空白の日(3)
「丁度来客がそろそろ到着する頃合だ。どれ、このあたりに居るはずだが……」
ゲートポートまで夏流とゲルトを導いた鶴来は周囲をきょろきょろと見渡した。目当ての人物はそう苦労する事もなく発見に至る。
二人の男は何が起きたのか判らないという様子で呆然とイザラキの街を見渡していた。その二人の姿に見覚えがあり夏流とゲルトが駆け寄って行く。
「アクセル! それに……秋斗!」
「夏流……!? テメエ、生きてやがったのか」
四人は同時に駆け寄る。アクセルはゲルトの頭をわしわしと撫で回し、秋斗と夏流は正面から見詰め合った。
「とっくにくたばったかと思ってたぜ」
「悪かったな。生憎悪運だけは強くてな」
「素直になれよ、シュート。夏流は絶対に生きてるっていつも言ってたじゃんかよぉ」
「アクセル、てめ……っ! 余計な事口走ってんじゃねえよ!!」
秋斗が文字通りアクセルにシュートを決める。思い切り蹴飛ばされたアクセルが吹っ飛んでいくのを見送りゲルトが振り返った。
「それは兎も角、どうして二人がここに……?」
「拙者が呼びつけたのだよ。アクセル・スキッドに持たせた転術符を使ってな」
水路に落ちて流れて行くアクセル。その状況から彼が実際に転術符を持ち合わせているのかは確認できなかったが、確かにそれ以外に考えられる可能性もない。
アクセルが鶴来と接触したのは数ヶ月前の事であった。その後アクセルは秋斗と共にイザラキに向かう積もりだったのだが、秋斗はアクセルに同行しようとしなかった。
仕方がなくそのまま各地を転々としていたのだがつい先ほど鶴来の強制召喚に応じてこの地に二人とも送り込まれる事と成った流れである。
勿論何も聞かされて居ない秋斗は不機嫌そうである。しかしそれでも予期せぬ夏流との再会の所為かどこか安堵したような表情に見る事も出来た。
「まだ、戦っている人……居たんですね」
「ハ……ッ! ヨトのヤツをぶっ倒すのは救世主の役目だ。俺様はあいつを潰してリリアを取り返さなきゃならねえからな。当然だ」
「お前まだそんな事を……」
「まだも何も、俺とテメエは平行線なんだよ! テメーこそ行き成り出てきて偉そうな口利いてんじゃねえよ!」
「はいはい、わかったわかった」
「テメッ!? おい、何だその態度は!? 何シカトしてんだコラァアアアアッ!!」
夏流に食って掛かる秋斗の背後から長大な太刀の鞘が頭部に直撃する。あまりの衝撃に思わず頭を抑えて膝を着く秋斗。太刀の主は腕を組んだまま溜息を漏らした。
「君は少し落ち着いてまずは話を聞こうとか考えた方がいいと思うぞ」
「…………ってんめえ!?」
「少し落ち着け秋斗。そもそもここがどこなのかとかそういう所に疑問はわかないのか?」
「はあ? どこだっていーっつの。こんな世界どこでもおんなじだろーがよ……ちっ」
片手をポケットに突っ込み面倒くさそうに舌打ちする秋斗。もう暴れるつもりは無くなったのか、不機嫌そうな視線で街を眺めている。
「それは兎も角、君もヨトを倒したいのだろう?」
「……あ? それがどうしたっつーんだよ」
「ヨトを倒す手助けをしようじゃないか。拙者ではなく――そこの彼が」
そう言って指差したのは夏流だった。まさかそう来るとは思って居なかった夏流は慌てた様子で秋斗を見やる。
「ヨトを倒す積もりならば救世主の力が必要になる。それがヨトの『虚幻魔法』に対抗する唯一の手段なのだよ」
「虚幻魔法……?」
その言葉には誰一人として聞き覚えはなかった。ふと、秋斗は自らの頭の上に乗った白いうさぎに問い掛けるような視線を向ける。うさぎは耳をぱたぱたと上下させながら鼻を鳴らした。
「虚幻魔法……それは、この世界の存在そのものに干渉する能力を持つ究極魔法」
白いうさぎ、サイファーと呼ばれるそれはか細い声でそう答えた。サイファーの発言からそれが嘘でない事を確認すると秋斗はしぶしぶ鶴来に視線を向ける。
「……その虚幻魔法ってのは、ヨトの使う魔力無効化やらあのブラックホールみたいな球体を打ち出す魔法の事か?」
