第5話 JK彼女
「遥?」
寝室に向けて声をかける。いやな予感が徐々に膨れ上がってくる。
遥からの返事は返ってこない。
さっき寝室に向かったばっかりだ。返事くらいはしてくれると思うが……。
恐る恐る寝室の扉を開けるとまだ明かりはついたままだ。そしてベッドの手前には横たわる人影が――
「遥!」
慌てて駆け寄り遥を抱き起す。
「はるか!」
声をかけるが反応がない。頬を叩いてみるがやはり反応がない。
なんで反応してくれないんだ!
「返事してくれ!」
声をかけ続けるが何をどうしたらいいかわからない。なんで遥が倒れてるんだ? いきなり倒れて意識不明ってまずくないか?
「き……、救急車!」
ハッとして手に持っていたスマホの電源を入れてみるが、ディスプレイはうんともすんとも言わない。
「なんでだよ!」
思わずスマホを投げつけそうになったが、そういえば電池が切れたんだと思い至る。慌てて寝室にあったケーブルをつなげて充電すると、充電ランプが点灯した。胸をなでおろしながらも電源ボタンを押すと、起動時のロゴがディスプレイに表示される。
「……拓海、さん」
すると遥の声が後ろから聞こえてくる。
「遥! よかった……!」
「ごめんなさい。私……倒れちゃったみたいで……」
「大丈夫? ……立てる? 痛いところとかない?」
上体を起こす遥を支えながら、今の状態を確認していく。そのままゆっくりと立ち上がるとベッドへと寝かせる。
「うん、大丈夫」
「本当に? ……明日一緒に病院行こうか?」
「ホントに、大丈夫」
何度も問いかけるけど大丈夫と言い張る遥。本当に大丈夫なんだろうか。目の前で倒れられるなんて今までないから、すごく心配だ。
「……病気じゃないから」
「えっ?」
どういうこと? 病気じゃない? ……貧血になる女性は多いって聞いた気がするけど、そういうことじゃないのかな?
「私は…………『JK彼女』だから」
遥からその言葉を聞いた瞬間、怖くて聞けなかったことが現実となって襲い掛かってきた。
スマホアプリ『JK彼女』から出てきた遥は、やっぱりスマホアプリなのか。
以前買い物に行ったとき、疲れたと言っていたのは遊びすぎたからじゃなかったのか。
スマホの電池が切れて終電で帰ってきたときも、本当は倒れたんじゃないんだろうか。
今も……、スマホの電池が切れたから倒れたんじゃないだろうか。
「遥……」
言葉と共に視界がにじんでくる。
嫌だ。遥がいなくなってしまうなんて嫌だ。どうしたらいい? どうしたら遥と一緒にいられるんだ? スマホのバッテリーが劣化してるのがダメなのか? 機種変すれば、電話番号が同じならスマホが変わっても続きから……!
そうだ! それしかない!
「遥、ちょっと待ってろ! すぐ戻ってくるから!」
財布だけを掴むと充電しているスマホはそのまま家に置いて、俺は家を飛び出す。この時間ならまだ家電量販店は開いているはず。
自転車を飛ばしてSIMフリースマホを購入すると、即座に家へと道を急ぐ。
リビングを通り抜け、遥がいる寝室へと転がり込む。
「遥! スマホ買ってきたぞ! もうこれで大丈夫だ!」
まったく根拠はないが、もはやこれにすがるしかない。薄目を開けてかすかにほほ笑む遥を前に、買ってきたばかりのスマホを開封してSIMカードを入れ替える。初期設定にかける時間にイライラしながらも、『JK彼女』のアプリをダウンロードする。
「ほら、遥!」
画面を見せるがいつの間にか遥が何も反応を返さなくなっている。
「はは……、起きてくれよ……」
頬を撫でて呼びかけるも反応がない。
「なぁ……、目を覚ましてくれよ。……頼むよ」
何がダメだったんだろうか。
ここ数日間、楽しかった遥との思い出が駆け巡ってくる。遥の作ってくれたご飯がおいしかったこと。他愛のない会話も話が弾んだこと。仕事の愚痴も聞いてくれたし、休みの日にも二人で遊びに行った。
俺はすごく楽しかったんだ。俺は……。
俺は、彼女に何かを返せていたんだろうか。俺ばっかりが彼女に癒してもらってたんじゃないだろうか。どうして彼女は俺の元に来てくれたんだろう。どうして、今は返事をくれないんだろう。
どうして……。
「はるかぁ……」
まったく反応を見せない遥へとすがるように顔を寄せる。涙があふれて止まらない。どうしてこんな俺のところに来てしまったんだろう。
こんなことなら最初から『JK彼女』なんてやるんじゃなかった。
何もわからないまま時間だけが過ぎていく。
『JK彼女』を起動した新しいスマホの画面には、『データの引継ぎができませんでした』と表示され続けていた。
カクヨム版は結末が異なったりします。