2
二日目です。
その日の六限目のLHRも終わり、授業終了のチャイムが鳴った。
ぼくは未だに花子に話しかけることができずにいた。
何かしらチャンスが無いかと伺ってはいるのだが、そんなものが突然降ってくるはずもない。
こうなってくると座席が前後なのも、もはや始末が悪い。
途中の授業で配るプリントを回す時ですら、後ろを向くことは許されない。
落としたペンを拾ってあげようとしたら拒絶される。
とにかく厚い壁を張られるのだ。
普通ここまでされたら、好意を持ってない限り諦めるだろう。そんな逆ギレ女、こっちから願い下げだ、と思う人も居るかもしれない。
しかし、ぼくにはちょっとした事情があった。
最後に回ってきたプリントを後ろに渡しながら、左の一番前に座る女子の背を見る。
桜木 早苗。今朝、ぼくの席に座って花子と話していたクラスメイトの女子だ。
その後も桜木さんと花子は仲良さそうに、毎休み時間話していた。
昼食も花子は桜木さんのグループに入っていった。おそらく花子がこの学校に来て初めての友達だろう。既にすっかりと打ち解けていた。
そして、それが最大の問題だった。
仲が良くなってしまうと、必然と話の内容は濃くなってくる。
直球に言えば、愚痴が多くなる。
もちろんなかなか簡単に愚痴を言わない用心深い、あるいは聖人のような子も居る。
だが、花子は見るからにそんなタイプではない。もう遠慮なく言うだけ言いそうである。
はてさて、どうしたらいいものか……。
「よっ、なんだ考え事か?」
声をかけてきたのは慎吾だった。いつも一緒に帰っているからだろう。
「あー、いや。何でもないよ」
「嘘つけ。どうせあの子のことだろ? 今朝もケッサクだったもんな」
慎吾の言う“あの子”とはおそらく桜木さんのことだ。
「そりゃでもキョドってもしゃあねえよな。まさか自分の席に大好きな」
「ちょ。待ってよ慎吾。こんなところで……」
「ハハ。悪かったって」
周りに聞かれかねないところだったことに焦ってぼくは慎吾の言葉を遮った。
それもそのはず、ぼくが桜木さんのことが好きだということは誰にも言っていない。
そもそも慎吾にも言っていないのだが、親友だからかバレてしまった。
それを知っている慎吾からすれば朝のぼくの態度は面白かったのだろう。ぼくだって立場が逆なら笑いを堪えるのに必死だったと思う。
「まあそれはともかくだ」
下足室で靴を履き替え終えたところで、慎吾が話題を切り替えた。
ぼくも何か変えたいと思っていたところだった。やはり慎吾はこういう時、すごく間がいい。
「転校生のあの子、どうよ。喋ったか?」
「えっ」
前言撤回。今回に限っては、とてもよろしくない話題転換だった。
「お、なんだなんだ。やっちゃったのか?」
察しはいいのが面白い。
「まあね。ちょっと」
「なんだよそれ。何したら初日でそうなるんだ?」
トイレ覗いたらそうなります、とはさすがの親友相手でも言える訳もなく。
「いやー、実は緊張して何も話しかけれなくて」
「? お前朝後ろ向いてなかったか?」
そこは見てるのか。嘘が秒殺されてしまった。
「ま、いいや。何かあんまり触れない方が良さそうだな」
おお、慎吾、心の友よ。ただ欲を言うならもう少し早くに察して欲しかった。
「それよかもうちょいで体育祭だな。来週だろ? ペアダンスの抽選」
「ああ、そういえばもう来週か」
体育祭、大きな学校行事の一つ。
去年ここの体育祭を見に来たが、なかなかの熱の入りっぷりで驚いた記憶がある。
元々ここはいわゆるヤンチャな高校ではなく、むしろ比較的勉強が得意な人の集まりである。
にもかかわらず激しい。勉強のストレスでも吹き飛ばしているのだろうか。とにかくここの体育祭は激しい。
その激しさの中では男子も女子も関係なく、共に仲良く大はしゃぎ。