「その通り。彼女の扱う魔法は所謂七属性――、火、水、雷、地、風、光、闇の何れにも属さない、七つの頂点の丁度中心部に存在する『無』を司る魔法だ。それは一撃でこの世界の存在に干渉し、存在の構築を分解して捩じ曲げ、『なかったこと』にしてしまう」
そう聞かされただけではその恐ろしさに実感はわかなかった。だがそれは救世主――異世界の人間以外が受ければその瞬間消滅してしまう最悪の攻撃魔法である。
虚属性と呼ばれる属性がある。それは存在するとは言われているもののその存在がどのようなものなのか詳しく解明した人間は一人も存在しない。
歴史上数々の人物がその属性の謎に迫った。しかし誰にも解き明かす事は出来ず、しかし確かにそこにある幻のような魔法属性――。全ての属性の性質を併せ持ち、同時に全ての属性とは異なる能力。
故にそれは虚幻と呼ばれた。破壊と再生の魔法――。存在という不確かなものに物理的に干渉する能力。それはまるで夢物語である。
「虚幻魔法の直撃を受けた人間は一撃でこの世界から存在を抹消される。命を吹き消されてしまうのだ。そうなれば全ての人間の心の中から記憶が消え去り、その人間が生きてきたという事実さえも消滅してしまう」
かつて夏流も秋斗もその攻撃を受けた事がある。その時彼らの中にあった魔力は跡形もなく消し飛んでしまった。
虚幻が飲み込む事が出来るものと出来ないもの――それが勝負の明暗を分ける切り札にも成り得る。そう、ヨトが存在を抹消できるのは『この世界の全て』……。逆に言えば、『この世界のものではない』のならばヨトの虚幻魔法は効果を発揮しない。
存在を抹消しようとする莫大なエネルギーによる物理ダメージはあれども、『存在抹消』という最強の能力は効果を発揮しないのである。つまり、虚幻魔法を受けて生存していられる可能性があるのは二人の救世主のみ――。
「君たち二人だけがヨトと渡り合う事が出来る。しかしそれでもヨトは遠い存在だ。故に君たちは否が応でも手を取り合い、ヨトに立ち向かう必要があるわけだ」
二人の救世主は各々の反応を見せる。それから同時に視線を交差させ、黙り込む。
「……サイファーが否定しねえって事はどうやら本当らしいな」
「俺たちはヨトを倒すという目的において一致している」
「俺様はリリアを冬香にして持ち帰る」
「俺はリリアとこの世界を空白から救う」
互いに向かい合う。その目的は違っていても、共通の敵が居る。
一人ではどうしようもなかった嘗ての決戦の日。だが、最も信頼に足る『こいつ』が居れば、まだ勝利の可能性は見えてくるかもしれない。
「なら、決着は――」
「ヨトを倒してからつけよう」
二人は同時に小さく笑い、それから拳を突き合わせる。
打倒ヨトのための算段がついた瞬間、水路から息も絶え絶えにアクセルがよじ登ってくる。全員同時に一瞬アクセルに振り返り、そのまま話を続けた。
「えと、ちょっと待ってください……? じゃあ、わたしたち『この世界の存在』は、ヨトの攻撃を何か一つでも受けた瞬間……?」
「うむ、消滅するな」
「じゃあ、わたしたちは……一緒に行っても足手纏い、という事ですか……?」
「うむ、そうなるな」
あっけなく鶴来が答えたその言葉にショックを隠せないゲルト。落ち込んだ様子で一歩後退すると、その足元に迫っていたアクセルを踏みつけてしまう。
「ふぎゅうっ!!」
「そんな……。それじゃあ、この世界の命運を別の世界の住人である二人に押し付けるって事じゃないですか……!」
「俺はスルー!?」
「そんなのってあんまりですっ! わたし、絶対に一緒に行きますから!」
「勿論その積もりだ。拙者も同行するよ。ただ、出来れば早めに行動を起こしたい。早ければ今日……いや、明日にでも作戦行動を開始する」
突然の決定だった。しかし遅すぎたとも言える。二人の救世主が揃い、神への反乱の目安は浮かんだ。後は実行に移すのみ。
世界が全て消えてしまってからヨトを打倒したところで全ては遅すぎるのだ。これ以上待っている余裕はない。夏流はその言葉に納得し、小さく頷く。
「なら、明日にはリア・テイルに突入する。とりあえず今晩は作戦会議というか、行動準備って事でいいか?」
