表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7


 翌日は文化祭一日目だった。

 生徒達はいつもより三十分早い朝の八時に登校して、内装なりの最終チェックをする。

 そして、九時半に開会式のようなものをして、十時から一般公開になる。

 それからはしばらく自由時間だったので、軽音部の演奏で朝は楽しんだ。

 そして慎吾と合流して昼食タイム。それが終わるとぼくらの仕事の時間なので、カジノを営む教室へと進む。

 すると大体十人くらいが並んでいるようだった。

 非飲食店、非ホラーと考えればまずまずじゃないだろうか。

 それから子供や先輩や、まったく知らないおじさんまでさまざまな相手をした。

 さすがに黙々とポーカーをこなす訳にもいかないし、結構説明でもしゃべらないといけないしで案外疲れ、たったの四十分のお仕事だというのに、疲労感はけっこう大きかった。


 そしてぼくは今、花子と二人で裏庭の自動販売機の前のベンチに座っていた。

 案の定、自動販売機の中身はもう空だ。


「まったく、売れるのは分かってるんだからもっと増やしてほしいわ……」


 花子は自分の飲んだペットボトルの口を念入りに拭きながら、そんな愚痴をこぼした。まったく同意見である。


 ちなみに現在桜木さんは他校の友達と一緒に、慎吾は別の友達と部活の先輩の劇を見に行くということで別行動だ。


「アンタは行かなくてよかったの? ……はい」


 丹念に口元が拭かれたペットボトルを渡しながら、花子はぼくにそう聞いた。


「うん。あんまり興味ないしね」


 ペットボトルに口をつけ、中の液体を一気にのどに通していく。

 喋り疲れた口内が、一気に生き返る感じだ。


「それに、今日は見たいものがあるんだ」


 朝も見た軽音部のことだ。午後の部でもあって、今日の朝の占いを見たときからこれを見に行くことは決めていた。


『今日は楽しい一日になりそう! 自分のやりたいことに素直になって!』


 と言われれば、そりゃこうなるさ。


「ふうん……それって、軽音のこと?」

「えっ?」


 近くのゴミ箱に、空になったペットボトルを投げ入れようとしていた手元が狂う。

 ゴミ箱のふちに当たったペットボトルはそのまま地面の上に落ちてポンポンと跳ねる。


「図星ね。……まあ、ダンス見るときに体育館から出て行くアンタを見ただけなんだけどね。アンタは気づいてなかったみたいだけど」


 な、なんだ。そういうことか。

 改めてペットボトルを捨てたぼくはベンチに座りなおす。


「じゃあ、午後もダンス?」


 午後は視聴覚室で軽音、体育館でダンスが同時刻にある。

 花子は午前、両方見ることもできたのに、わざわざダンスだけを見たのだ。

 ならダンスを見るのが相当好きで、軽音にはあまり興味がないんだろう。


「いや? 軽音よ? ダンスはそんなに興味がないから」

「えっ」


 なんとも意外な返答が返ってきたことで、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 じゃあどうして朝はダンスを見て軽音を見なかったのだろうか。