つまりストレートに言うと、男女の仲が深まりやすい。
そしてそれをさらに加速させるのが、男女のペアで行うダンス。通称ペアダンスなのだ。
さすがにフォークダンスみたくずっとくっついているようなものではなく、ペアだな、と思わせるところは全体の一割くらいしかない。
だが、たかが一割。されど一割、なのだ。
確かにたかが一割ではそれほど仲は深くならない。ペアダンスを経て恋人になりました、なんてことはない。あってもそれは元々いつそうなってもおかしくなかった二人に違いない。
だが、されど一割あれば……きっかけとしては十分以上だ。
もちろん引き当てる確率はそう高くない。
だが、引くしかない。引いてみせる。
◇
「「はぁ……」」
学校の裏庭に立つ一組の男女が見事に息の合ったため息を吐く。
そしてそのため息はすぐさまその二人の間を埋めつくしていった。
「何でこうなるわけ……?」
「ぼくが聞きたいよ……」
すっかり脱力している花子の疑問に、すっかり脱力しているぼくのオウム返し。
悲しきかな、こうなると息が合うのも皮肉にしか思えない。
ぼくはどうしたものかと、憎き右手に視線をやった。
そう、戦犯は花子とのペアを引き当てたこの右手である。
昨日、ぼくは運命の二択を前にしていた。
予備抽選では下から二番目の数字を引いたものの、なんと奇跡的にそこまで桜木さんは残っていたのだ。
そしてその二択を……この右手は外した。それどころか、共に残っていた花子のクジを引き当てる始末である。
ハッキリ言って桜木さんを引ける気しかしていなかったので、余計にショックも大きかった。
というのも、その日の朝、テレビの前で手を合わせていると。
『今日の一位は牡牛座のアナタ! 運命的な出来事があるかも!? 自信を持って行動してね!』
などという文句が聞こえてきたからである。クソ占いだ。
ちなみにその肝心の桜木さんは……。
「よし、じゃあやってくか。つっても俺ダンスは苦手だから、ダメなとこあったらどんどん言ってくれ」
「えっ意外! 橋本くん何でもできそうなイメージある!」
……。
「「はあ……」」
まあ、そういう訳である。そしてまたため息が被った。
「……ねえ、そんなに嘆息されたら士気が下がるんだけど」
「そっちだってしてるじゃんか……」
もはやお通夜である。
しかしそうも言ってられないので、重い腰をあげて練習を開始するが……。
「ちょ、アンタもちょっと合わせてよ!」
「そっちがズレてるんだって」
「そこ右手でしょう!?」
「いや、左手だって!」
「トロい!」
「早い!」
……先が思いやられる初練習だった。
◇
「今日もアイツと練習か……」
クラスラインを見てため息をつく。
『今日も放課後にペアダンスの練習をします! 全員参加!』
地獄の通告を改めて確認すると、逃げるようにその画面を閉じる。
「琴音ー! もうすぐ占い始まるわよー」
「はーい」
とは答えたものの、一昨日のことを思い出して自然とまたため息がこぼれた。
一昨日……ペアダンスの相方決めのあの日。
女子、男子の順でくじを引き、同じ番号を引き当てた人がペアというルール。
私の番号は残り二つまで残っていた。
そしてまだ引いていない男子は覗き魔と橋本くん。
あの覗き魔が早苗ちゃんを引いていれば。
しかしあの右手は私を引き当てた。
ハッキリ言って私は橋本くんと同じになると思っていた。
だって、覗き魔と運命的な出来事なんてどうやったってある訳がない。
きっと橋本くんと仲良くなれる機会ができる。そう思っていた。
『新たな発見ができるかも? 積極的に行動してみよう』
しかし私を弄んだそれは、今日もいつもと変わらない声で訳の分からないことを言っていた。
次の投稿は明日24日(月・休)の18時です。