夏流の言葉に反対する人間は居なかった。だがその中でただ一人、ゲルトだけは複雑そうな表情を浮かべていた。
明日……余りにも早すぎる。心の準備が出来て居ない。ちらりと夏流の横顔を見詰める。彼の心の中はきっとリリアのことで一杯になっているのだろう。それは容易に想像出来たから。
立ち上がったアクセルがいよいよ泣きそうになりながら騒ぎ出す。二人の救世主が同時にアクセルを殴り、その姿は再び水路へと消えて行った。そんな本当ならば懐かしんで喜ぶべき馬鹿騒ぎも今は素直に受け入れられそうにもなかった。
⇒空白の日(3)
「で……。全員うちに転がり込んだ、と……」
カウンター席の向こうに立ち煙草の紫煙を吐き出しながらミュリアは呆れたように呟いた。文字通りその場に大集合となった夏流たちはひたすらに苦笑するしかない。
転送の準備の為に一度鶴来と分かれた彼らは一晩をどこかで過ごさねばならない。ミュリアの店は飲食店であって宿泊施設ではなく、部屋もそれほど多く存在していないのだが……。
「いや〜、長旅のせいで腹減っちゃいまして……! てか、ゲルトのお母さんすげえ美人っすね」
「あら、当然ね。まあ泊めてあげてもいいんだけど、生憎部屋が足りてないわよ?」
「……俺様は別にここには泊まらねえよ? 手を組むとは言え夏流は『敵』だからな。そんなヤツがいるところで寝られるかっつの」
「強情だなぁ、シュートは〜」
「うっせえ! 兎に角飯だけ食えりゃそれで満足なんだよ! クソッ!」
一人毒づいてそそくさとテーブル席に向かって行く秋斗。何だかんだいいつつきちんとテーブル席に座る当たりが微笑ましい。
四人は一つのテーブルを囲む。料理を手早くミュリアに注文するとようやく一息つく事が出来た。
ミュリアが調理を始める。その間四人は暫く無言だった。各々言いたい事はあるのだが、こうして急に顔を突き合せる事に成るといざ何を言えばいいのかわからなくなってしまう。
「つーかさ、ナツルお前今までどこ行ってたんだ?」
水の注がれたグラスを傾けながらアクセルがあっけらかんと訊ねる。沈黙はあっさり壊された。何故か全員一瞬脱力したが、黙っていても仕方が無い。
「過去の世界に行ってそれから十年前の戦争に参加して色々あってここにいる」
「ごめん、全部詳しく話して……。そんな嫌そうな顔すんなよ!? 傷つくだろっ!!」
「いや、あと何回この話をすればいいのかと思ったらな……。まあいいや、丁度いいから皆聞いてくれ」
そうして夏流はゲルトに説明したのと同じ事を少しだけ丁寧に説明した。
自分が過去で経験した事――これは掻い摘んでだったが――や、ヨトの存在。さらには異世界人であるという事。
それらの事実が初耳だったのはアクセルだけで、残りの二人は再確認という意味合いが強い。兎に角驚きの連続なのはアクセルだけで、彼はそれが更に驚きだった。
「なんでお前ら別にそれが普通みたいな顔してるんだ……?」
「つーか普通だから、俺様たちは」
「わたしはもう、一通りびっくりした後なので……」
「俺だけのけ者!? そういうの良くないと思う!!」
「というか、アクセルたちは何をしてたんだ? 俺もこっちの世界での事は人伝にしか聞いて居ないんだが……」
「ああ、そうだったな。いや、俺たちは天使が出現してからずっと連中と戦うだけの日々だよ」
天使が出現し、世界の滅亡が始まったそんなある日の事。ディアノイア学園長であるアルセリアは全ての生徒に対して出撃命令を下したのである。
世界中のありとあらゆる物と戦うようにと。各々の守りたいものを守るようにと。その最後の命令と同時にディアノイアは機能を停止し、学園都市シャングリラは無人になってしまった。
命令があろうがなかろうが、生徒たちは故郷や守るべき人の為に戦った事だろう。だがあえて命令として受けることで彼らには共通した認識と同時に絆のようなものが生まれていた。
たとえ離れ離れになろうとも、この世界から全ての存在が消えてなくなろうとも、絆で結ばれたディアノイアの戦士たちは一人も諦める事無く最後まで立ち向かうのだと――。
