表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

最終話になります。

「映画面白かったね!」

「うん、そうだね」


 恋愛モノの映画。正直言ってぼく的にはあまり面白くなかった。

 でもこの映画、女子には大ウケらしい。実際チョイスしたのも花子だ。早苗はきっとこれが好きだろう、と。そして花子の読み通り、桜木さんには大ウケした。


『まあ、多分アンタは好きじゃないわよ』


 これも予想的中。意外とよく見てるんだな。


「はぁー。いいなあ、私もあんな恋してみたいっ」


 若干冷めているぼくの雰囲気を知ってか知らずか、ほんわかとした空気を醸し出しながら余韻に浸る桜木さん。本当に楽しかったようだ。

 そしてそのテンションのまま。

 誰かとその感覚を共有したいらしく、桜木さんはぼくに振った。


「来栖くんもそう思わない?」

「思うよ。いいよね、ああいうの」


『本当に?』

『何さ……こんなところで嘘ついたって仕方ないじゃないか』

『そう……それもそうね。でも、私はアンタはあんまりそういうのは求めてないんじゃないかって思ってた』

『じゃあ逆に聞くけど、どんなのが好きだと思ってたの?』

『……いいわ、忘れて』


「……くん。来栖くん!」

「わあ!? な、なに?」

「あれ、驚かせちゃった? ごめんね。でも、ボーッとしてたから」


 ……しまった。つい状況を忘れて変な回想に浸ってしまっていた。


「ごめんごめん。さっきの映画のこと考えてた」

「あ、分かる! 何回思い出してもいいよね!」


 どうやら切り抜けることが出来たらしい。

 よし、今からは桜木さんに集中だ。


「ねね、来栖くん。まだ時間あるし、駅前のスタボ行かない? 新作すっごく美味しそうなんだよ!」

「うん、いいよ。じゃあ行こっか」

「よし、じゃあしゅっぱーつ!」


 スマホで時間を確認したぼくが賛同すると、桜木さんは元気でかわいい反応を見せて、調子よく駅前への道のりを歩き始めた。

 スタボか。花子はラーメンの方が好きだ、とか言ってたっけ。

 そんなことをぼんやりと思い出しながら、ぼくも桜木さんと一緒に歩いていた。




 ……何これすっごく甘い。

 今回の新作は特に甘いな。


「すごい! これすごいよ! 私今までの中で一番好きかもしれない!」


 桜木さんは好みらしい。慎吾も好きそうだな。

 しかしこれ……飲みきるのはかなり難題だぞ。けど桜木さんの前で残すのも嫌だな……。

 なるほど、確かに花子が避けたのもよく分かる。けっこうな甘党じゃなきゃこれは飲めない。


「来栖くんはスタボけっこう来るの?」

「ああ、けっこうってほどではないけど、それなりには来てるよ」


 まあ男子の中ではけっこう行ってる方じゃないだろうか、慎吾が好きだから。


「じゃあ種類飲んでるよね! 何が一番好き?」


 ……話の作り方が上手いな。

 そんなことをぼんやりと思ったぼくはちょっと返事に困っていた。


『あー、前の抹茶のヤツ。アレは美味しかった。慎吾は嫌いって言ってたけど』

『ああ、あのけっこう抹茶の渋さが前面に出てたヤツ? アレは確かに美味しかったわ。早苗は嫌いって言ってたけど』

『やっぱりああいうのって好み分かれるのかな』

『なんでも分かれるわよ』


「ぼく、いつもシトラスティーだからなあ」

「あ、安いヤツじゃん! 勿体ないなー」




 ◇


「何それ。それであの日やたら食欲なかったわけ?」


 ゴクンと水を飲んだ花子は呆れ気味にそう言って……また麺をすすり出した。


「……まあ、そうだね」


 ぼくは口に含んだチャーシューを飲み込み、ついで冷たい水を喉に通す。


「ほんとバカね。つまらない意地張らないで大人しく好きなの頼めば良かったじゃない」

「別に意地じゃないんだけど……」

「似たようなものよ」


 ぼくの反論をスパッと切ってみせた花子は、どんぶりを両手で持って、残ったスープを飲み干していく。

 ぼくも同じように、どんぶりのふちを口元に持って行った。


「ごちそうさま」

