終章~そして超越者の後語り~
これで終わりです。拙筆に付き合っていただきありがとうございました。
香澄が目を覚ました。
ちょうどその時枕元で本を読んでいた洋は、驚きのあまり変な声を漏らしてしまった。
香澄はゆっくりと体を起こし、それから周りを見回す。
「あれ? 私、どうして病院で寝てるんだろう?」
そして洋の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。
「同じクラスの仇村君だよね? お見舞い、に来てくれたんだよね?」
洋君と言ってくれないことに一抹のさみしさを覚えつつも、洋は無理に笑顔を作る。
「そうだよ。伊吹さん。クラスの皆が伊吹さんが戻ってくるのを待ってるよ」
すると、香澄の方が少し悲しそうな顔をした。
「……なんで気づかないかなあ……」
「え?」
「私のこと守ってくれるんなら、私の細かい変化にも気を遣ってよ、洋君!」
「……え?」
洋の呼吸が止まった。思考が纏まらない。
「あれ? だって、記憶がなくなったんじゃ……」
「私もその覚悟だったんだけど、二回目だからかしら、少し『天啓』とのつきあい方が分かってきたのよ。具体的には、『天啓』で得た情報を覚えておくのを止めたの」
確かに前回、『全知全能』で得た『伊吹光太郎が死ぬ未来』という情報を香澄は保持したままだった。今回はそれを全て忘れることで記憶の損失を防いだというのだ。
「だから、サラさんの『天啓』の弱点とか、あとは他にも重要なことを言ったとは思うんだけど、何言ったのかは覚えてないのよ」
香澄の言葉のほとんどを洋は聞いていなかった。ただ香澄が自分を覚えてくれていることが嬉しくて、それどころではなかったのだ。
洋は、香澄を抱きしめた。
「ち、ちょっと、洋君!」
「よかった、本当によかった……」
香澄は暫く困惑していたが、やがて香澄の方からも遠慮がちに抱きしめ返してきた。
「私、怖かった……」
「…………」
「洋君のこと忘れちゃうと思ったら、怖くてたまらなかった……」
「……香澄さん」
「……怖かったんだから!」
それから香澄は堰が切れたように泣き出した。洋は静かに香澄を抱きながら、二度とこのような思いを香澄に味あわせたくないと思うのだった。
香澄が泣き止んだ後、二人は手早く荷物をまとめて病院、いや、旧病院を後にした。旧、というのは、沙羅との戦いで随分と派手に病院を壊してしまったため、病院の移転が決まったからだ。何カ所も床の抜けた二階や、吹き飛んだがれきで滅茶苦茶になった一階は特に酷い有様だった。
駅へと向かう道中、洋が言った。
「ちょっと寄っていきたいところがあるんだけど」
それから三時間もかけて二人が向かったのは、住宅街の一角にある更地だった。ロープが張られ、売地の看板が立っている。
「ここは?」
香澄が聞くと、洋は曖昧に笑ってごまかした。
そこは、沙羅の生家があったところだった。組織に入って以降、沙羅はそちらで生活していたため、戻ってくることは無かったらしいが、彼女は常にここに戻りたいと願っていた。
洋がこの場所を知ったのは、組織の秘密基地に神の手がかりを求めて戻った時だった。空間を広げていた『天啓』が解けたからだろう。中は酷い有様になっていた。もともと空間許容量を大きく超える物があったのだから、あるべき姿に戻ったというべきか。
辺りに散乱しているものの中に、かなりの量の便せんがあった。切手も貼ってあり、住所も書いてあるのに、郵便局の受領印がない。不審に思って中を見ると、それは沙羅の手紙だった。
両親に向けて書いたものの、組織のことを知られるわけにもいかず、投函できなかったのだろう。そもそも『知恵者』になったことで、姿を消した時に沙羅の記憶は両親から消え去っているはずだ。それでも、書かずにはいられなかったのだろう。洋はそれを読むことなく、封筒に戻した。
その封筒に書かれていた住所が、この目の前の更地というわけだ。
洋はかばんから、持ってこれる限りの沙羅の手紙を取り出した。それからリンゴを一つ出すと、更地に備えた。
このリンゴは、病院に戻った時に沙羅から回収したものの一つだ。
単なる感傷に過ぎないのかもしれないが、洋にはそうする必要があると感じた。
洋は静かに手を合わせる。不思議そうな顔をしながら、香澄もそれに習った。
「どうか、安らかに」
洋の呟きは風に乗って、どこかに届いた、のかもしれない。
さて、これでお話は終わりだ。
めでたしめでたしとはいかなかったのかもしれない。そもそもお話として成り立っていたかどうかも怪しいくらいだ。
なぜなら冒頭でも述べた通り、これは果てしない前日譚と後日談に支えられているのだから。
もちろん、消えていった数々の人物によってもね。
読者の諸君はどれほど彼らのことを覚えているだろう?
全部覚えている? それとも、すっかり忘れてしまったかな?
どちらがいいのか、どちらが正しいのか。そんなことは私にはわからない。決めようとも思わない。
ただ、ほんの僅かでも、彼らの輝きが諸君の胸に響いたなら、それだけでも覚えていて欲しいとは思う。
それがこの傲慢な神の願いさ。
〈了〉
サブタイの超越者とは、神のことです。今考えましたが、作者が言うのだから間違いありません。
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