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本日から土日月水金土日と七日間で投稿させていただきます。
2018年最後の作品になりますね。
『八位。油断禁物。最後まで気を抜かないで!』
──やばい、そろそろ死ぬ。
朝の満員電車の中、人知れず腹痛との格闘劇を繰り広げていたぼくは、そのあまりの強さに屈しそうになってしまっていた。
いや、しかし後数十秒耐えたらぼくの勝ちだ。ここで諦めるわけにはいくまい。
長い、長い数十秒。
しかし歯をギリギリとしながらもなんとか耐えきったぼくは、電車の到着のアナウンスを聞いて勝ちを確信する。
『左側のドアが開きます。ご注意ください』
よし。これで後はドアが開くと同時に全速力で駆けるのみ。
トイレは、まっすぐ階段を降りて左手に見える。脳内地図もバッチリだ。
ドアが開いた。いの一番に飛び出て、二段飛ばしで階段を駆け下りる。
忌々しい腹痛め。だけどぼくの勝ちだ……!
「マジか」
必死の形相で走り終えたぼくの前に並ぶのは、閉められた3つの扉。
その全てに、『使用中』を示す赤色が示されていた。
これはなんだ、もしかして今朝の占いが言っていたのはこのことだったのだろうか。
うっ。やばい。吐き気すらしてきた。これはもうもたない。
考えろ。ぼくは八位だ。八位ならまだ突破口がどこかにあるはず。
……多目的トイレ!
それだ。間違いない。多目的トイレだ。
ぼくは男子トイレから飛び出て男と女のマークが共に書かれた大きなドアの前に立つ。
……最後まで油断するな、とあった気がするな。
ふと占いの内容を思い出したぼくは、今すぐ飛び込みたい衝動を必死に抑えながらカギの部分の色を見る。
……青い。開いている!
「やった! 間に合っ……た……?」
もちろんドアは簡単に開く。
一刻も早く座りたいぼくはベルトに手をかけながら突入したのだけど……。
「「は?」」
座ろうとした便器には先客が。
それも、これが男の人なら『あはは、すみません。鍵が開いてたもので』なんて言えばお互い様ってことで処理できただろう。
だが、女の子である。それも、ぼくと同い年くらいの。つまりはJKだ。
最初こそお互い状況が理解出来ずに固まっていたが、脳が情報処理を進めるにつれ、女の子の方はどんどん頬を赤く染めていく。
一方のぼくは、どうしたらいいかも分からずただ固まっているだけ。
ていうかヤバくないか、これ。
い、いや。落ち着け、ぼく。この子だって鍵を閉めてないんだ。この子にも非はある。
ここは相手が男の人だった時と同様にお互い様ってことで笑って済ませる方向で行こう。
そうだ、相手は同じ人間だぞ? 性別が違うだけだ。軽く済むはず。
「か、鍵開いてたので」
「い、いいからさっさと出ていけええええ!! 二度とこっち見んな!! このクズ!!」
クソ、あんまりじゃないか!!
◇
「『最後まで油断するな』か」
そこまで分かるかよって話だ。
普通鍵開いてたら入るだろ。
結局半泣きで多目的トイレを飛び出たぼくは猛ダッシュの末にコンビニのトイレに飛び込んで事なきを得たのだけど……。
「八時二十五分か。ホームルーム間に合わなかったな」
ぼくの通う学校では八時半に始業なのだが、毎日その十分前からショートホームルームが行われる。
まあ大体は大したことじゃないし、これに出席しないからといって遅刻がつく訳でもない。ないんだけど、担任教師がいわゆる体育会系の人なので、ひとつ遅れると怖いのなんの。
二十五分ってことはもう終わってる頃か。
おそらくだが、今日の放課後に軽く叱責されることになるだろう。憂鬱な一日になりそうだ。
今日は担任の授業がない、ってのが唯一の救いか。なるほど八位らしいや。
というかこれも最後まで油断するなってあれか。今日の占いすごい。
「お、修也。あれ、お前今日のホームルーム大丈夫なん?」
学校に着くと、他のクラスの友人に話しかけられた。
「大丈夫な訳ないよ。てか今日大変だったんだよ。聞いてよ」
「なんだなんだ、怖い夢でも見て家を出れなかった的なヤツか? 今は時間ねえから、昼休み聞いてやるよ」
「ちょ、ちょっと。違うからね?」
とんでもない決めつけをした友人は小走りで廊下の奥へと進んでいった。まあ彼は教室遠いからな。
さて、ぼくは比較的下足室に近い教室だ。
後ろのドアの窓から中の様子を見る。うん、油断禁物って言うから確認してみたけど、担任教師はとうに職員室かどこかへ戻っているようだ。
遠慮なく堂々と入ることとしよう。
「「は?」」
ドアを開けて廊下側一番後ろ。
そこがぼくの席である。
だが、そこには先客が。
それも、これがクラスメイトなら『おいおいどいてよ』なんて言って笑い合うだけだっただろう。
だが、知らない人である。しかし、つい少し前に見た顔。
「あ、はは。教室間違えちゃった」
頬に尋常じゃない熱を感じながら、逃げるべくぼくはドアに手をかけるけど……何も知らないぼくの親友がそうはさせてくれなかった。
「お、修也。お前何やってんだよ」
教室の中から聞こえた慎吾の声。よく見れば他にも見知った面々が遅刻したぼくを哀れに、あるいは面白そうに見ていた。
どうやら何も間違えていないらしい……?
