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四部目です。
「ポーカー?」
「そ。カジノといえばポーカーでしょ?」
そうなのか。ぼく的にはルーレットだけど。
「それで、練習しない?」
カジノといえばポーカーであると言った花子はそう話を繋いできた。
すでに片手にトランプを持つ準備の良さで。
「……でも、ポーカーの練習って言ってもなぁ」
「まぁ、いいんじゃないか?」
「そうだね。きっと楽しいと思うし」
どうやって練習するのか、そんなぼくとは反対に二人は割と乗り気だった。
まあ、確かに娯楽の一環と捉えれば悪くはない、のかな?
「じゃあ決まりね。それじゃ男子二人でお先にどうぞ」
そう言ってぼくと慎吾に先にやらせるべく座らせた、言い出しっぺの割に案外やる気のなさそうな花子は五枚ずつのカードをぼくらに配り分けた。
さて、どうするか。
ぼくの手にはスペードの3、4、5、7とハートの7がある。
つまり現在は7のワンペアだ。堅く行くなら二枚の7を残してツーペアか、あるいはスリーカードに手を伸ばしたいところだ。
しかし……この手、6を引けばストレートだし、スペードを引くとフラッシュが出来上がる。
ぜひとも狙いたいところだけど、それを狙うにはペアを崩す必要がある。
対面の桜木さんは既に三枚換えで交換を終えている。おそらくワンペアからの交換だろう。
そうなると手札はワンペア、ツーペア、スリーカードのどこかに落ち着いている可能性が高い。
そしてこの三つなら、どれにしてもストレートやフラッシュで上に立てる。
しかししかし、三枚のうちで7を引けばスリーカードだ。それでも十分勝率は高い。
……よし、ここは堅実に行こう。なに、ツーペアでも上等なんだ。
決断したぼくは三枚を捨てて、山札の上から三枚のカードを取る。
そしておそるおそる一番上のカード──勝負に行けば引いていたカードを見る。
「あああああああ!! ストレートフラッシュだったのかああああ!!」
「アンタ、ほんと運の使い方が下手くそね……使わないならその運分けてほしいんだけど」
ぼくの手に握られたスペードの6を見ながら、三回連続で勝負に出て引きを外した花子が後ろで溜め息を吐く。
そういえば今朝の占いは『行動が裏目裏目に!?』なんて言ってたっけ。何もこんな日にポーカーの練習しなくてもな。まあ花子からしたら知ったことじゃないんだろうけど。
結局ジャックのワンペアを握っていた桜木さんの勝利だった。
もちろん一枚換えなら勝てた勝負だった。たられば、だけど。
「じゃ……コトちゃん、変わる?」
「うん……あっ!」
桜木さんが席を立ち、まさに花子と代わろうかというところで、花子が大きな声をあげた。
「私、先生からあのダンボール箱持って来いって言われてたんだった……持って行かないと」
そういえば確かに頼み事をされてたな。
しかし、花子も散々ぼくをバカにするけど、他人のことは言えないだろう。
うちの担任のはたまにこういうところがあるのだ。荷物運びを生徒に任せるところが。
だからみんな持っていく荷物が多そうな時は先生に不用意に近付かない、目立つことをしない、というのが当たり前だった。
しかし花子はそれを知らないし、気付いてもいない。
おろかにも質問に行って、話のついでと頼まれてしまったのだ。
しかも、よりにもよって特に荷物の多い── 一往復では無理そうな日に限って。
そして案の定、荷物の多さにため息をついている。二人きりならからかい倒しているところだ。
まあ、頑張るんだな。
心の中でそう言ったぼくはポーカーを再開するべく机に向き直ったが……どうやら二人は違うらしい。
「多いな……手伝おうか」
慎吾のそんな提案。そして乗っかるように。
「私も手伝うよ」
桜木さんからの申し出。
そういう流れだったのか、と気付いたときには既にもうぼくは置いていかれていた。
しかし遅れながらでも流れに乗るしかない。
「ぼくも」
「二人ともありがと。でも、二人で大丈夫だよ。だから……早苗は遊んでて?」
「そう……? 分かった」
乗り遅れたぼくをおいて話をまとめていく三人。
何か非常によくない気を感じていると、慎吾と花子は大きい荷物を持って出て行った。
それにしても重そうな荷物だ。あれを女子生徒一人に任せるのはさすがに酷じゃないだろうか。
そんなことを思ってその背中をややあわれに思いながら見送ったぼくは、今度こそトランプに戻ろうと身体を反転させる。
そして同じく座りなおした桜木さんを見て……ふと気付いた。
これ今ぼく、桜木さんと正真正銘の二人きりじゃないか。
そしてそんなことを考えてしまえば、ぼくの脳内は一気にその思考に染められていく。
まさかこんな機会がこんなに早くできようとは。これも花子が不幸にも先生に捕まったからで……。
あれ? これ、もしかして花子の作為だったりするのか?
