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楽園の果実を巡る小さな戦い  作者: シャルル
8/8

終章~そして超越者の後語り~

これで終わりです。拙筆に付き合っていただきありがとうございました。

 香澄が目を覚ました。

 ちょうどその時枕元で本を読んでいた洋は、驚きのあまり変な声を漏らしてしまった。

 香澄はゆっくりと体を起こし、それから周りを見回す。

「あれ? 私、どうして病院で寝てるんだろう?」

 そして洋の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。

「同じクラスの仇村君だよね? お見舞い、に来てくれたんだよね?」

 洋君と言ってくれないことに一抹のさみしさを覚えつつも、洋は無理に笑顔を作る。

「そうだよ。伊吹さん。クラスの皆が伊吹さんが戻ってくるのを待ってるよ」

 すると、香澄の方が少し悲しそうな顔をした。

「……なんで気づかないかなあ……」

「え?」

「私のこと守ってくれるんなら、私の細かい変化にも気を遣ってよ、洋君!」

「……え?」

 洋の呼吸が止まった。思考が纏まらない。

「あれ? だって、記憶がなくなったんじゃ……」

「私もその覚悟だったんだけど、二回目だからかしら、少し『天啓』とのつきあい方が分かってきたのよ。具体的には、『天啓』で得た情報を覚えておくのを止めたの」

 確かに前回、『全知全能(アカシックレコード)』で得た『伊吹光太郎が死ぬ未来』という情報を香澄は保持したままだった。今回はそれを全て忘れることで記憶の損失を防いだというのだ。

「だから、サラさんの『天啓』の弱点とか、あとは他にも重要なことを言ったとは思うんだけど、何言ったのかは覚えてないのよ」

 香澄の言葉のほとんどを洋は聞いていなかった。ただ香澄が自分を覚えてくれていることが嬉しくて、それどころではなかったのだ。

 洋は、香澄を抱きしめた。

「ち、ちょっと、洋君!」

「よかった、本当によかった……」

 香澄は暫く困惑していたが、やがて香澄の方からも遠慮がちに抱きしめ返してきた。

「私、怖かった……」

「…………」

「洋君のこと忘れちゃうと思ったら、怖くてたまらなかった……」

「……香澄さん」

「……怖かったんだから!」

 それから香澄は堰が切れたように泣き出した。洋は静かに香澄を抱きながら、二度とこのような思いを香澄に味あわせたくないと思うのだった。


 香澄が泣き止んだ後、二人は手早く荷物をまとめて病院、いや、旧病院を後にした。旧、というのは、沙羅との戦いで随分と派手に病院を壊してしまったため、病院の移転が決まったからだ。何カ所も床の抜けた二階や、吹き飛んだがれきで滅茶苦茶になった一階は特に酷い有様だった。

 駅へと向かう道中、洋が言った。

「ちょっと寄っていきたいところがあるんだけど」


 それから三時間もかけて二人が向かったのは、住宅街の一角にある更地だった。ロープが張られ、売地の看板が立っている。

「ここは?」

 香澄が聞くと、洋は曖昧に笑ってごまかした。

 そこは、沙羅の生家があったところだった。組織に入って以降、沙羅はそちらで生活していたため、戻ってくることは無かったらしいが、彼女は常にここに戻りたいと願っていた。

 洋がこの場所を知ったのは、組織の秘密基地に神の手がかりを求めて戻った時だった。空間を広げていた『天啓』が解けたからだろう。中は酷い有様になっていた。もともと空間許容量を大きく超える物があったのだから、あるべき姿に戻ったというべきか。

 辺りに散乱しているものの中に、かなりの量の便せんがあった。切手も貼ってあり、住所も書いてあるのに、郵便局の受領印がない。不審に思って中を見ると、それは沙羅の手紙だった。

 両親に向けて書いたものの、組織のことを知られるわけにもいかず、投函できなかったのだろう。そもそも『知恵者』になったことで、姿を消した時に沙羅の記憶は両親から消え去っているはずだ。それでも、書かずにはいられなかったのだろう。洋はそれを読むことなく、封筒に戻した。

 その封筒に書かれていた住所が、この目の前の更地というわけだ。

 洋はかばんから、持ってこれる限りの沙羅の手紙を取り出した。それからリンゴを一つ出すと、更地に備えた。

 このリンゴは、病院に戻った時に沙羅から回収したものの一つだ。

 単なる感傷に過ぎないのかもしれないが、洋にはそうする必要があると感じた。

 洋は静かに手を合わせる。不思議そうな顔をしながら、香澄もそれに習った。

「どうか、安らかに」

 洋の呟きは風に乗って、どこかに届いた、のかもしれない。


 さて、これでお話は終わりだ。

 めでたしめでたしとはいかなかったのかもしれない。そもそもお話として成り立っていたかどうかも怪しいくらいだ。

 なぜなら冒頭でも述べた通り、これは果てしない前日譚と後日談に支えられているのだから。

 もちろん、消えていった数々の人物によってもね。

 読者の諸君はどれほど彼らのことを覚えているだろう?

 全部覚えている? それとも、すっかり忘れてしまったかな?

 どちらがいいのか、どちらが正しいのか。そんなことは私にはわからない。決めようとも思わない。

 ただ、ほんの僅かでも、彼らの輝きが諸君の胸に響いたなら、それだけでも覚えていて欲しいとは思う。

 それがこの傲慢な神の願いさ。

                                            〈了〉

サブタイの超越者とは、神のことです。今考えましたが、作者が言うのだから間違いありません。

面白い、つまらない、こうした方が良い、こうしない方が良い、その他諸々、感想頂けると非常に有難いです。評価の星を付けていくだけでも感謝感激雨あられです。創作活動で一番辛いのは反応が無いことなので。

よろしくお願いいたします。

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