「ごちそうさま。……出る?」

「そうね。長居したって仕方ないし」


 花子の同意を得て、ぼくは財布を持って会計をしに行く。

 そして二人分の会計を済ませ、ぼくも店の外へ出た。

 先に出ていた花子と一緒に店をあとにし、すっかり暗くなった道を歩く。


「まさか本当に奢ってもらえるなんて思ってなかった。ごちそうさま」

「言っちゃったからね」

「そう。律儀なのね」

「それって褒めてる?」

「褒めてるように見えた?」

「……見えなかった」

「じゃあ、褒めてないんじゃない?」


 ……何か思った反応と違う。

 そんな戸惑うぼくの横で、花子は……どこか清々しそうに、何かが吹っ切れたかのように。

 とにかくご機嫌だった。


「アンタさ、まだ時間ある?」

「別に大丈夫だよ。明日休みだし」

「じゃあさ……どう?」


 財布を出してチラッと何かを覗かせた花子。

 クーポンか何からしい。『30%OFF』という大きな字が見え、その下にそれよりは小さな字で。


「カラオケ? いいよ。そういえば最近行ってないや」

「よし、決まりね。ちょっと思い切り歌ってみたい気分だったの。でも秋の夜にか弱い女子が一人っていうのも心細いでしょ?」

「…………」

「アンタ本当にいつか殺すわよ」




「いやーまさかアンタに私の十八番取られるとは思ってなかったわ」

「ぼくも取られたんだけど……」

「知らないんだもの。仕方ないじゃない」


 いや、まあ確かにそうなんだけど。

 まさか花子が邦ロック好きだなんて夢にも思わなかったぼくは一曲目に謎の気を利かせてアイドル系から選曲。

 すると続いた花子は「アンタそんなの歌うの、意外ね」なんて言いながらぼくの十八番である邦ロックの曲を選曲。

 十八番を取られたショックと花子の選曲への驚きで小パニックに陥ったぼくは、いつも歌う邦ロック系へシフト。そしてそれが実は花子の十八番だったという。

 まあ花子は結局その歌を自分でも歌ってるんだけど。


「それに、歌いたきゃ歌ったらよかったじゃない」


 まったくもって正論だ。別にカラオケで曲を被せてはいけないなんてルールはない。

 気にする人ももちろん居るが、花子は「私は気にしないから」とも言っていたし、花子だって被せてきたのだから歌ってやればよかったのだ。


 ……だけど。


「いや、あんなに上手く歌われて被せる度胸なんてないよ」


 そう。花子は上手いのだ。上手かったのだ。

 別に下手そうだとか思っていたわけではないんだけど、聞いてみるとシンプルにめちゃくちゃ上手かった。

 それはもう思わず聴き入ってしまうほどだった。というか実際聴き入っていた。

 もう別にぼくの歌なんてスキップしていただいて、花子のワンマンステージにしてもらってもいいくらいだった。

 そんな人を相手に曲を被せる勇気と歌唱力はぼくにあるだろうか。いや、ない。


「そう。私はアンタが歌ってるとこ好きだけどね。……チョイスもいいし」

「結局チョイスじゃないか」


 ぼくのツッコミは無視する花子。まあ、珍しいことではない。

 そしてそのまま自然と会話は途絶え、二人夜の街並みを歩く。

 人通りも少なく静か。僕はこの夜がけっこう好きだ。

 あとは星が浮かんでいれば最高なんだけど……残念ながら空には綺麗な満月とあと数えれるくらいの星しか光っていなかった。

 まあ、都会じゃこんなものか。

 そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、隣を歩く花子が不意に足を止めた。

 花子はどこかを見つめていた。その視線の先をぼくも追ってみる。


 そこには家があった。

 二階建てのどこにでもあるような小さな家。そしてその二階のベランダは、サンタ帽をかぶったある有名なキャラクターと、綺麗な赤と緑の光で飾られていた。


「まだ十一月なのに、気が早いのね」


 しばらく黙っていた花子が、ポツリと呟いた。

 確かに早い。まだ十一月も半ばで、クリスマスまでには一ヶ月以上ある。


「そういえばアンタ、早苗とはクリスマスは過ごせそうなの?」