……そう考えるとなんかいろいろ腑に落ちる気がしてきた。
しかし……それってつまりは「ここでなんとかしろ」てことだよね。
ヤバい……めちゃくちゃ緊張してきた。いや、緊張するなというほうが無理な話だと思うけど。
トランプをシャッフルする手も震えてくる。
そして案の定……思いっきりカードをばら撒いてしまった。
「ありゃりゃ、大丈夫?」
「ご、ごめん……」
「あはは、よく私もよくやっちゃうもん」
何も気にしていない様子でそう言いながら、椅子から降りて散らばったカードを拾い集めていく。
話をするどころか、恥ずかしいところを見せる始末。
笑ってはいるが、その笑顔の下では呆れているんじゃないだろうか、なんて変な想像すらしてしまう。
なんとか取り繕いたいが、繕う言葉も浮かばずオロロオロロとしていると。
「ありがとね、来栖くん」
そんな、まったく意図の読めない言葉が、桜木さんの口からぼくの耳に届けられた。
「な、何が……?」
「コトちゃんのこと。……ああ、藤宮ね」
「フジミヤ?」
「あ、あれ……知らないの? さっきの女の子の名前だよ?」
あ、ああ……そういえば確かにそんな名前だった気がする。
花子がすっかり定着してまったく頭に残っていなかった。
「ああ。それで、なんでぼくにありがとうなの?」
「けっこう仲良くしてくれてるでしょ? 転校してすぐのときは不安そうだったのに、来栖くんとダンスした時くらいから明るくなって」
いや、ぼくじゃなくて他の何かじゃないだろうか、その要因。
今でもあんなにあたりがキツイというのに。
「本当だよ? ……はい」
「ん、ありがとう」
ようやく拾い終えたカードの束を受け取って椅子に座りなおす。
それにしても……どうやら外から見たら仲良く見えるらしい。分からないものだな。
そんなことを考えながら、ぼくはとにかくトランプをしようとカードを五枚ずつ配り分けた。
2、8、9、J、そしてジョーカー。
これがぼくの手札だ。そして今度はぼくが先に交換する。
今度は柄こそバラバラなものの、また一枚替えでストレートのチャンスがある。
しかも今回はジョーカーが絡んでいるので、普通のストレート王手に比べて受けが広い。
7、10、Qでストレートが完成する。
だけど、それでも大体13分の3しかない。
外したら、ジョーカー入りなのにまるでそうとは思えないしょぼい手札、なんてことになってしまう。
しかしさっきは見事に引いていたのだ。まだあのツキが残っていれば……。
「もしかして、またストレートフラッシュ狙い?」
「えっ」
じっとぼくの様子を見ていたらしい桜木さんのその言葉にまた思わずキョドる。
細かい話をするならフラッシュはついていないけど、それでもほとんど的中している。
「あはは、そんなにビックリしないでよ。迷ってるみたいだから、もしかしてまたそうなのかなって思っただけ」
……言われてみれば確かにそんなにビックリすることでもないや。
「でもね来栖くん。私たちは今回はお店の人なんだから、思い切りよく盛り上がるポーカーをしようよ。……それに、思い切りのいい方が、男の子はいいと思うな」
落ち着きかけたところへ飛んできた桜木さんの言葉に、また心臓が飛び上がる。
今の言葉からするに、少なくとも桜木さんは思い切りのある男の子の方が好きなんだ。
……なら、今のままじゃダメだ。
「分かった。一枚替えにするよ」
「ん。引けるといいね」
桜木さんの微笑みを見ながら山札の一番上のカードを手に取る。
どうか、ストレートになりますように。
「よし、じゃあ私も一枚だけ」
ぼくの交換を見届けた桜木さんも山札からは一枚だけしか引かなかった。
そして、各々引いた一枚のカードを見る。
ぼくのカードは……10。
……お、これって当たりじゃないか? ストレート!?
