもうこれでもかというくらいの微笑みを浮かべて。
「俺以上にお前を心配していた侍女と、ゆっくり話でもしてくれ」
扉の前にいたのは、またしてもいい笑顔を浮かべたジーンだった。
「・・・おかえりなさいませ、お嬢様」
来るであろう怒号に備えて、ディアナはベッドの中に潜り込んだ。