「じゃあどうしてって? 早苗に合わせただけよ。あの子、軽音あんまり好きじゃないみたい。午後は分かれるって聞いてたし、そのとき見ればいいかなって」

「まだ何も聞いてないのに」

「でも聞きたかったでしょ?」


 まあ、確かにどうしてとは思ったけども。

 そんなぼくの反応を見た花子は「やっぱりね」とでも言うかのような表情で立ち上がり、スカートのお尻の部分をパンパンとはたく。


「さ、そろそろ行くわよ」


 そして、さも当然とばかりにそう言った。


「え? 何かあったっけ?」

「……は? アンタ軽音見に行くんじゃないの? ……それとも先客が居たわけ? 意外ね。アンタに橋本くん以外の友達が居たなんて」


 淡々と、しかしやや早口気味に、まくし立てるかのように言葉をつないでいく花子。

 そして、ならいいけど、とばかりにすました顔で一人歩き始める。

 ……どうやら一緒に見に行こうと言いたかったらしいが、何か、肝心のぼくが話しにまったくついていけていない。

 勝手に初めて勝手に終わらせられてもなあ……。

 そんなことを考えながら、ぼくはその背中を追った。




「それにしてもアンタ、舐めたLIME送ってくれるじゃない」


 花子がその話を振ってきたのは、軽音の演奏が終わり、行く宛もなく二人でフラフラと歩いているときだった。


「なにが『カラオケとかゲーセンによく行く』よ。アンタ私に何を提案させようとしてるわけ?」


 ぼくは昨日の密会の後、悩み悩んだ末にいつもよく何をしているのかを送ったんだけど、どうやらそれがお気に召さなかったらしい。


「カラオケとかゲーセン嫌いだった?」

「それは好きだけど……そういう話じゃない! だったらアンタ、そんな提案してくる女子が居たらどう思う?」

「うーん……別にいいんじゃないかな?」

「……はあ、アンタに聞いた私がバカだったわ」


 心の底からそう思っているかのように、ガックリとため息をつかれた。

 でも……まあぼくだって、桜木さんと遊ぶってなったらそうなるかもしれないけど……。


「少し、考えすぎじゃない?」

「はあ?」


 ぼくがあまり深く考えずに放った言葉に、花子が食いついてきた。

 やってしまったか、と思ったけど……ここで「やっぱりいい」なんて言える雰囲気でもない。


「いやさ、少し気負いすぎじゃないか、って。好きな人に好かれたいのは分かるけど、好かれたい好かれたいってしてもさ、窮屈なんじゃないかなって思って。ぼくはなんでも気兼ねなく話せる人と付き合いたいなーって思うし……」


 口を開くと止まらなくなり、ついつい語りきってしまった。

 完全に言ってしまったことを公開しながらおそるおそる花子の様子を横目で見てみる。

 花子はぼくから視線をは外し、じっと前を向いていた。

 そして果てしなく長く感じられる沈黙が流れ……。


「……早苗の前でドギマギするアンタの考えなんて聞いてないわよ」

「あはは……やっぱりそうだよね……」


 内心思っていたことを見事に突かれてしまった。

 えらそうなことを言ったくせに、ぼくだって桜木さんの前だと何かとキョドる。

 まったくもって花子の言うとおりだ。


「それで? そんなアンタは明後日、早苗と遊ぶ約束はしてるのかしら?」

「えっ?」


 ぼくに偉そうに言われたことがよほど気に入らなかったのか、花子はさらに反撃をとばかりにそんなことを聞いてきた。

 明後日は代休日なので、確かに遊びに行くには絶好のタイミングだが、ハッキリ言って誘っていないどころか、そんな考えにすら及んでいなかった。


「あらあら。その様子だと、達者な話をする割には誘ってすらいないようね」


 ぼくの反応からすべてを読み取った花子は勝ち誇ったように小バカにしてくる。


「そんなこと言ったって……それに、どうせ空いてないよ」

「聞いてみなきゃ分からないでしょ? それに……明後日の夜の約束は覚えてるわよね」

「うん。四人で打ち上げだよね?」

「そう。早苗は一日の中で別々の人と予定を組むことはあんまりないわ」


 ……だから、桜木さんのその日の昼はかなりの確率で空いている、ということだろうか。

 確かにそれが本当なら状況があまりにできすぎている。二度とない機会かもしれない。


「でも……誘えるかな。そもそも何に誘えばいいか分からないし……」


 我ながら情けないなとは思いながらも、自分の心中を吐露してみた。

 花子なら何とかしてくれるんじゃないか、なんて思いながら。

 しかし肝心の花子はというと、ごそごそと財布の中をいじっている。


「ねぇ、聞いてた?」

「あ、あった」


 現在進行形で聞いてないっぽい。そこまであげておいて何なのだろうか。

 ……と思っていたことはすぐに後悔した。


「これ、映画館の男女ペア優待券。特別にアンタにあげる」

「……それってつまり」

「そ。口実はできるでしょ? ……もちろんタダじゃないわよ」


 ああ、やっぱり花子だな。ちょっと安心した。


「分かった。今度スターボックスでも奢るよ」

「ラーメン」

「えっ?」


 ぼくの提案に満足がいかなかったのか、花子はチケットを受け取ろうとするぼくの伸びた手から自らの手を遠ざけた。


「スタボよりラーメン。あいにくだけど、私は甘党じゃないの」


 スタボよりラーメンのほうがいいらしい。意外だ。女の子はもんなああいうのが好きだと思っていたのに。


「分かったよ。でも大丈夫? 慎吾はけっこう甘党だけど」

「は?」


 何気なく発したぼくの言葉に花子の表情が硬直する。


「橋本くん、甘党なの?」

「うん。言ってなかったっけ?」

「言われてないわよ! というか本当にアンタ何なの!? 嫌がらせ!? それをLIMEで言いなさいよ!」


 ああ……なるほど。確かにそういうことを言えばよかったのか。


「だからその『ああそうか』って手を打つのやめなさいよ! 舐めてるようにしか見えないんだけど!?」


 周りの目もすっかりと忘れてしまっているのか、ややヒステリー気味に怒りをぶちまけてくる。

 ぼくはそれをただ聞いて受け止めることしかできない。

 そんなぼくの叱られ慣れた態度が気に入らないのか、花子の説教はもうしばらく続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