8話 ラブ波 P
8月某日。
今日はフリーバッティングである。
バッティングマシン2台と手投げ(バッティングピッチャー)の三ヶ所。
守備は各ポジションに数名がつき、交代で打球を取る。
メインはバッティング練習だが、守備練習もサブとして同時に行うということである。
「ばっちこーい!」
声出しに定評のあるひなが、人一倍、グラウンドの雰囲気を盛り立てている。
「へーい、ピッチャービビってるー!」
「煽んな!」
ストライクが入らなくてイライラしているバッティングピッチャー(アリア)に怒られてしまった。
余計なことを言ってしまうこともある。
ボールと声があちこちに飛び交う中、突然、グラウンドが大きく揺れた。
地震だ。
「マシンから離れて! ケージからも!」
牧歩の指示が通る。
部員は倒れる危険のあるものから離れ、自然、近くにいた数名でかたまってしゃがみこんだ。
ひなは一塁ベース付近にいる。
いつの間にか、ライトを守っていたレイラがひなの手を握っていた。
「……ひなさん、て、ください」
「いつのまに」
ひなは手を握り返す。
「レイラちゃん、もしかして地震こわいの?」
「怖くなんてないです」
「じゃあ、この手はなんなのさ」
「うるさいです」
本当に怖がっているのか、身も蓋もない答えが返ってきた。
「おっきかったな〜」
そこにセンターを守っていたうらがやってきた。
レイラはうらを一瞥し、苦い顔になった。
「なんでうらさんがここにいるんですか。外野でしょ」
「ひなの乳を見にきたんよ。どんくらいゆれるんかなぁて」
ひなは苦笑いである。
「ゆれないよ」
「なんや、残念」
そう言いながら、ひなの胸をつついて揺らしている。
レイラはうらを煙たがっているようである。
「屋外で地震が来たらむやみにその場を動かないことです。危ないからさっさと戻ってください。死んでしまいますよ」
「戻るんはおかしいやろ! だいたいレイラも動いとるやんか」
「私はいいんですよ」
「なんでやねん!」
すると、うらはニヤリと笑い、煽るような口調でレイラに問いかけた。
「なんやぁ、もしかしてレイラちゃんは地震が怖いのかなぁ〜?」
「ちっ……。死ねばいいのに」
辛辣な言葉を吐き捨てる。
ふと、うらが真面目なトーンになった。
「ほんで、これはあれなんか。なんやったっけ、S波?」
「P波」
ひなが訂正する。
「そう、それや。おっきかったわりに急にゆれたやんか」
「いや、たぶん本震だと思うけどさ」
「じゃあもう大丈夫なんか」
「まだわかんないよ。余震もあるし……」
言い終わるや否や、またも大きな揺れが訪れた。
「キャっ!」
短い悲鳴をあげ、レイラはひなにしがみついた。
腰に手をまわし、胸に顔をうずめる。
揺れはすぐにおさまった。
「ムフフっ」
うらがニヤニヤしている。
「かわいい声出すやんか〜。カラダは正直やなぁ、ん〜?」
「……死んでほしい」
涙目になりながらつぶやく。
羞恥のせいなのか顔を赤くして、ひなの胸を握りしめている。
「イタイイタイイタイッ! レイラちゃん!」
それからしばらく様子を見ていたが、すぐに一つの小さな余震が続き、やがて揺れはおさまった。
牧歩がひなたちのもとにやってきた。
スマホで情報を確認している。
「けっこう震源地が近かったみたい。とりあえずは大丈夫らしいけど、余震はまだあるかもしれないらしいわ」
「どうするの?」
「交通機関にもそこまで影響はないみたいだし、家族に連絡を取らせたあとに練習は続けるわ。どっちみち、今は電車も止まってるしね」
「そっか」
「それでね。ひなちゃんにはもう上がってもらって、寮の確認をしてもらいたいのよ」
「あれ、でも監督いるんじゃない? けさ帰ってきてたでしょ」
「だからよ〜。監督に何かあったら……」
「ああ、そういうことね」
監督は間違いなく二日酔いで寝ている。
おそらくこの揺れでも起きてこない。
何かの下敷きになっていたり、万が一、ガスが漏れたり火事になったりしていたら大変だ、ということである。
「大丈夫だとは思うんだけどね……」
牧歩は心配しているが、部員に指示をださなければならないためグラウンドを離れることができない。
「ひなちゃん、誰か一緒に連れて帰ってね。一人だと心配だから」
「わかった」
「私が一緒に帰ります」
レイラが手をあげた。
「いや、ここはウチが!」
うらも手をあげる。
「うらちゃんは練習よ〜」
「なんでやのん!」