7話 特訓
8月某日。
全体練習後の自主練習では様々な取り組みが行われる。
仲間を募って守備連携やフリーバッティングをする選手。
個人で筋トレやランニングにいそしむ選手。
いつものパートナーといつもの練習をする選手。
早く帰る選手。
ホームベース付近に数名の選手が集まっている。
ひな、アリア、レイラ、そしてノックバットを持ったうらの4人である。
「ええか、ファーストもサードも、ボールをうしろにやらんことがイチバン大事や」
「そうだね」
「そこで、ウチが新しい練習を考えた」
「それは?」
「ここにお前らのスマホがある」
そう言って二つのスマホを取り出した。
ひなとアリアのものである。
「油断したっ!」
ひなは自分のスマホから目を離したことを悔やんでいる。
「それをどうするつもりだ」
アリアが話の続きを促す。
「お前らにはこれを守ってもらう。ウチがスマホめがけて打つから、その打球から身を呈して守るんや」
「やだよ!」
「面白そうじゃないか」
「なんで! アリアはバカなの⁉︎ …………あっ」
「ものは試しや。それに、成長に犠牲はつきものやで」
うらはスマホをセットし、二人を守備につかせる。
「レイラもやるんよ」
うらはもう一つスマホを取り出した。
それをホームベース前に置く。
「なっ⁉︎」
「バックホームはキャッチャーの構えたところに投げなあかん。腰あたりやな。もちろんノーカットやで」
「……あとで覚えておいてくださいよ」
準備は整った。
「ほないくでー」
うらァっ!
半分冗談のような叫び声とともに鋭い打球がアリアに向かって飛ぶ。
「まだまだ!」
荒い言動とは裏腹に、柔らかいグラブさばきでボールをつかむ。
「やるのぉ」
「これくらいなら余裕だな」
「わかった。ウチはノックバットじゃこれ以上強い打球、打たれへん」
金属バットに持ち替える。
「ちょっとまったぁ!」
ひなが言い立てる。
「じゅうぶん速いって! わたしはそれでいいよ」
「この練習はギリギリでやらな効果が出んのじゃ」
「いやギリギリだよ! その子と一緒にしないで頭おかしいからっ」
アリアを指差して訴える。
「じゃ、いくで〜」
「オニ!」
罵倒しながらも構えるしかない。
ひとつ間違えばスマホが粉々になってしまう。
画面がひび割れるだけでは済まない。
キィンッ!
甲高い金属音が鳴る。
音が消える間も無く、打球は目の前に来る。
「おわぁっ!」
間一髪。
ボールは弾いてしまったが、スマホを守ることには成功した。
「ひなぁ。そんな『マッショウメン』入ったら取れるもんも取れへんよ」
「るっさいばか!」
「ほんなら、レイラいくでぇ〜」
右中間のゴロ。
回り込みながら、土を跳ねる打球に合わせる。
体勢を整えリズムよくステップを踏む。
糸を引くような送球が空を滑る。
ワンバウンドでうらのグローブに届く。
はずだった。
「あ……」
レイラはボールの握りが甘いことに気づいた。
このまま送球しては、すっぽ抜けてしまう。
今回はそれがおそらく最善だが、一瞬間の判断である。
反射で強く握りこんでしまった。
抑えきれなかったボールがレイラの手から離れる。
向かった先は、ひなのスマホだった。