 さっきまでの視線を一切動かさないまま、花子はさっきの声とまったく同じテンションで聞いてきた。

 そんな花子の様子をチラリと横目に見て、ぼくもサンタ帽をかぶるキャラクターに視線を戻す。


「……ごめん。せっかく色々協力してくれたのに」

「ふうん、玉砕?」


 ……うわあ、すごく言いにくいな。

 まさか誘ってすらないだなんて夢にも思ってないんだろう。「はあ? アンタどんだけウジウジしたら気が済むのよ!」とか言われそうだ。


「……いや、実は誘ってもないんだ」


 それでも言わなきゃいけない気がしたぼくは、言った後、おそるおそる花子の方に目をやってみる。

 すると花子は……特に驚いた素振りも見せず、やはりじっとサンタコスプレをしたキャラクターの方を見たままだった。

 これには逆にぼくが驚いてしまう。


「……びっくりしないの?」

「気兼ねなく話せなかった、ってところでしょう?」


 顔をこっちへ向けないまま、想像とは正反対の穏やかな表情から放たれたその言葉は、ぼくの心に深く突き刺さった。

 いつかぼくは言った。気兼ねなく話せる人と付き合いたい、と。

 それは紛れもないぼくの本心だ。

 そこに偽りはない。偽りがあったとすれば……それは桜木さんが好きなぼくだ。

 薄々気付いてはいた。でも気付かないフリをしていた。

 あの日だってそうだ。ビビったフリをした。本当は何か違うと心のどこかで思っていたのに、それから目を逸らして。好きで居続けようとした。


 なぜだろうか。今となっては分からない。

 一途でありたかったのか。初恋を大事にしたかったのか。

 でも……どうして花子はそんなことが分かったのだろうか。

 そう思って花子の方を見てみると、その視線に気が付いたのか、あくまで顔はこっちに向けないままだけど、フッと穏やかな笑顔を見せた。


「私も……同じだったからよ」

「……え?」

「一目惚れなんて、似合わないことしたと思うわ」

「待って。……え?」


 話の先が見えなくなって困惑するぼく。そんなぼくをチラリと見た花子はまた口元を緩ませた。


「第一印象ってアテにならないわね」


 そしてそう、今まで見た中で一番綺麗な笑顔を浮かべ、花子は言った。




 ◇


 長い回想から我に返ると、十五分くらいの時間が経っていた。

 花子……と言ったら怒られるな。琴音との待ち合わせ時間まであと二十分くらいか。

 それにしても早く来すぎた。原因は分かっている。

 ポケットの中に手を突っ込むと、そこにはやはり何度も確認した箱がある。

 そしてそれを手に当てたままシミュレートする。彼女の手に似合うかな。

 一通りシミュレートを終えたぼくは時計を見る。二分しか経っていなかった。


 ……長い。琴音は割とギリギリに来るからなあ。

 もう一度回想に浸るか。……いや、やめよう。緊張が増すだけだ。

 ……というか、本格的にヤバい。お腹まで痛くなってきた。

 まだ時間はある、か。よし、ちょっとトイレに行こう。気も幾らか休まるかもしれない。


 そう決めたぼくは駅舎のトイレへ向かいながら、ふと十年前の今日のことを思い出した。

 確か通学中で腹痛に見舞われて、でも男子トイレは埋まってて。それで多目的トイレを開けたら琴音がいたんだっけ。

 でもアレはやっぱり琴音も悪いと思うんだよね。鍵は閉めなきゃ。

 そんな懐かしい思い出に浸りながらトイレの戸を引くと。


 飛び込んできた光景はとても見覚えがあって。


 心のどこかそうならないかと思っていた光景で。


 その巡り合わせに思わず息が漏れて。



「何感慨に浸ってんのよ! 早く出て行きなさいよ! この来栖(クズ)!」




『一位は牡牛座のアナタ。今日は最高の一日になりそう! ラッキーパーソンは、十年来の友達!』

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

評価感想などいただけると嬉しいです。


それではみなさん、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