あれ、じゃあぼくの席はどこさ。
「あ、ごめんごめん。ここ来栖くんの席だったっけ」
そんな疑問を抱いたところで、ぼくの前の席に座る女子──桜木 早苗が立ち上がった。
しかし残念ながら彼女の勘違いである。正確にはその後ろ、現在絶賛ぼくのことを睨んでいるトイレ女が座っているところが、ぼくの本来の席だ。が。
「えっ、と……ぼくは多分……」
テンパっているぼくはそれどころではない。
自分でも今ものすごく情けない動きをしていることだろうと思うけど、思ったところで治るものでもない。
「あ、そっか。お前そういやさっき来たとこだったな。お前の後ろ、転校生の席なんだよ」
情けない姿を見せ、治さねばとテンパる。そんな悪循環に陥っていたところへ、ぼくの一番の親友──橋本慎吾が助け舟を出してくれた。
慎吾との付き合いは幼稚園から始まり、小中学校、そして今の高校と続いて十二年を超える。そのせいか、ぼくは慎吾の様子を見たら何が言いたいか、何を考えているかは大体は分かってしまうし、きっとまた逆も然りなんだと思う。だからこそこの助け舟を出せるんだろうな。
しかし転校生とは。なるほど筋は通るけど、さすがに神様も悪趣味なんじゃないだろうか。
チラリと横目に見ても、露骨に嫌悪感を示した顔を向けてきている。せめてもう少し隠してくれないだろうか。
そんな波乱の朝は、定刻通りに鳴ったチャイムの音により終わりを告げた。
「っと、もう授業か。じゃあ修也、転校生と仲良くしろよ?」
無理だと思います。なんて言える訳もなく、適当な返事をして席に座る。
するとすぐさま背中越しに鋭い視線が刺さる……ような気がする。
後ろに目が付いている訳じゃないけど、ぼくは思っている以上に睨まれているんじゃないだろうか。
「はあ……」
転校生の女の子にいきなり嫌われるという、なかなかメンタルにくる出来事が起こっているぼくへ、追い討ちをかけるかのような大きなため息。
ぼくに聞かせるためか、あるいは素か。どちらにせよぼくはもう帰りたい気分で心を満たしている。
いや、しかしここで逃げていいのか来栖修也。君は男だろう。
それに、もしこの女子が他のクラスの女子達と仲良くなって『来栖ってヤツは私がトイレに行ってたら中に入ってきた変態なんだよ』なんて吹聴して回られた日には……ぼくの高校生活は終わる。
噂が広まってからでは弁明の余地はない。今だ、やはり今しかない。
大丈夫。話せば分かる。
「こっち見んな、この変態」
怯むぼく。なんとか前へ向き直るのを堪える。
「い、いや。朝のことなんだけどさ。アレは事故というか」
「こっち見んな。次はない」
ぼくは勢いよく前へ向き直った。これはダメだ。誰だ、話せば分かる。とか言ったヤツ。
こうなりゃ八方塞がり。このトイレ女──名前は聞けそうもないので、仮に花子としておく。トイレだから花子、ではない──の被害妄想でぼくは死ぬ。
結局次なる策が思い付かぬうちに、一時限目担当の数学教師が入ってきた。
誤字脱字等ありましたら教えていただけると嬉しいです。