「引いたんだ」
すごく顔に出てしまっているらしい。
対する桜木さんは見事なポーカーフェイス。……今度練習しておこう。
「じゃあ桜木さんは?」
「私も引いたよ?」
「お。じゃあどっちが大きい数字か、の勝負だね」
そう言いながらも、ポーカーフェイスの下手なぼくは思わずこぼれてしまう笑みを止められない。
だって、ぼくはQのストレートだ。
これに勝つには、KかAのストレートしかない。
ほとんど勝ちを確信してしまっても仕方ないんじゃなだろうか。
「ぼくはQだよ」
心地良い快感に浸りながら、五枚のカードを広げる。
さて、桜木さんは?
「私はJだったよ」
そう言いながら五枚のカードを広げた。
Jなら、ぼくの勝ちだ。
勝負に出て、見事引いて、勝つ。それがこんなにも気持ちいいことなのか。
そんな喜びを今一度噛みしめるべく、桜木さんの五枚のカードを見る。
J、J、J、Q、Q。
……あれ、これって……?
「Jのフルハウス。私の勝ちだね」
「うそおおおお!」
JはJでもフルハウス……?
すると一枚替えというのは……勝負に出たんじゃなく、ツーペアからの一枚替えというセオリー通りのことをしただけ、か。
「あはは、来栖くん面白いね。反応が見てて楽しいよ」
「くっそぉ……」
あははと笑う桜木さんの前で、ゴンと額を机にぶつける。
桜木さん、意外とイタズラっ子というかなんというか。
……というか、あれ? ぼく、今すごく普通に喋れてないか?
あんなに緊張してたのに……信じられないや。
それにしても……やっぱり楽しいなあ。
花子の見てくれも結構いいということは最近気付いたけど、桜木さんのかわいさはやっぱりそれを上回る。
一緒に居るときだって、尖った態度をとる花子より……まあ花子もなんだかんだ楽しいが、桜木さんはもっと楽しい。
……思い切りよく、だっけ。ぼくにできるかな……。
「あ、あのさ、桜木さん」
「ん? 何?」
バクバクと動く心臓を押さえるように胸に手を当てながら……。
「え、えっと……今度さ……」
「ただいまっ!」
桜木さんを遊びに誘おうとしたところへ……図ったかのように花子が勢いよく扉を開けて帰ってきた。
そして桜木さんの興味が花子へと移ってしまう。
「コトちゃんおかえり。テンション高いね。何かあったの?」
「バッ……! な、何もないけど!? 別に普通じゃん! ほら! ねえ、アンタもそう思うでしょ!?」
「……うるさい」
沈んでいるぼくは特に何も考えずに素直に思ったことを口にしてしまい、花子の怒りを買ってしまったようだが……。
「はああ!? ……ていうか、アンタこそ何よ。何でそんなに沈んでるわけ?」
「……うるさい」
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