そのディアノイアの気概、魂のようなものはアクセルやゲルトの心を今日までずっと支えてきた。孤独でもうこれ以上戦えないという絶望的戦況にあっても、その絆が今まで彼らを突き進ませてきたのだ。
信じていられたから今まで戦ってくる事が出来た。それは学園での日々が繋げた心の成果……。そして今、それを見失いかけていたゲルトも思い出す事が出来た。一人ではないのだという事を。
「あっちゃこっちゃ転戦だよ。でも、結構な数の人間は逃げ延びてると思うぜ? 殆ど無人だった北方大陸の地下遺跡とかに今は大勢の人が隠れてる。レンもそこで戦ってるはずだ」
「そっか……レンとは別れたのか」
「この世界でまだどこかで戦ってるやつが居るかもしれない。助けを求めている人が居るかも知れない。そう考えたらじっとしてらんなくてさ。でもそんな旅にレンを連れて行くわけには行かなかった」
少しだけ寂しげに笑うアクセル。しかしそれでも後悔はない。
「レンはレンの戦いをしていると思う。執行者の子供たちも、新しい世界を守る為に戦ってる。皆今はきっと自分の与えられた力と役目に感謝してるさ。こうして今、こんな世界でも守る事が出来るんだからな」
アクセルがそう語った所でミュリアが注文した料理を運んできた。それは彼らにも馴染み深いクィリアダリアの郷土料理であった。
湯気を立てる食欲をそそる豪華な料理の数々に思わず生唾を飲み込む男三人。長い間ろくに食事を摂っていなかった彼らにとってこれはこの上なく幸せな出来事である。
「うおおおおおおおっ!! い……生きててよかったあっ!!」
「め、メシだ……! メシが食える!!」
「ああ……。十四年前の前線には無かった郷土料理だ……」
三人が同時に各々の反応を示し、同時に食事を始める。その凄まじい勢いに若干引きながらゲルトが眉を潜める。
「もう少し落ち着いて食べたらどうですか……」
三人は全くゲルトに反応しない。無視しているというよりは視界に入って居なかった。全員さくっと料理を平らげて水を飲み干して一息つく。
「「「 うまい! 」」」
「……若いっていいわねー。おかわりする?」
「「「 御願します! 」」」
三人声を揃えて即答する。アクセルは涙を流しながら笑い、秋斗も夏流もどこか遠くを眺めていた。
「……で、何の話だっけ?」
「……この二年間、貴方達が何をしていたかという話ですよ」
「あー、そうだそうだ。兎に角俺はそんな感じ。旅の途中で同じく天使と戦ってたシュートと合流して、後はずっと一緒に戦ってたよ」
「俺様は一人でも充分なんだが、こいつがどうにも離れたがらねえからな……」
二度にわたり激闘を繰り広げた二人であったが、今ではまるでそんな事は忘れてしまったかのようでさえある。全ての国家や組織が瓦解してしまった今、彼らが争う理由など何もないのだから当然とも言えるのだが。
しかし夏流は何となくそれが嬉しかった。その気持ちを悟られぬように視線を伏せて微笑みを隠す。
「リア・テイルには物理的には近づけねえんだよ。何だかよく判らねえが……存在の軸をずらしてるっつーかよ。兎に角飛んで近づいても駄目だったんだ」
「あー……。なんだ、お前は飛べるのか?」
「あ? つーかテメエは飛べねえのかよ。救世主なら飛べんだろが。つーかパンデモニウムにも飛んで乗り移ったし俺」
「……あ、そういえばお前一人でパンデモニウムに辿り着いてたな。なんだ、飛べたのか」
二人の奇妙な会話が続く。それを中断するかのように料理が再び運び込まれた。
「ま……ヨトさえぶっ倒せば全部が終わるんだ。後の事はどうでもいいだろ」
秋斗はそう呟き一気に食事を終える。そうして一人席を立ち、店を出て行く。
その後姿は既に語る事はないと言う突き放した様子で三人はそれを追うことをしなかった。ただ彼の言葉――これで全てが終わると言う事の意味を考えていた。
戦いが終われば世界に平和が訪れる……そんな約束は出来ない。滅びかけた世界を復興できるかどうかは人の手に委ねられている。確かにそれは難しいだろう。
だが可能性はゼロではない。それをゼロにしたくなくて、せめてその手段だけは赦されたくて、こうして今でも足掻いている。夏流は食事を終えると立ち上がる。
