10話
―――どこの国にも、このような輩はいるものだな
(そっくりそのままお返ししますわ、殿下)
以前聞いたその言葉を思い浮かべて、ディアナは心の中で言い返す。
半ば引きずられるようにして連れてこられた薄暗い窟の中では、同年代ぐらいの女性たちが身を寄せ合うようにして泣いていた。
ディアナが見掛けたのは、今まさに少女が拐されようとしていた現場だった。
その現場に突然現れたディアナを、慌てた男たちは少女と同じように縛り上げ、粗末な荷馬車に積み込んで隠れ家であろう洞窟まで連れてきた。
「これで全部か?」
「あー。手違いで一人増えちまってる」
「何?!周囲に気づかれてないだろうな」
「声をあげる間もなく連れてきたから、大丈夫だろ」
(随分と杜撰だこと)
ディアナは扉の前で話し始めた男たちを眺めながら考える。
口は塞がれていても、目隠しはされなかったので荷馬車の後ろから空を眺める余裕があった。だから、攫われた地点から、洞窟までの方角はなんとなくわかっている。
攫われた女性たちは、10数人ほどいた。
これだけの人数をよくもまぁ攫ってきたものだ。
沸々と湧いてくる怒りを抑えながら、ディアナは男たちを見やる。
扉の前で話すのは4人。うち3人は、ディアナたちを攫ってきた男たちだ。商人のような服装をしているが、変装のようなものなのだろう。
後から来た男は、いかにも野盗というような粗雑な服装をしている。
男たちの話では、どうやらこれからどこかの貴族様に売られ、なんとも悲惨な生活が待っているらしい。そのためにあちこちの村や街から攫ってきたそうだ。投げかけられる男たちの下卑た言葉に、女性たちがさめざめと泣き始める。
洞窟の入口から、閉じ込められた牢までの道のりはそう遠くない。それでも、この人数を逃がすのは難しいだろう。相対する男たちの人数がわからない以上、女性たちを危険に晒すような方法はとるべきではない。
(もう少し時機を待った方がいいかしら)
ディアナがそんなことを考えている間に、男たちの品の無い演説は終わったらしい。げらげらと笑い声を立てながら、扉を開けて出ていく。
最後の一人が、忘れていたと言わんばかりに中へ戻り、入口付近に置かれた香炉のようなものに火を点す。
「心配しなくても、今に気分がよくなるぜ。喜んで攫われようって気になるさ」
男は下品に笑いながらばたんと大きな音を出して扉を閉める。ややしばらくして、鍵を閉めたらしい音がした。
(呑気なことは言ってられないわね)
ディアナは縛られた縄を解いてすっくと立ち上がる。隣に座っていた少女が驚いたような目でディアナを見上げた。ディアナはかまされていた布を外し、少女に向けて微笑む。
そのまま布で口元を抑えながら、足音を立てないように香炉に近づく。
独特な匂いのするその黒褐色の塊は、神経を抑制する効果があり、強い陶酔感をもたらす。いわゆる麻薬だ。
ディアナが香炉に向けて右手をかざす。
甲高い音を立てて香炉が凍り付いた。
そのまま女性たちに近づき、口を抑える布を取り、手を縛っていた縄を凍らせて外す。それだけでも少しだけ女性たちの表情が和らいだ。
「これで全員かしら?」
小声で尋ねるディアナに、数人の女性が首を振る。
「・・・あなたたちが来る前に、ひとり連れていかれたの」
ディアナはにっこりと微笑んで、女性たちに壁際に集まるように指示を出す。
ディアナが両手を翳して呟くと、女性とディアナを隔てるように氷の壁が現れた。
強度を確かめるように、ディアナは軽くその壁を叩く。
「この中にいてくれれば、あいつらも貴方たちに手出しできないわ。・・・少し肌寒いかもしれないけれど」
ディアナは右手に意識を集中して、氷の剣を創り出す。
そして、ドレスを思い切り縦に割いた。
女性たちは呆気にとられたような表情でディアナを見詰める。
「あ・・・あなたはどうするの?」
さっき答えてくれた女性だ。結構気丈なのかもしれない。
ディアナはにっこり微笑んでから、入口のドアを思い切り蹴飛ばす。
金属部分を凍らせていたので、呆気ないほど簡単に扉が外れた。
「ちょっとここを制圧してきます。必ず迎えに来ますから、待っていてくださいね」
女性たちにそう告げて、ディアナは牢を飛び出した。