「少し歩いてくるよ。考えを纏めたいんだ」
そうして秋斗同様に店から出て行く。その背中を見送り悲しげに目を細めるゲルトの肩を叩いてアクセルがウィンクする。
「いいのか? おっかけなくて」
「……それは」
「あいつ……戦いが終わったらどうするんだろうな」
ゲルトの隣に座り、小さく息を付くアクセル。答えは既に判っている。何となく……その決意の残滓を感じ取る事が出来たから。
夏流はきっと居なくなる。ヨトを倒しても倒せなくても……。ゲルトは自分が焦っている理由に気づいた。不安の意味に気づいた。また、夏流を失う事実に気づいた――。
「アクセルは……夏流が居なくなって、それでいいんですか?」
「そりゃ嫌さ。まだまだこれから夏流と一緒にやりてえことがあるし。俺、この戦いが終わったら学園を復興するんだ。出来れば夏流と一緒にそれをしたかった。でも……でもさ。人にはこれだけはっていう、どうしても絶対に譲れない物があるんだよな……」
「譲れない……もの……」
「そういうのを守る為に頑張る友達を応援できなかったら、それはきっと俺自身が赦せない自分だと思うから。だから俺は、夏流の決定を信じたい」
「…………わたしは」
俯くゲルトに苦笑するアクセル。それから勇気付けるように少しだけ強く背中を叩く。
「頑張れ! たまには自分の為に我侭になって、『譲れない物』を守ってみろ!」
そうしてゲルトの手を引いて強引に立ち上がらせると店の外にぐいぐいと押し出して行く。
戸惑いながらも外に出たゲルトに微笑みかけるアクセル。ゲルトは少しだけ迷い、その迷うを振り切るように強く頷いた。
「行ってくる――!」
「おう、行け行けっ! メシは俺が全部食っとくから安心しな!」
「はいっ!!」
最早アクセルの言葉はゲルトには聞こえていなかった。真っ直ぐに返事を残して走り去るその背中を見送りアクセルは肩を落して溜息を漏らす。
「はあ……。ちょっとヘコむわ。夏流が異世界人か……。そっかあ……」
我慢しても強がっても寂しいものは寂しかった。そんな憂鬱な気分を吹き飛ばすように頭を振って空を見上げる。
偽りの空――。しかしいつかはそれを取り戻してみせる。たとえそこに、友が居なくとも――。
「……いいの?」
「あ? 何がだ?」
「夏流と手を組んだ事……。ヨトを倒す事」
「他に手がねーだろ。正直、俺とお前だけじゃヨトは倒しきれないしな……」
秋斗の頭の上から飛び降りた白いうさぎがタキシード姿の女に姿を変える。憂鬱そうな瞳で秋斗を見詰めながらサイファーは風を受けて髪を靡かせる。
イザラキの街を見下ろす奉龍殿の屋根の上、腰掛けてぼんやりと世界を眺める秋斗の隣に膝を抱えて座り込むサイファー。無言で世界を望む秋斗へと言葉を投げかける。
「夏流は今まで二回、秋斗を裏切った」
「……ああ」
「それでも……信じるの?」
「…………」
「同じ事の繰り返し……そうなるかも知れない」
「……けど、そうじゃないかもしれねえ」
斜めの屋根の上に寝転がりホルスターから引き抜いた銀色の銃を太陽の光に向けて構える。
「俺は正しい……のかもしれねえ。あいつが正しい……そうかもしれねえ。そういう可能性の一つ一つが世界の残されている事、多分それが大事なんだろ」
「…………」
「別に、この世界に感傷を持ってるわけじゃねーよ。こんな世界いくら滅んだってかまいやしねえ……。でも俺は、せめてこの世界の中で納得の行くエンディングを向かえてえんだ」
全て自分自身の為に行動してきた。でもその心のどこかで願っていた。『今よりもっといい未来はなかったのか』――? 誰もがそう願うように、願いは例外なく彼の胸にも去来する。
だがそれに一人では答えが出せなかった。何度も世界を繰り返した。自分なりに真実に近づき、それをもぎ取ろうとしたつもりだった。
それでも忘れられないものがある。如月秋斗の物語は『やり直し』の物語であったと言えるだろう。長い長い時の旅もサイファーという相棒と共に乗り越えてきた。
だが今彼は今までにない未来に遭遇しようとしている。新しい可能性が開けようとしている。悔しく受け入れがたい事ではあるが、それはきっと夏流によって齎されたのだと確信している。
否。彼もそう願っているのだ。そう在ってほしいと。彼の存在が世界に向かい合った時、全ての歯車がかみ合って動き出したのだと。気づけば何故か笑っている自分が居て小さく溜息を漏らした。
「……ありがとな、サイファー」
「……?」
「お前がいてくれたから今まで戦ってこられた」
「…………珍しく素直」
「茶化すなよ。お前には本当に感謝してるんだからな」
この世界に秋斗を召喚した監視者――。サイファーと呼ばれたその神はいつになく素直な秋斗を見詰める。
「お前がいなかったら俺はこっちの世界にも来られなかった。あいつが死んだ理由も知らず、あのまま俺は納得できねえまま生きてたかもしれねえ。そう考えればお前には感謝してもし足りないさ」
「……本当に、良いの?」
「なんだよ。まだいうのか?」
「…………彼にも監視者が付いてる。ヨトと通じているかもしれない」
「だとしても、それでも構わない。それならそれで俺があいつをぶっ倒しておいしい所は全部もらって行くだけだ」
「……」
いつに無く不安を露にするサイファー。秋斗は身体を起こし銀色の銃をホルスターに収めて白きゲイザーの手を握り締める。
「……ありがとな」
その笑顔に最早サイファーは何もいう事が出来なくなっていた。
だからその時彼女は彼に忠告する事を忘れていたのだ。大切な、たった一言を。
結果彼に訪れる事になる不幸について、いかに神の一人といえども彼女は知る事はない。ただ流れる時の中、小さく頷いて秋斗を見詰めていた。
「――――何を見ているんですか?」
ゲルトが涙を流していた人気の無い海辺。砂浜に足跡を残しながら立ち尽くしていた夏流に背後から声がかかる。
少年はゆっくりと振り返った。ゲルトと夏流は対峙する。各々の思いを抱えて。
夏流の握り締めた砂が風に舞う。掌を開いた瞬間全ては美しく散って行く。その景色を眺めながら夏流は小さく呟いた。
「……この世界の事が大好きだった」
『だった』――。過去形になってしまった言葉に胸が締め付けられる思いだった。そう、どちらも――。
終わりが刻一刻と近づいている。ゲルトは夏流の隣に歩み寄り、共に海を眺めた。
「……そうですね」
沢山の伝えたい言葉があった。利己的な自分の気持ちがあった。
しかしその全てをゲルトは伝えないままにすることにした。言葉を飲み干し、想いは消化し様。忘れる事はきっと出来ないだろう。だが、忘れずに居られればきっと乗り越えていける。
我慢しようとしても悲しくて、それでも涙を見せる事はしなかった。海を眺める夏流は以前よりずっとすっきりした表情で笑うから。胸が詰まって言葉を失う。
そうして二人は何をするでもなく暫く海を眺めていた。それが二人の間に刻まれた最後の思い出になった。
翌日、決戦の日。リア・テイルへと向かう彼らに、運命の悪戯が襲いかかろうとしていた――。
〜それゆけ! ディアノイア劇場Z〜
*酔っ払いながら小説書くのは止めましょう*
リリア「びえええええええんっ!!」
ゲルト「ど、どうしたんですか急に……」
リリア「虚幻のディアノイアが終わっちゃうよーう!!」
ゲルト「そうですねえ……」
リリア「しくしく……。連載が終わったらもう皆ともお別れなんだよう〜」
ゲルト「でももう100部ですし、いい加減終わっといた方が良い気がしますよね」
リリア「うん……。文字数とかちょっと怖くて直視できなくなりつつあるよね」
ゲルト「空白の日も残すところあと三部! 思い返すと色々な事がありましたね」
リリア「だから、最初のほのぼのムードはどこいったのっていう」
ゲルト「それはもう……いいじゃないですか……」
リリア「いい加減ロボット書きたいよね」
ゲルト「それもいいでしょうもう」
リリア「うう……! この変なコーナーももう終わっちゃうんだよううう!! 寂しいよ〜〜〜う!!」
ゲルト「泣かないで下さいよ……。なんだかわたしまで泣きたくなってしまうじゃないですか……」
リリア「しくしく……」
ゲルト「……」